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 向かって右側のカプセルには巧、左側には隼人。二人とも目を閉じ、青ざめた顔で横たわっている。


「こ、こいつらは……俺たちじゃねえか!」隼人が血相を変えて叫んだ。「レイ! これは一体どういうことなんだよ!」


「そう。彼らはUHAFJ(人類統合軍、日本空軍Unified Humanity Air Force in Japan新田原にゅうたばる基地所属、杉田隼人大尉、TACネーム、"Hatch"……そして、同じく風間巧大尉、TACネーム、"Rock"……多分、『この世界』の、あなたたちよ……」


 二つのカプセルに視線を注いだまま、レイは無表情に応える。言葉とともに吐き出される息が白い。


「彼らは、"Hawk in the Tropopause"……『亜成層圏トロポポーズの鷹』の異名をとる、空軍きってのスーパーエースだった。愛機F-23Bスパイダーを駆り、撃墜機数は二〇機以上……数々の伝説を残し、一度たりとも撃墜されたことの無い、奇跡の撃墜王……しかも若干十七才の、ね」


「スパイダー?」巧が首を捻る。


「ああ、F-23のニックネームよ」朱音だった。「正式名はブラック・ウィドウだけど、長いからスパイダーって呼ばれてる。YF-23時代の試作1号機がそう呼ばれてたんだって。F-16が正式名のファイティング・ファルコンよりバイパーって呼ばれる機会が多いのと同じね」


「……そうなんだ。ありがとう」朱音に向かってうなずいてから、巧は再びカプセルに視線を戻す。


「私はね」と、レイ。「彼らに会ってみたいとずっと思ってた。統合空軍の英雄で、しかも私と同い年……どんな人たちなのかすごく興味があったの。一度話をしてみたいな、って思ってた。だけど……せっかく会えたと思ったら、こんなことになってしまって……」


 小さくため息をついて、レイは続けた。


「二時間ほど前だった。この基地にスパイダー086号機が着陸したの。あなたたちがさっき見ていたあれよ。コクピットの中では、この二人が血まみれになって動けなくなっていた」


「じゃ……じゃあ、こいつらは……死んでるのか? これは棺おけなのか?」


 言いながら隼人は自分の声が震えて上ずっていることに気づく。


「いいえ。死んではいない。限りなくそれに近い状態ではあるけどね。これは棺おけじゃなくて"hibernation"……人工冬眠のためのカプセルよ」


「人工冬眠……って、SF映画なんかでよく出てくる奴か?」隼人が巧を振り返ると、巧は『この世界の自分』が眠るカプセルを凝視したまま、呟くように言う。


「そうだろうな。でも……現実に可能だったなんて……」


「私たちの世界でも、数年前まではSFでしかなかったんだけどね。でも、戦争が始まって……世界の人口があっという間に三分の一になってしまった。このままでは人類は絶滅してしまう、という危機感から、人工冬眠の技術が飛躍的に進歩したの。今は世界各地にシェルターがあって、十億人ほどがこのようにして戦争が終わって平和になるまで眠っている。ここもそんなシェルターの一つよ。規模はそれほど大きくないけどね」


 言いながらレイは傍らの照明のスイッチを一気に全て入れた。


「あ……!」


 巧と隼人はそこに広がる光景に、再び絶句する。


 彼らがいる場所は、高さ約三メートル、広さは学校の体育館ほどの空間だった。そしてそこは、幅二メートルほどの通路の両脇に、上下二段に置かれたカプセルでびっしりと埋め尽くされていた。


「ここには約千人ほどの人間が眠っている。ほとんどが十三才以下の子供たちよ。あとは彼らのように、負傷をしたり、病気になってしまった人たち……ここに眠っている人たちを守るのも、私たちの任務の一つなの」と、レイ。


「……」隼人は膨大な数のカプセルをしばらく呆然と見つめていたが、やがて我に返るとレイに顔を向ける。


「レイ……さっき、こいつらが俺たちをこの世界に呼んだ、って言ったよな」そう言って、隼人は『この世界の』彼らが眠るカプセルを顎でしゃくってみせる。


「ええ、そうよ」


「だとしたら、彼らはいったいどうやって俺たちをここに連れてきたんだ?」


「それは……分からない」


「……はぁ?」レイの応えは隼人を拍子抜けさせるのに十分だった。「何だよ、分からねぇのかよ? だったらお前は、何でこいつらのせいだって言い切れるんだ?」


「それを説明する前に……外に出ない? ここは寒すぎるし、もう一つ、あなたたちに見せたいものもあるの。それを見ればあなたの疑問も解消するかもしれない」


 レイと朱音は震えているように見えた。


「……そ、そうだな」巧と隼人も、それまで全く忘れていた寒さを急に思い出す。


 入った時とは逆の手順で扉を閉めていき、四人はエレベータに乗った。朱音が地上一階のボタンを押す。


 しばらく四人とも黙りこくったままだったが、いきなりレイがその沈黙を破った。


「あの二人がこの基地に着陸した時、杉田大尉の意識は朦朧もうろうとしていた。だけど、風間大尉は意識がはっきりしてたの。彼は言った。『僕らが人工冬眠したら、すぐに別な世界からもう一人の僕らがやってくる。彼らが僕らの代わりに戦うことになるだろう。だから「トロポポーズの鷹」が消えることは無い』ってね」


「なんだと……」


 隼人が再び訝しげな顔つきになり、何かを言おうとした時、エレベータが地上に到着し扉が開く。と同時に、熱気が彼らに向って押し寄せてきた。


「とりあえず、そこのブリーフィングルームに来てくれる? あなたたちに見せたいものは、そこにあるの」レイは巧と隼人を交互に見つめる。


「……」


 無言でうなずき、巧と隼人はレイと朱音の後について格納庫の一角にあるブリーフィングルームに入った。


 飛行前の打ち合わせを行う、小さな会議室。その中の、入り口に近い一つのテーブルに並んだ椅子にレイと朱音が並んで座り、続いて隼人と巧がそれぞれ二人の向かいの席に腰を下ろす。


「これが、この世界の風間大尉から、あなたたちに見せてくれって頼まれた文書よ。読んでみて」


 そう言って、レイはそこに置かれていた四つ折りのA4サイズの紙を手に取り、巧に渡した。


 巧が紙を開くと、そこには12ポイントゴシックの小文字のアルファベットがびっしりと並んでいた。よく見るとそれらは数文字ずつスペースで区切られている。


「え、英語?」


「違うよ」と、レイ。「機内のシステムには日本語の環境が入ってないから、ローマ字になってるだけ。風間大尉に、テキストファイルとして機内のストレージに保存してあるから、って言われて、探して見つけてプリントアウトしたの」


「そうなのか。ええと……"betu no sekai kara"……『別の世界から』、か。読みにくいな」


 巧はさっと一通り手紙に目を通すと、音読を始める。

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