11
さらりと言ったにしては、隼人のそのセリフは巧を仰天させるに十分だった。
「なにぃ!? 抜け出すぅ!? お前こそ何考えて……むぐ……」
それ以上巧は喋れなくなる。隼人の右手が彼の口を塞いでいた。
「(馬鹿野郎! 声がでけえ! あいつらに聞かれたらどうすんだよ!)」
素早く辺りをうかがい、誰の気配も感じられないことを確認した後で、隼人は声を押し殺したまま続ける。
「(いいか、俺たちが今までに得た情報は、全部あの女たちから一方的にもたらされたものだろ。違うか?)」
「そ、それは、そうだけど……」
「俺は、それを素直に信じ込むのは危険だと思う。だから、俺はここを出て外がどうなっているのかをこの目で見てみたいんだ」
「だけど……もし彼女たちの言うことが本当なら、外の世界はすごく危険なんじゃないのか?」
「だから、それはあいつらの話が信じられれば、の話だろ? どっちみち、俺はあんな戦闘機に乗る気はさらさらねえからな。だとしたら何の役にも立てねえんだから、これ以上ここの世話になる訳にもいかんだろ?」
「そんなことは……ないと思うけど……」
「お前は戦うってんだからここに残ればいいさ。俺は一人でもなんとかやっていける」
「うーん……」巧はしばらく腕組みして考え込むが、やがて大きくため息をついて顔を上げる。
「わかった。僕も行くよ」
「お? マジで?」
「ああ。やっぱり、僕だけここに残るのも不安だからね」
しかしそれは口実だった。巧は隼人が心配だったのだ。
隼人は元来、考えるよりも先に、直感に基づいて体が動くタイプの人間である。それが元で彼はしばしば災いを被っており、巧が必死に止めたために難を逃れたことも一度や二度ではない。どうやら今回もそうなる可能性が高い、と巧は判断したのだった。
しかし、隼人のそのような行動が常に的外れだったわけではなく、むしろ、後先考えずに突き進む彼の強引さが功を奏し、大きく局面を切り開いたことも多かった。そんな時、どうしても行動する前にその結果を考えてしまう巧は、一種の羨望に囚われるのだった。
"そう……あの時、僕も隼人のように、何も考えずに行動できていたら……"
「巧、本当に……いいのか?」
巧の辛い回想を、隼人の声が無理矢理断ち切る。
「あ、ああ」
巧がうなずくのを見て、隼人はニヤリとした。
「ようし分かった。俺は別に一人でもかまわねえんだけどな。お前がそう言うなら一緒に行くことにするか」
ほらみろ。巧は苦笑する。隼人は自信たっぷりな様子を装っているが、彼と長年の付き合いになる巧は、彼が虚勢を張っているのを的確に見抜いていた。しかし巧は、ふと真顔に戻って隼人を振り返る。
「だけど、さっき地図を見た限りじゃ、一番近い町でも何キロも離れてるぞ。お前どうやって行くつもりだ? 歩くのか?」
「まさか。さっき見た倉庫にチャリが何台かあったよな。それをちょっと拝借しようぜ」
ニヤリとする隼人に対して、巧は呆れ顔になる。
「お前……それ、窃盗だぞ」
「あいつらは敵かもしれないんだぜ。お前は敵から逃げるのに窃盗になるとか悠長なこと言ってられるのか? アクション映画の主人公だって、いつもそんなこと気にせずに乗り物奪って敵の基地から脱出してるだろ」
「……」
お前はいつアクション映画の主人公になったんだ。内心ツッコミを入れたくて仕方なかったが、巧は何とかこらえた。
「それじゃ、行こうぜ」
「分かったよ」
巧はしぶしぶ隼人の後に続く。
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数分後、巧と隼人は整備ハンガー脇の倉庫にたどり着く。ドアにカギはかかっていなかった。二人は中に入って明かりを点ける。
自転車はすぐに見つかった。航空機の部品と思われる機械類が雑然と置かれている中に、四台ほど並んでいる。
黒塗りの変形ダイヤモンドフレーム。ストレートバータイプのハンドル。26インチ、2・00HEのタイヤはゴツゴツとしたブロックパターンをまとっている。後輪のハブ右側に装着された五段スプロケットホイールの下に、パンタグラフ式の
「それじゃ、これを借りていくことにしようぜ」
言いながら隼人はトップチューブを肩にかけて自転車を担ぎ上げる。巧も同じようにするのを見届け、彼は倉庫のドアを開けた。
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自転車を肩に担いで階段を下り、地下通路の何重もの対爆ドアをくぐり抜け、二人はようやく北側の出口にたどり着く。隼人がハンドルを回して押すと、あっけなく鉄の扉は開いた。
肩から自転車を下ろし、二人はそれを押しながら外に出る。
そこは緑の森の中だった。熱く、湿気を含んだ空気。日差しが強い。セミの鳴く声が響き渡っている。目の前には片側一車線のアスファルトの道路が左右に伸びているが、その表面にはところどころひびが入っていて、そこから雑草が生えていた。
「えらくあっさり抜け出せちまったじゃねえか。まあ、警備員なんていないんだろうけどさ」隼人が拍子抜けしたように呟く。
「なあ、隼人……」巧は心配そうな顔になっていた。「彼女たちは、僕らが抜け出すなんてことは
「何ぃ……?」
「だとしたら……僕らは彼女たちにすごく悪いことしてると思うんだけど……」
「……」
隼人は、いかにも後悔している、と言わんばかりの巧の顔を見て一瞬きまり悪そうな表情を浮かべるが、そのまま無言で自転車にまたがり、走り始める。
「ちょ、ちょっと待てよ、隼人!」
巧も慌てて隼人の後を追いかけて走りだした。
「隼人! 道は分かってんのか?」
「大体な。これが県道26号線だろ? この道を左に行って、県道303号線に出てさらに一〇キロほど西に行けば、
「う、うん」
隼人と巧は並んでペダルを漕ぐ。方向感覚は二人とも幼い頃から優れており、二人が一緒の時に道に迷ったことはこれまで一度もない。
現在彼らがいるのは、能登半島のほぼ中心だった。彼らが住んでいた街からは数百キロメートル離れている。いや、そんな比較など意味はあるまい。そもそもここは、彼らのいた世界とは全く違う世界の能登なのだ。
それでも、夏の日差しは彼らのいた世界のそれと何の変わりもなかった。山の緑に挟まれた、荒れたアスファルトの道路を二人は風を切ってひたすら走り続ける。生命の危機が待ち受けていることも知らずに……
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