14

 "撃たれたのか? 死んじまったのか?"


 我を忘れた巧が自転車を倒して隼人に駆け寄ろうとした、その時だった。


「巧! 来るんじゃねえ!」


「!」


 隼人の叫びが耳に届いた瞬間、巧の足が凍りついたように止まる。


 右手を地面についてむっくりと体を起こし、隼人は自らの肉体のダメージを確認する。


 体のどこにも大きな痛みはない。自転車の後輪を撃たれ、バランスを崩して転倒したが、幸い銃弾は彼の体にかすりもしていなかった。


 自転車から投げ出された瞬間、とっさに受け身を取ったのがよかったのか、少し背中を擦りむいたくらいで打撲や捻挫はしていないようだった。体育の時間に習った柔道が思わぬところで役に立った。隼人は、何度となく彼を投げ飛ばした体育教師、勝谷の面影を感謝と共に思い起こす。


 戦闘ドローンは隼人を始末済みとみなしたのか、巧に向かおうとしていた。隼人が起き上がっているのにも気づいていないようだ。


 "くっ……巧をるつもりか!"


 立ち上がろうとして、隼人はふと、傍らの地面に片手に収まるほどの大きさの石があるのに気づく。


 "こいつを投げてヤツの注意を俺に向けさせるか……こんな石っころでも、直撃すればそれなりにダメージ与えられるかもしれねえしな……"


 身をかがめてそれを右手に握り、隼人はゆらりと立ち上がる。


「隼人!」


 巧の叫び声を聞きながら、隼人は心の中で詫びていた。


 "巧……すまねえ。俺が誘ったばっかりにこんなことになっちまって……せめて、俺のできる限り、お前をかばってやるからな……"


 巧に向かって加速体勢に入ったドローンを、隼人はギロリと睨みつける。


 "てめぇの相手は、こっちだぜ!"


「うおおおおお!」


 咆哮を上げてワインドアップの姿勢から左足を大きく踏み出し、隼人は渾身の力を込めて右手を振り下ろす。


 彼の指先から放たれた石は、野球のボールよりは小さく重かったが、それでも時速一〇〇キロメートル程に加速され、そのままドローンに向かってまっすぐに飛んでいく。それはドローンの上部ローターの先端を直撃して跳ね飛ばされるが、同時にそのローターブレードを根元からへし折り、吹き飛ばしていた。


 二重反転ローターの上下の回転モーメントが相殺できなくなったドローンは、止まりかけのコマのような左回りの歳差運動を始めたかと思うと、バランスを崩したまま落下し、その下部が地面に叩きつけられる。地面をかすったブレードが次々に折れ飛び、ついにブレードが一枚だけになったドローンは地面に横倒しになり、黒い煙を吹いて完全に沈黙した。


「……」


「……」


 隼人と巧は、ただ呆然とその様子を見つめるだけだった。


「……やった、のか……?」


 どうやら自分の捨て身の攻撃が思いがけなく功を奏したようだ、と気づいた隼人の心の中に、「これで危機を脱した」という安心感が湧き上がる。


 しかし、それもつかの間だった。


 忌まわしい二重反転ローターの回転音が再び聞こえ始め、隼人がその音の方へ振り向くと、たった今彼が破壊したドローンと同じ形をした物体が目一杯機体を傾け、市街地の方から飛んで来るところだった。


「なにぃ!? もう一機いたのか?」


 安堵が一瞬にして絶望に塗り変えられる。隼人は周囲を見渡し、投げられそうな石をもう一度捜した。しかし使えそうなものはどこにも見当たらない。

 それに、彼にも先ほどの勝利が単なる「まぐれ」の類いであろうことは分かっていた。再び石を投げたところで、倒せるとは到底思えない。あのような偶然はもう二度と起こらないだろう。


 "く……ここまで……か……"


「巧、逃げろ!」


 そう叫んで隼人は、大きく手と足を広げてドローンの前に立ちふさがろうとする。


 ドローンは制動しつつ隼人に近づいてきた。底部のガンターレットが、銃口を隼人に向けようと回り始める。


 "親父のところに行くのか……ふっ、それも悪くねえな"


 隼人の顔に笑みが浮かぶ。数秒後に彼の体は銃弾を浴びまくることになるだろう。それでも構わなかった。少しでも巧が逃げる助けになればいい。そう願いながら両目を閉じ、彼はその瞬間を待った。

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