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振り返ると、彼の従兄弟であり幼馴染でもある
よく日焼けした浅黒い肌。身長一七八センチの隼人は巧よりやや背が高い。少し前までほぼ丸刈りだった髪は、今はスポーツ刈りと言えるくらいにまで伸びている。
「やあ、隼人。おはよう」
「うっす。ったく、夏休みだってのに、やれやれだよな」
「全く、な。でもしょうがないよ。受験生なんだし」
隼人は巧と同い年であり、共に振一郎の孫でもある。住んでいる家がごく近くであったため、彼らは幼い頃から兄弟のように付き合ってきた。幼稚園から高校に至る現在まで、二人は常に同じ学校に通っていた。時々喧嘩もするし、趣味も部活も違うが、二人にとってはやはりお互いが一番の友人なのだった。
「お前はまだいいさ。俺には今までかなりブランクがあるからなあ」
「隼人ならすぐ追いつけるよ。さ、行こう」
「おう」
巧はクロスバイクに跨がり、隼人と並んで走り出す。既に学校は夏休みに入っていたが、大学受験を目指す彼らには、夏期特別講習というものが控えていた。それが今日から始まるため、二人は普段と同じ時間に、同じように家を出て、学校に向かっているのだった。
通いなれた道を二人は軽快に駆け抜ける。時刻は八時十五分。真夏とは言え、まだそれほど気温は上がっていない。
ハンドルの右グリップを回し、巧は
身体の周りを流れる風が心地よい。目の前の立木がアブラゼミの声で鳴いている。いつもと何も変わらない夏の風景。ふと見上げると、青空を背景に白い入道雲が浮かんでいる。眩しさに巧は思わず目を細める。今日も暑くなりそうだ。
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学校のグラウンドが見渡せる土手の上の道路、自転車通行可の歩道で、隼人と巧は自転車を停めて降りる。
グラウンドでは硬式野球部が練習していた。金属バットの甲高い打撃音が二人の鼓膜に突き刺さる。隼人は練習の様子を寂しげに眺めていた。
「……惜しかったよな」
「……」
巧が声をかけても、隼人は無言のままだった。
わずか一週間前まで、隼人は硬式野球部のエースだったのだ。この夏、彼らの高校の野球部は十数年ぶりに県大会の準決勝まで勝ち進んでいた。しかし準決勝で優勝候補の筆頭にして甲子園の常連校である私立の野球名門校と対戦、健闘空しく一点差で破れてしまったのである。三年生の隼人にとっては最後の大会であった。
しばらくして、ようやく隼人が口を開く。
「ふん……ま、俺たちが甲子園、なんて
突然聞こえてきた遠雷のような音に、隼人は空を見上げる。
クリップドデルタ翼の戦闘機が一機、低バイパス比のターボファンジェットエンジン特有の低音を響かせ、排気ノズルから薄黒くスモークを引きながら飛び去っていく。主翼の日の丸がはっきり見えるくらいの低高度だった。
「あ、
そう言って、巧はみるみる小さくなっていくF-15Jの影を見送る。
彼らの高校の上空は、航空自衛隊の基地へ進入するコースの一つになっているらしく、しばしば自衛隊の飛行機が飛んで来るのだった。
隼人は、既に巧が肉眼で捉えられない程に小さくなったF-15Jを、未だに目で追い続けている。隼人の裸眼視力は左右とも二・〇以上。巧には遠すぎて見えないものも、彼は見ることが出来るのだ。
しかし。
巧は、妙だな、と思う。
隼人がこれ程までに飛行機に興味を示すのは、まず考えられないことだったのだ。
かつては隼人も巧と同じくらいか、むしろ巧以上に飛行機が好きだったのだが、四年前の不幸な出来事以来、彼にとって飛行機は一転して忌むべき存在になっていたはずだった。
それなのにどうしたことか、今日の隼人はまるで取り憑かれたかのように、飛び去っていくF-15Jに見入っている。
「隼人、どうした?」
「あ……いや、何でもねえよ。ちょっと今日見た夢のことを思い出しちまってな」
「夢?」
「ああ……おかしな夢でな。いや、ここんとこ同じような夢をずっと見てるんだよ。この俺がだぜ、今飛んでったアレみたいな戦闘機に乗って、空中戦をやってるのさ。どう考えても変だろ?」
「……!」
巧の表情が凍りつく。しかし隼人はそんな彼の様子に気づかずに続けた。
「けど今日はなぁ……いつもは大概勝つんだが、今日に限って、やられちまったんだ。大怪我したところで目が覚めた。おかげで朝からすげぇ変な気分だよ。ったく……」
「……」
夏だというのに、巧は全身に鳥肌が立つのを覚える。
"間違いない……僕と隼人は、全く同じ夢を見ているんだ。しかし……本当にそんなことがありえるのだろうか……?"
「おっと、やべ。遅刻になっちまう。行こうぜ」
胸ポケットからスマホを取り出してちらりと見た隼人が、再びサドルにまたがろうと左足を上げる。
「あ、ちょっと待てよ、隼人!」
巧がもっと詳しく話を聞こうと隼人を呼び止めた、その時だった。
二人の背後で激しい衝撃音がして、とっさに振り向いた彼らは、思わず目を疑う。
「「!」」
ドライバーがよそ見か居眠りをしていたのだろうか、四トンくらいのトラックが歩道の段差を乗り上げ、真っ直ぐ二人の方に突っ込んできたのだ。
「「うわあぁ!」」
逃げる余裕はなかった。二人の体はそのまま自転車ごと、トラックに跳ね飛ばされる。
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