15
その時だった。
「隼人、伏せてぇっ!」
「!?」
良く通るかん高い声が隼人の両耳を貫く。聞き覚えのある女の声だった。しかし、彼がその声に従うよりも早く、彼の体は後ろから何者かに押し倒される。
「うわっ!」
ヒュン、と風を切るような音がして、その一瞬後に爆発音が鳴り響き爆風が隼人の周囲を吹きすさぶ。しかしそれも一秒ほどのことだった。爆風が止んだことを確かめ、彼はうつぶせのまま顔を上げる。
ドローン上部の楕円体が姿を消していた。ローターの回転がみるみる遅くなり、急降下したドローンはそのまま地面に叩き付けられ、一瞬にして炎に包まれる。
「な……なんだぁ?」
隼人は首を回して真上を振り返る。彼の上に覆いかぶさっていたのは、巧だった。
「……巧!」
巧はすぐに起き上がって隼人から離れると、彼の顔を睨みつけながら言う。
「バカ野郎。無茶すんな」
「お前……逃げなかったのかよ」
「お前は僕にそんな薄情なことができると……ん?」
巧の言葉が途切れる。エンジン音がして、彼らの後方五メートル程にオリーブドラブ色に塗られた一台の屋根のないジープが停まった。乗員は二人。しかし金色の髪のドライバーはサングラスをかけており、助手席でグレネードランチャーを装着した小銃を携えている迷彩服の人物はジェットヘルメットを被ってバイザーを下ろしているため、どちらも顔は分からない。
「大丈夫? なんとか間に合ったみたいね」金髪のドライバーがサングラスを外した。
「「……レイ!」」巧と隼人の声が重なる。
「二人とも、無事でよかった」そう言って、助手席の迷彩服姿がヘルメットのバイザーを上げてニッコリと笑う。
「「……朱音!」」またも二人の声がぴたりと揃った。
「やっぱり穴水市街地に向かって正解だったね……あ、あれ?」
突然何かに気づいたように言葉を止め、レイは彼女たちの近くに転がるドローンに視線を移した。その瞳が真ん丸に見開かれる。
「な……何これ……もう一機いたの?」
地面に倒れているドローンの残骸と、巧、隼人の顔を、レイは交互に見比べた。
「これ……どうしたの? まさか……あんたたちが……?」朱音も驚きを隠せない様子だった。そんな二人に向かって、隼人は無言でうなずいてみせる。
「嘘……どうやって? あんたたち、武器なんか何も持ってないでしょ?」
「どうやって……って、そりゃこっちが聞きてえよ。ただ、俺が石っころぶん投げたら命中して、プロペラが吹っ飛んで……このとおりさ」
「……」
レイと朱音は互いに顔を見合わせ、同時に呟く。
「「信じられない……」」
---
四人を座席に、自転車二台を荷台にそれぞれ乗せて、レイの運転するジープはディーゼルエンジンの乾いた排気音を響かせ、基地までの道のりをトコトコと走っていた。
「それにしても」助手席の朱音が後席の二人を振り返り、半ば呆れたような顔で話しかける。「あんたたちはやっぱり奇跡の撃墜王なのね。石っころでも敵機が撃墜できちゃうんだもの。レイ、これは公式に撃墜として記録すべきじゃないの?」
「そうね」運転席のレイが、サングラス越しに隣の朱音をちらりと見て微笑んだ。「確かに、撃墜には間違いないからね」
「でしょ? ふふふ……」
前席の二人はくすくすと笑う。巧もぎこちなく笑顔を作って見せるが、隼人は相変わらずしかめっ面で横を向いたままだった。
「……」
そんな彼の様子に気づいたのか、朱音もレイも笑うのをやめてしまう。
気まずい沈黙。が、やがて隼人の呟きがそれを唐突に破った。
「……かった……」
「え? 何?」
エンジンと風の音がうるさい。朱音は耳に手を当て、体を乗り出して左後席の隼人にむける。乗用車と違いジープの後席は左右の側面にあって、電車のように向かい合わせに座る形になっていた。
「悪かった。勝手に抜け出しちまって……」
朱音から顔を背けたまま、隼人はいくぶん大きな声で繰り返した。
「……隼人?」朱音が彼の横顔を、探るように覗き込む。
「俺は、お前らが信用できなくて、それで基地を勝手に抜け出したんだ。それなのに……お前らは俺たちを助けに来てくれたんだな。ありがとう……」
「そんな……気にしなくていいのに……」
神妙に頭を下げる隼人に向かって、朱音は微笑んだ。
「そう、別に気にする必要はないから」と、レイ。「私たちは当然のことをしたまでよ。それに、あなたたちが抜け出した気持ちも分かるしね」
「……え?」思わず隼人はルームミラー越しにレイの目を見つめようとするが、彼女がかけているサングラスに阻まれてそれは果たせなかった。
「今のあなたたちの立場なら、私だって混乱すると思う」前を向いたままレイは続ける。「私らを信用できないのも仕方ないよね。でも……これで分かったと思うけど、人間にとって、少なくともこの辺りで一番安全なのはあの基地の中なのよ」
「それは痛感した」隼人は力無くうつむく。「俺は……お前らに大きな借りが出来ちまったな……」
「別に恩を着せるつもりはないから。私はただ、あなたたちを死なせたくなかった。それだけよ。仲間を助けるのは当たりまえでしょう? 私たちは……機械じゃないんだから」
レイの最後の一言には、いやに力がこもっていた。
「だけど、どう考えても俺はお前らに借りが出来た、ってもんだろう。俺は借りは返さないとすまない性格でな。というわけで……朱音」
「え、ええ?」いきなり隼人に呼びかけられて、朱音は目をパチクリさせる。
「基地にはシミュレータがあったよな。一度、俺にやらせてみてくれないか」
「え……?」
朱音はきょとんとして隼人の顔をしばらく見つめていたが、やがて彼の意図を察すると、顔を輝かせてうなずく。
「……ええ! もちろんよ!」
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