13

「やっぱりな」と、巧。


「ちっ」隼人もすぐに気付き、舌打ちして眉間にしわを寄せる。


「いくら木の間に入ってこれなくても、木の上を飛び越えられちまったら同じか……でも、葉っぱに紛れて向こうからこっちは見えないんじゃないのか?」


 隼人がそう言った瞬間、ドローンの銃口に閃光マズルフラツシユがきらめく。ほぼ同時に発射音。


 木の枝がいくつか吹き飛ばされ、十数枚の葉がぱらぱらと空を舞う。彼らから二メートルほど離れた地面に数発が着弾した。


「うわあっ!」巧と隼人は思わず飛びのく。


「あいつにはこっちが見えてるのか?」と、隼人。


「たぶん赤外線だ。あいつは、僕らの体が発している赤外線を探知して、位置を把握しているんだ」


 巧が言うのと同時に発射音がして、銃弾が再び降ってくる。着弾位置は確実に彼らに近づいていた。


「距離が機銃の有効射程以上なんだ。だから僕らの位置を正確に狙うことはできないんだろう」


 巧はそう言って、木々の枝に覆われた空を見上げる。


「じゃあ……ここにいれば当たらない、ってことか?」


「いや、そもそも機銃は精密射撃をするものじゃなくて、乱射して目標に当てるものだからな。じっとしていればいつかはやられる。だけど、逃げるにしても、ここでは草や木が邪魔で思うように逃げられないぞ」


「く……」隼人は唇を噛む。


 三度目の機銃掃射。彼らの足元の左三〇センチあたりに着弾する。


「隼人、木の陰に隠れろ!」


 叫んで巧は立ち上がり、幹が太い一本の木に背中をピタリと張り付ける。隼人も隣の木の下に潜り込み、巧と同じように幹を背にした。


「やっぱり、だんだん狙いが近づいて来たな……」


 巧はドローンの方向を振り返る。彼の姿はドローンからは完全に隠れていた。ここなら狙われる可能性はないだろう。


 しかし、今は木の幹に隠れて上空にいるドローンから彼らの姿は見えないが、ドローンが彼らの前方に移動したら間違いなく見つかる。そして、ドローンがそのような行動を取るであろう事は、恐らく間違いなかった。


 巧は決断する。


「隼人……市街地に戻ろう」


「……はぁ?」ギョッとした顔で隼人が振り返った。


「恐らくここよりは隠れるところがあるかもしれん」落ち着いた顔で、巧が言う。「それに、ひょっとしたらあそこなら奴と戦える武器も残っているかも……」


「なにぃ!? あ、あれと戦うつもりなのか?」目を丸くしながら、隼人。


「ああ。これだけしつこいと逃げ切るのも難しい。だが、撃破すれば間違いなく奴から解放されるからな。たぶんあれは本来パトロール用のものだろう。戦闘能力はさして高くないと思う。動きも緩慢だし。だから、やってやれないことはないんじゃないかな」


「……」


 呆然としつつ隼人は巧の顔を見つめる。このような極限状態においてもなお冷静に判断を下せる巧に、彼は内心驚嘆していた。


 ドローンのローター音が前方から聞こえ始める。巧は隼人の顔を見据えた。


「隼人、いいか、二人離れて別々な方向から、自転車を置いた場所を目指そう。奴はどちらを狙うか躊躇するはずだ。自転車に乗ったら、一気に市街地を目指して全力で走る。奴の加速性能なら、なんとか逃げ切れるかもしれない」


 しかし、隼人はゆっくりと首を振る。


「巧……俺がおとりになって一人でここから飛び出す。お前は隙を見て反対方向に逃げろ」


「なんだと!? お前、どうするつもり……」


「俺がお前を誘わなかったら、お前までこんなことに巻き込まれずに済んだはずだ……」


 隼人は心底すまなそうな顔でうつむく。


「バカなことを言うな! 僕は僕自身の意志でここに来たんだ。お前のせいじゃない。第一、お前が先に飛び出したからって、ヤツがお前の方を狙うとは限らないぞ」


「……」


 冷静かつもっともな巧の指摘に、隼人は何も言えなくなってしまう。


 ローターが風を切る音が大きくなってきた。巧は近付きつつあるドローンの姿を睨みつける。


「もう無駄話してる時間はない。隼人、僕は右から行く。一、二、三で同時に飛び出すぞ。どっちが狙われるか分からんが、狙われても恨みっこなしだ」


「分かった。俺は左から行くぞ。願わくば、狙われるのは俺であってほしいがな……」


「それじゃ行くぞ……一、二、三!」


 二人はそれぞれの方向へ地面を蹴って走りだす。茂みをかき分けジグザグに方向を変えながら駆け回る。彼らの背中を、短機関銃の断続的な発射音が追いかけてくる。


 ドローンの射撃の狙いは、時には隼人、時には巧と定まらなかった。かすめるほど近くを銃弾が飛ぶこともあったが、辛うじて二人に命中することはなかった。


 隼人が最初に自転車にたどり着き、二秒ほど遅れて巧もその場に現れる。二人並んで自転車にまたがる。


「行くぞ!」


 巧の合図で二人とも思い切りペダルを踏み込む。サドルから腰を浮かせ、ダンシングで加速。


 当初の巧の判断では、ドローンは彼らについていくことはできないはずだった。


 しかし。


 巧は背後間近にドローンのローター音を聴く。振り向き、そして彼は目を疑った。


「……なにぃ?」


 彼らの後ろ、五メートル程にドローンが迫っていたのだ。


 "そんなバカな……奴がこんなに速く加速できるはずは……"


 だが、すぐに巧はその理由に思い当たる。


 "そうか……高度差だ。ドローンはさっきまで木を避けるために高い位置にいたから、位置エネルギーを運動エネルギーに変えて加速できたんだ。しまった。僕としたことが……エネルギー状態ステートは空中戦の基本なのに……"


「隼人! 離れろ! ジグザグに進むんだ!」


 巧は叫び、ハンドルを左右に交互に切る。


 しかし。


 短い銃声が鋭く響いた直後、巧の視界の片隅に捉えられたのは、自転車から投げ出されて地面を転がる隼人の姿だった。


「!」


 巧はワイヤーを引きちぎらんばかりに両手のブレーキレバーを引く。ロックした後輪が横滑りするのを逆ハンドルで押さえ付けて自転車を停止させ、彼は後ろを振り返った。


 砂煙が沸き立つ中、七メートル程先の地面に隼人の自転車が、そしてそこからさらに二メートル離れて隼人自身が倒れていた。


 彼の自転車の後輪はスポークが五、六本ちぎれ飛び、タイヤは外れ、折れ曲がったリムは原形を留めていない。


「は……隼人ぉ!」


 巧は倒れたまま動かない隼人に向かって絶叫する。


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