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「『別の世界から来た、もう一人の僕たちへ。いきなりこのような世界に連れてこられて、さぞかし戸惑っていることと思う。だけど、君らがここに来なければ、おそらく君らは生きていなかったはずだ。
君らが生命の危機に陥った、まさにその瞬間に、僕らが意識を失ったために、僕らと
だから、ある意味では僕らが君らを救ったわけだ。
その恩を着せる、というわけではないが、君らに一つ頼みがある。
僕らの代わりに、086に乗って戦って欲しい。そしてこの基地と、この基地の地下に眠る僕らを守って欲しい。
おそらく、僕らと"エンタングルド"だった君らには、"
どうかそれまで、頑張って欲しい。グッド ラック、UHAFJ キャプテン(
巧が手紙を読み終えても、しばらくその場にいた誰もが口を開こうとしなかった。やがて、隼人が混乱しきった顔で巧の方を向く。
「なあ巧、全然意味が分からねぇんだけど、つまり、俺たちは異世界転生したわけじゃなくて、さっき俺たちが見た『この世界の』俺たちが、トラックに轢かれそうになった俺たちを助けてここに連れてきた、ってことなのか?」
「……そういうこと、だと思う」
巧は答えながら、それまで彼の心の中で漠然としていたものが、徐々に確信へと変わり始めていることに気づいていた。
「でも、一体どうやって?」
「分からない……けど、何となく見当はつく」
「どんな見当だよ」
「うん……"エンタングル"って言うのは『絡み合い』という意味なんだ。
「また量子力学かよ……だけど、そもそも量子力学ってのは原子とかの極微の世界の話だろ? お前さっきそう言ったよな? だったら、何でそれが俺たちと関係があるって言うんだ?」
「ペンローズというノーベル賞物理学者が、人間の意識も量子力学的な作用だという説を唱えている。もし意識がある種の量子状態ならば、平行世界にいる僕の意識と、この僕の意識がエンタングルであったとしてもおかしくはない。何せ元々は同じ『自分』なわけだからね。そして、『気味の悪い遠隔作用』を通じて彼らは僕らとずっとコミュニケーションし続けていたんだろう」
「コミュニケーションだと?……何もそれらしいことした覚えはないぜ」
「たぶん、夢を通じて……だと思うよ」
「ゆめぇ?」
「ああ。人間の意識は眠っている時は当然閉ざされているわけで、『観測』の主体となることが出来ない。ってことは、コペンハーゲン解釈で言うところの『波束の収縮』の呪縛から解放されるわけだ。つまり、『気味の悪い遠隔作用』が働きやすくなるんだよ。だから彼らは、夢を通じて僕らにずっと情報を伝えていたんだと思う」
「……」
巧が今話しているのは果たして日本語なのだろうか。響きは間違いなくそうだが、隼人にはその意味がさっぱり分からなかった。
「なあ、隼人。お前にだって心当たりがあるんじゃないのか? このごろ戦闘機に乗って戦っている夢を見る、って言ってただろ? 僕もそうだ。ずっと戦闘機に乗って戦う夢を見続けていた」
「なにぃ!?」隼人も巧に向き直る。
「さっき僕らが見てた戦闘機こそ、僕が……いや、僕らが夢の中で乗って戦っていたものなんだ。ここは、僕らがずっと夢の中で見続けていた世界なんだよ。隼人、ほんとはお前だって、もうそれくらいのことは勘付いているんじゃないのか?」
巧が隼人の目を見据えると、彼は思わず目を逸らしてしまう。それは肯定を意味していた。
「これは夢なのか? 夢だったら早く覚めて欲しいぜ……」うなだれながら隼人が言う。
「夢じゃないよ」と、巧。「僕らは本当に夢で見ていた世界に来てしまったんだ。たぶん、幾つかの偶然が重なった結果だと思う。僕らが生命の危機に陥った時に、無意識に『火事場のバカ力』みたいなものが働いたのかもしれない。さらに、そのちょうどその時、この世界の彼らも意識を失った。その結果、量子的な遷移現象、あるいは量子テレポーテーションやトンネル効果のような現象が起こって、僕らは多重世界間の壁を越えてこの世界に……」
「そんな理屈はどうでもいいんだよ!」いきなり隼人が立ち上がって叫んだ。「冗談じゃねえ! 何で俺たちがこんなわけの分からない世界に連れてこられなくちゃならねえんだよ! 帰してくれよ……元の世界に……帰れねえのかよ……」
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