16
「フォックス・ツー」
コールと同時に隼人はトリガーを引いて(仮想の)ミサイルをリリース。彼の目の前で(仮想の)敵機が火の玉となって爆散する。
操縦に際して勝手に身体が動くことに対する戸惑いは、既に彼の中から消えていた。何をどうすれば良いのか、予め肌に染みついているようだった。だからと言って誰かに操られている感覚もない。彼は彼自身の意志で(仮想の)F-23を自由自在に動かせるのだ。
「ヒュウ! これで三機目よ!」
シミュレータ管理室でモニターしていた朱音が口笛を吹き、後ろで椅子に座って休んでいる巧にウインクして見せる。
「さすが……大したものね」
彼女の隣でモニターを眺めるレイも、驚きの表情を浮かべていた。
朱音は傍らのマイクを手に取る。
「OK。隼人、コンバットシミュレーションはもういいよ。立て続けに三機も落とせば満足でしょ? 次は
「いいけど、ウインド(風)とQNH(高度補正値:海面高度での気圧)くらいは教えてもらえるんだろうな」
「もちろん。今からランディングインストラクションを……おっと、本職の管制官がいるんだった。レイ、任せるよ」
「……それじゃ、隼人、準備はいい?」と、レイ。
「Go ahead (どうぞ)」
隼人が応えると同時にシミュレータの画面が一瞬暗くなり、続いて基地周辺上空の映像に切り替わる。
「Your current position is north IP, five mile north from touchdown, alt fifteen thousand feet. Clear to land, runway two-five. Wind two-seven-five at three, QNH two-niner-niner-three. Visibility one zero mile. Crosswind from right (貴機の現在地はノースIP (北イニシャルポイント:北側から着陸パターンを開始する位置)、着地点の五カイリ(九キロメートル)北、高度一五〇〇〇フィート(四五〇〇メートル)。ランウェイ25より着陸を許可する。風向 275、風速三ノット(五・六キロメートル毎時)。高度補正値二九九三。視程一〇カイリ(十九キロメートル)。右から横風)」
レイの英語の発音は流暢だったが、隼人は問題なく聞き取ることが出来た。
「Roger (了解). Wind 275 at 3, QNH 2993. ランウェイ25にフルヴィジュアルでアプローチする」
"ったく、無茶させやがって……いくらシミュレーションだからって、初めて降りる飛行場にいきなりフルヴィジュアルかよ……まあでも、視程が一〇マイルなら、余裕、か……"
心の中でぼやきながらも、隼人は落ち着いた声で復唱し、高度補正値を気圧高度計に手早く入力、続いて左に操縦桿を一瞬倒してから戻し、機体を真横にしたまま機首が下がらないように右のラダーを踏む。加速せずに高度を下げる、サイドスリップと呼ばれるテクニックだった。
速度二三〇ノット(四二六キロメートル毎時)。機体を水平に。速度と高度を落としつつクロスウィンド・レグからダウンウィンド・レグへ。パワー六〇パーセント。ギアダウン、フラップダウン。ランウェイ25を七時の方向に見ながらベースターン。ロールアウト。速度一五〇ノット(二七八キロメートル毎時)。
滑走路が目の前に大きく広がってくる。その左側に見えるPAPI (
速度一二〇ノット(二二二キロメートル毎時)。スロットルをアイドルポジションへ。両足元のブレーキペダルを一杯に踏み込む。タッチダウン。着地の衝撃が伝わる。
動翼を全て立てて空気抵抗を増やす。しばらく機首を上げたまま滑走し、十分に速度を落としてからノーズダウン。前輪が着地。自動的に操縦系が滑走用のノーマルモードに移行。全車輪、フルブレーキ。アンチスキッド作動。一気に減速した機体は滑走路端で停止。画面が暗転。
「……ふう」
大きく溜息をつきHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を外すと、隼人は右のデータグローブで額に浮かんだ汗を拭った。
シミュレータ室は六畳程度の広さのがらんとした部屋だった。彼の目の前の計器盤にはマーカーとなる図形が描かれているだけで計器は一切なく、スイッチやレバーの類いのみが実機そのままの位置にある。だがHMDを通して眺めると、そこには仮想のHUDやMPD、計器類が並んでおり、実機のコクピットが完全に再現されていた。彼が腕を伸ばしてスイッチを操作すると、HMDの画面の中で仮想の彼の腕がほとんどタイムラグなしに同じ動作をするのだった。
彼の前にシミュレーションを終えた巧が異様に興奮していたのを隼人は思い出す。これなら彼がはしゃぐのも無理はない。ちなみに巧も敵機を二機撃墜していた。
「OK。ほぼ完璧な着陸ね。これですべて終了よ。お疲れさま。出てきてくれる?」
朱音の声がスピーカーから流れる。
「分かった」
ベルトとデータグローブを外し、座席から離れ、隼人はシミュレータ室の出口に向かった。
「ごくろうさま。やるじゃないの」
シミュレータ管理室に入ってきた隼人を朱音が笑顔で迎えるが、彼はしかめ面のまま一瞥をくれただけでそのまま彼女の前を通り過ぎ、巧の隣のパイプ椅子にどかっと腰を下ろした。
「(何? あの態度……)」
むくれ顔の朱音が隣のレイに小声で囁く。苦笑しながら、レイは小声で応えた。
「(照れてるんじゃない?)」
照れ隠しにわざとぶっきらぼうに振る舞う。かつてレイはそういう人間を一人、よく知っていた。
「(はぁ……しょうがないね。子供みたい)」肩をすくめながら、朱音。
「で、朱音、どうなんだ?」
「ええっ?」出し抜けに隼人が口を開いたので、思わず朱音は飛び上がりそうになった。
「シミュレーションの結果だよ。俺の操縦技術はどれくらいのレベルなんだ?」
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