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「Hawk01, Follow your flightplan exactly (ホーク01、フライトプランに厳密に従いなさい)」


 レイの流暢な、しかし不機嫌そうな英語の無線通信が隼人の鼓膜を震わせる。


「これはこれは、基地司令直々のお出ましですか」送信スイッチを入れると、隼人は揶揄するように呼びかけた。


「ふざけないで。これ以上馬鹿なこと続けたらミッション変更するからね」


「(……ほら見ろ)」


 巧が小さい声で呟くが、隼人の耳には届いていないようだった。


「ほう。して、どのようなミッションに変更されるのでありますか? 司令殿?」


「この基地に備わっている自走式対空システムの演習標的になってもらう。もちろん実弾演習だけど」


「……」


「どう?」


「……ええと、Tower, Hawk01, Request instruction (タワー、こちらはホーク01、指示を請う)」


 隼人は早々とレイの脅迫に屈した。


「Hawk01, Heading one-six-zero, Proceed waypoint Tango, then flight planned route. Readback (ホーク01、針路160、ウェイポイント(目標地点)タンゴに向かい、その後はフライトプランのルートに従え。復唱を)」


 レーダーサイトによる誘導など今は望むべくもなかった。電波標識も全て失われているこの世界では、彼らはINSだけを頼りに目視できる高い山などを目印に位置を把握しなければならない。いわゆる地文ちもん航法である。


 レイの発音はネイティブのそれに限りなく近かったが、隼人が聞き慣れたアメリカ英語とは、やはりどことなく異なっていた。


 "そう言えばレイは日英ハイブリッドなんだっけ……これがイギリス英語、って奴なのか……"


 そう思いながら隼人はレイの指示を復唱する。


「Heading 160, Proceed waypoint T, then flight planned route」


「Readback is correct (復唱は正しく行われた)」


「Any altitude restriction? (高度規制は?)」


「Negative. No further instruction. Good luck Hawk01 (高度規制、およびこれ以上の指示はない。幸運を、ホーク01)」


「Thanks. Hawk01, Go for mission (感謝する。ホーク01、ミッション開始)」


 隼人は機体を傾け、 ウェイポイントTこと、立山に機首を向ける。


---


「すっかり騙されたね……」


「えっ?」管制室に入った朱音が司令席を振り返ると、レイの苦虫を噛み潰したような顔があった。


「連中、不安だとか言っておきながら、本当は全然平気だったんじゃないかしら。最初からああいうバカをやるつもりで余計な燃料を要求したのよ。やられたって感じ」


 言いながらレイは朱音に向かって肩をすくめてみせる。


「うーん……そうかしらねぇ。ま、どっちにしても肩慣らしであれだけの機動ができれば、やっぱり彼らは超一流なんじゃない?」


 そう応えて朱音はレイに微笑みかけるが、レイの表情は変わらない。


「それはそうだけどね。でも……すごく心配よ。彼らの経歴を調べてみたんだけど、本来ならとっくに少佐になれるだけの戦果を上げてる。なのに彼らは未だに大尉のままじゃない。なぜだと思う?」


「命令違反の常習犯だったから、でしょ?」朱音は微笑みながら応える。


「え、知ってるの?」


「機体のフライトログに交信記録が少し残ってたからね」


「なるほど」レイはうなずいてみせた。「まあ、彼らが命令違反をする時は、決まって結果的には彼らの判断の方が正しかったり、逆に戦果が上がったりしていたから、いつもそれで相殺されてたみたいだけど……要注意人物なのは確かなようね」


「でも、今の彼らは別の世界の……」


「!」


 朱音が言いかけるのを、レイは立てた人差し指を唇にあてて制する。彼女たちのそばには真奈美や里奈がいる。彼らが別の世界から来た人間であることは、二人だけの秘密なのだ。


「(あ……ごめん……)」と小声で、朱音。


「(だからこそ、余計に心配なのよ)」レイも朱音だけに聞こえる声で続ける。


「彼らにどれだけ『この世界の』彼らの記憶が受け継がれているものなのかしら。とりあえず操縦の腕だけは確かなようだけど……もともと民間人だから任務を気軽に考え過ぎているかも。遊び半分でどこか寄り道したりするかもしれない」


 予定のルートを外れることは、場合によっては命取りとなり得る。もし地上に配置された連合軍のSAM(地対空ミサイルSurface to Air Missile)基地が機能していて、そのレーダーレンジに捉えられたとしたら、間違いなく地上からSAMが飛んでくる。もちろんF-23は本来ステルス形状だからレーダーにも捉えられにくいはずだが、今回のミッションでは偵察やECM用のポッドがウェポンベイに収まらないため常時機外に下ろさなくてはならず、通常よりRCS(レーダー反応面積Radar Cross Section)が大きくなってしまっているのだ。


「大丈夫……じゃないかな。彼らもSAMの恐ろしさはよく分かってる、と思うし、単機のミッションの危険性も熟知している……と、思うけど……」


 朱音は搭乗前の、隼人の真剣な表情を思い出すが、


「でもあなた、自信持ってそう言える?」


 とレイに畳み掛けられると、何も言えなくなってしまう。


「「……はぁ……」」


 互いに顔を見合わせ、二人は同時に下を向いて溜め息をつくのだった。


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