12
「隼人、長野市上空……のはずだ」
ナビゲーションシステムのディスプレイを見ていた巧が、ぼそりと言った。
「あ、ああ……」
高度、二〇〇〇フィート。隼人は機体を右に二〇度程傾け、キャノピー越しに地上を覗き込む。
一面に焼け野原が広がっていた。建物らしき構造物は一切見当たらない。
「……ここも、ひどいものだな」
「そうだな……」
巧も隼人も、声に全く力がなかった。
レイの予想に反して、これまで二人は予定通りのコースに忠実に機を進めていた。
確かに最初のうちは、少し浮ついた気持ちが二人の中にあったことは否めない。しかし立山に向かう途中で、破壊し尽くされた富山市の惨状を上空から目のあたりにした瞬間、彼らのそんな気分は、いっぺんにどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
「隼人、日本全国、こんな感じなのかな……」
「そう……なんだろうな。多分、世界中が、な」
「……そろそろ撮影開始するぞ。松代上空を旋回してくれ」
陰鬱とした気分を振り払うように、巧は声のトーンを上げる。
「了解」
バンク角を三〇度に上げて、隼人は機体をゆるやかに旋回させ始める。
巧はMPDを胴体中心のパイロンに装着されているSPK39ことMRPS(
MRPSはスウェーデンのSAAB社が開発した、その名の通り様々なモジュールをミッションに応じて組み替えることができる偵察ポッドである。今彼らが搭載しているそれには、HF(短波)からSHF(極超短波)までの各通信周波数に対応した電波受信モジュールと赤外線および可視光線の写真撮影モジュールが組み込まれていた。レーダー電波については機体にデフォルトで装備されているRWR(
今回のフライトでは、日本の臨時政府がある松代防空壕跡の様子を調べた後、今や敵に占領されている厚木、横田両米軍基地にできるだけ近づいて写真撮影、SIGINTを行い、そして最後に神岡鉱山にある日本軍司令部の様子を確認する、という三つの大きな任務があった。
敵基地はともかく味方の松代や神岡までも偵察するのはおかしいようだが、半放棄状態だった能登基地が現在は再稼働して統合軍のトップエース、「トロポポーズの鷹」のホームベースとなっている、という事実はいずれ臨時政府当局または軍司令部に伝えなくてはならない。しかし現在地上の回線は完全に寸断されており、電波による通信は発信源を探知される危険を伴う。従って、臨時政府や司令部に伝えるためにはそこに直接出向かなければならず、その前にそれらの周辺の現状を把握する必要がある。彼らが写真撮影をしているのはそのためだった。
さらに、「トロポポーズの鷹」が健在であることを臨時政府や軍司令部にアピールするのもまた、彼らのフライトの目的の一つだった。もちろん彼らが近づいたところで、松代も神岡も何の反応も示さないだろう。しかし、それらに備わっている高解像度の光学監視システムは、086と機番の書かれたF-23Bが上空を飛行している、という事実をその中にいる者たちに確実に伝えるはずである。それだけで十分彼らの目的は果たせるのだった。
撮影を滞りなく済ませ、二人は次のウェイポイントである浅間山を目指す。そこからさらに秩父方向に旋回し、SAMの届くギリギリの範囲をかすめながら横田基地のSIGINTを行う。
関東平野も見渡す限りの荒野と化していた。
「巧、この世界では、一体何人の人間が死んだんだろうな」
「そんなの分からんよ。知りたくもない」
二人は、しばし胸が締め付けられるような思いに囚われる。
「な、巧……俺、思うんだけどな」
「なんだ?」
「俺たちはさ、やっぱあの基地にいない方が……いいんじゃねえか?」
「……なんだと?」思ってもみなかった隼人の言葉に、巧の声が上ずる。「お前、何言ってんだ? 戻らないつもりなのか?」
「いや、そういうわけでもねえんだがな……ただ、俺たちがあの基地にいる限り、いずれ敵をあの基地に呼び寄せることになっちまうような気がするんだ。そうしたら、あの基地もこんな風に……」
「……」
確かに、同様な危惧は巧も抱いていた。しかし、だからといって自分たちがいなくなることが本当に基地のみんなのためになるのだろうか。自分たちがいなくなれば、基地を守れる人間もいなくなってしまう。
そう考えた巧の脳裏に、なぜか朱音の面影が浮かぶ。慌ててそれを強引に振り払い、彼は隼人の翻意を促そうと試みる。
「なあ、隼人、お前またみんなに何も話さずに出て行くつもりか? それはやっぱり無責任だろ。そもそも、今回の任務は偵察だ。収集したデータを持ち帰るのが前提のミッションなんだぞ。基地のみんながデータを待ってるんだ。帰らないでどうするんだよ……」
「今日のところは一応戻るさ。だけど、いずれ移れるような他の基地を探すだけは探しておきたかった。そのために余計に燃料を積んだんだ」
「あのなぁ……こんな状態で生き残ってる基地があると思うか? 今まで見てきた限り、市街地という市街地は全部破壊し尽くされてたじゃないか」
「確かにな。こうして見回してみると、俺たちが帰れる場所なんて、能登基地以外にありそうにない気がするな」
「そうだと思うよ。当分は、あの基地にいるしかないんじゃないか?」
「そうかもな……」
RWRが敵地上レーダー波を検知して、アラームを鳴らし始める。どうやら横田基地はちゃんと機能しているようだ。
「そろそろやばくなってきたな。逃げるとするか」
086を旋回させ、隼人は次のウェイポイントである八ヶ岳に機首を向けた。
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「司令、ホーク01より入電です!」
航空管制システムのコンソールに向かっていた真奈美が叫ぶ。
「スピーカーにつないで」
「了解!」
レイの指示に従い、真奈美は的確に操作を行う。
「Noto tower, Hawk01, Mike Alpha. Now passing over Toyama-bay (ノト・タワー、こちらはホーク01、ミッション成功。現在富山湾上空を通過中)」
スピーカーから流れる隼人の声に、管制室の全員がそろって安堵の息を吐いた。これなら帰投時刻はほぼ予定通りになるだろう。
「どうやら無事に帰ってきたようね。しかもどこにも寄り道もしないで」
「そうですね、司令。何事もなくてよかったです……」
レイに笑顔で応えた真奈美が、コンソールに顔を戻して086に呼びかけようとした瞬間だった。
「Tower, Hawk01, contact two bogeys! (タワー、ホーク01、不明機を二機発見!)」
突然スピーカーから飛び込んできた隼人の緊迫した声によって、管制室の空気が一変する。
「何だって!?」
レイが椅子を鳴らして立ち上がった。
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