12

「レイ、大変よ! 二人がいないの! どこにも姿が見当たらない!」


 血相を変えた朱音が管制室に飛び込んで来る。


「……!」


 コンソールに向かって作業をしていたレイの眉がびくりと動いた。とたんに彼女は凄まじい速さで傍らのキーボードの上に指を踊らせ、基地内監視カメラの映像アーカイヴにアクセスする。モニターに映った過去の各カメラの映像内で、異常と思われるものが自動的にピックアップされていく。


 北側出口に向かう地下通路に設置されたカメラが、自転車を肩に乗せて歩いている二人の姿を見事に捉えていた。時刻は二〇分前。


「ふぅ……やってくれるじゃないの」レイは大きく溜息を吐き、椅子の背にもたれ掛かる。「失敗だった。まだアカウントが出来てないから不便がないようにフリーパスにしといたのが裏目に出ちゃったね。ここから抜け出すことは自殺行為だって、もっとよく説明しておけばよかった……」


「どうするの?」


「彼らが自転車に乗って行ったとすれば……厄介ね。穴水の市街地に行ってしまったのなら……彼らの身が危ない」


「ええ、そうね。あの辺りにはまだ……」


「ルージュ」


「!」朱音の顔が一瞬にして引き締まる。レイが朱音をその名――TACネーム――で呼ぶのは、何らかの任務行動にある時に限られていた。


「Hibernation Recovery (冬眠からの回復)の状況は?」と、レイ。


「五人は既にフェーズ3に移行」と、朱音、「経過は良好。問題なし。恐らくほっといても三時間以内に全員意識を回復するはずよ」


「よろしい。それなら彼らを助けに行けるね。武器を用意して。私は車を準備するから。〇三マルサン分後に第二ゲートに集合。復唱せよリードバック


「了解。武器を用意。〇三分後に第二ゲートに集合」


 二人は互いに敬礼を交わす。


---


「……」


 巧と隼人は、目前に広がる光景に言葉を失っていた。


 彼らは確かに穴水の市街地があるはずの場所に到着していた。しかしそこにあったのは、ただ一面に広がる瓦礫がれきの山だった。


 崩れた瓦屋根。焼けて煤けた壁。単なる火事や自然災害によるものではない証拠に、地面のところどころに直径二メートル程のクレーターのような穴が開いていた。間違いなく、爆撃によるものだった。


 自転車を地面に寝かせて、二人は破壊し尽くされた街の中を歩く。人の気配は全くない。


「隼人、これはどう見ても……レイたちの話が本当だった、ってことじゃないのか?」


 巧が隼人の顔を覗き込むと、彼の予想通り、そこには落胆の色がありありと浮かんでいた。


「やはり、そう……なのか……」隼人は力無く呟き、うなだれる。


 ここに至るまでの間にも、道路に爆撃や戦闘によるものと思われる穴がそこかしこに開いているのを隼人は見てきた。それが彼を不安にさせてもいた。しかし、これでもはや決定的だった。


 この世界では、戦争が起こっている。レイたちは正しかったのだ。


「基地に帰ろう、隼人」


 巧は隼人の肩に手を置く。この台詞を言うためだけに、彼は隼人について来たようなものだった。


 彼がいなければ、意地っ張りな隼人はたとえこの光景を目にして自身の間違いを確信したとしても、頑なに基地に帰ろうとはしなかっただろう。


「こんなところで、僕らだけじゃ生きて行けないよ」


 念を押すように巧が言うが、隼人は応えない。


「なあ、隼人!」


 巧が隼人の肩を揺すろうとした、その時だった。


「?……何の音だ?」


 耳慣れない低い音が巧の耳に入る。彼は振り向き、そして……驚きの表情のまま凍りついた。


「……巧?」


 隼人も異変に気づき、顔を上げ、巧の視線を追う。


「あ……!」


 彼らの真後ろ五〇メートル程先に、奇妙な物体が一つ空中に浮かんでいた。


 白色で高さは二メートルほど、二つの饅頭型の楕円体がくびれた円筒の上下につながれているそれは、直立した巨大な鉄アレイのようだった。よく見ると、そのくびれた腰の部分から水平に伸びた二つのローターが、上下に重なり互いに反対方向に回っている。


 下部の楕円体からは、アポロ月着陸船ルナ・モジユールのそれを思わせる四本の脚が伸びており、それらの脚の間から、回転ターレットに取り付けられた、長さ三〇センチ太さ一センチほどの一本の銃身が突き出ていた。


 隼人はその異様な姿に思わず後じさる。


「た……巧、何なんだよあれは……」


 隼人が振り返ると、巧は表情をこわばらせていた。


「あれは……たぶん無人の対人戦闘ドローンだ。生き残った人間を抹殺するための……」


 その言葉で、ようやく隼人も自分たちが危機的な状況に陥ったことを悟る。


 巧はとっさに自分たちの姿を隠せそうな場所を探すが、彼らの周囲数十メートル以内には見当たらない。


 戦闘ドローンは二人を既に捕捉したのか、頭部を彼らの方に傾け、ゆっくりと近づいて来る。


「逃げるぞ、隼人!」


「お、おう!」


 言うが早いか二人は走りだす。つまづいて転びそうになりながらも、地面に倒してあった自転車まで戻り、それを起こして飛び乗ると全体重をかけてペダルを踏みつける。


 ローギアから一足飛びにトップへシフトし、サドルに腰を下ろさず左右に自転車を揺らす、ダンシングと呼ばれる漕ぎ方で一気に一〇〇メートルほど駆け抜けると、隼人は後ろを振り向く。


 一度は距離を離された戦闘ドローンだが、徐々に速度を増して彼らとの距離を詰めていた。


 "だめだ、このままでは追いつかれる……"


 隼人は周りを見渡す。


 "あ、あそこなら……!"


「巧!」


 隼人は、苦しそうな顔で彼を必死に追いかけている巧に向かって叫びながら、右前方を指さす。その方向約三〇メートル程先に、うっそうと茂った林があった。


 巧はうなずき、右にハンドルを切る。右足をペダルから離しリーンアウトの姿勢で自転車を傾ける。隼人もタイミングを合わせて巧の動きに追随し、二人は逆ハンドルを切って後輪を滑らせたまま、ぴたりと並んで曲がっていく。


 ドローン底部の短機関銃が乾いた音を立てて火を吹き、〇・五秒前まで二人がいた地面に土煙が連続して立ち上った。


 空中に浮いているドローンは、地面との摩擦がないために自転車ほど簡単に方向転換はできない。ドローンは自らを進行方向の逆に傾かせて制動をかけるが、慣性のために若干行き過ぎる。ターレットが回り、機銃が二人を狙ったその時には、既に彼らは林の中に姿を消していた。


「はぁっ……はぁっ……」


 必死の思いで林の中に飛び込んだ二人は、自転車を置いて茂みの中をかきわけて進み、入り口から二〇メートル程のところで腰を下ろして休息する。


「ここなら、あいつはプロペラが邪魔して入ってこれないだろう」


 隼人の呼吸は既にほぼ通常に戻っていたが、彼ほど体が鍛えられていない巧は荒い息のまま、手で額の汗を拭う。


「はぁ……はぁ……だと……いいけど……!?」


 何かの気配を感じた巧はその方向に振り返る。


 木の枝や葉の隙間に、彼らを追い回していた戦闘ドローンの姿が見えた。それは彼らから十数メートル離れた木々の上に、悠然と浮かんでいた。

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