11.フォスティア歌劇場Ⅱ<スロウ・青>
あたし達は場内を駆け抜けて、人で賑わうホールに出てきていた。
隣の様子を伺ってみるけれどカイルさんはやっぱり元気がない。
「さっきの女の人はお知り合いなんですか?」
「ええ、少しばかり」
「でしたら、なぜ逃げるようなことをするんでしょう……?」
「何度断ってもしつこく押しかけてくるのです。僕はああいった気の強い方が苦手でして」
「それは大変ですね」
(ねえウィグナー。<チャーム>でなんとかできないかな?)
『あれは基本的に異性に働きかけるものだ。だが、同性に効果があった試しもあるといえばあるが』
(一か八かやってみてもいいかもしれないってこと?)
『こちらに一切危険のない賭けだからな。仮に効くことがあれば
だったら試してみる価値はありそうだ。
「あたし少しだけ離れます。カイルさんはどうか劇場の外にいてくださいね!」
「ええと、アリスさん?」
人がまばらになった場内へ戻るとさっきの女の人を見つけた。彼女はどうやらカイルさんを探し回っているようだ。
「あの、カイルさんのお知り合いの方ですよね?」
あたしはそっと近づいて声を掛ける。
「あら……あなたは。カイル様とご一緒ではありませんでした?」
「あたしも逃げられちゃいました!」
「そうですわよね。あなたのような人と、あの方が釣り合うはずがありませんもの」
失礼な物言いに<ショック>でもいいかと一瞬思い立ったけれど、さすがにそれはまずいと無理矢理笑顔を作る。
「提案なのですけど、あたくしと一緒にカイル様を探しませんこと?」
「え、あなたとですの……?」
彼女は明らかに機嫌が悪そうだ。
「もちろん見つかったらえっと……あなたのお名前はなんと?」
「わたくしはローザリンデですわ」
「まあ素敵なお名前だこと。傍から見てもローザリンデ様とカイル様はお似合いのご様子。ですから、あたくしは潔く諦めてお二人を引き合わせようと考えているのですわ」
「あら。あなた、なかなかわかっていますわね。そうと決まれば参りましょう!」
強引に彼女に手を引っ張られて再びホールへ戻った。
さっき別れた場所にカイルさんの姿が見えないことから、彼は上手く逃げ出したと判断しよう。
もしここで鉢合わせたら大変なことになる。
ふと遠くに視線を向けると、カイルさんのような男性がこっちに手を振っている。
まさかと思い目を凝らすと彼本人だ。あたしはとにかく頭を振る。
「あなた、さっきから何をしていますの? あちらに何かありまして?」
ローザリンデさんが
このままだと気付かれる可能性が高い。
「そうでしたわ。あたくし、さきほど関係者控え室で彼を見掛けましたの!」
彼女が他所を見ないよう肩をぐいっと掴む。
「ちょっと、わたくしに気安く触れないでいただけます? そんなことより、カイル様はなぜそのようなところにいらっしゃるのかしら?」
「誰が見ても素敵な
「カイル様ならあり得なくない話ですわね。それではわたくしを案内してくださいまし!」
彼女はどうにも流されやすいようで助かる。
十分に気をよくさせたところで、ひっそりとウィグナーに<チャーム>を装填した。桃色のオーラを確認するとドレスの中に忍ばせる。
「確か、この中でしたわ! さあローザリンデ様、愛しの君に熱い愛の抱擁を!」
「カイル様、わたくし今参りますわ!」
彼女が扉を開けて中へ入った瞬間、ウィグナーを取り出し即座に放つ。
ハートのような弾が飛んでいき、体に吸い込まれると彼女の動きが止まった。
「ローザリンデ様?」
振り返った彼女はあたしの手を取ると、うっとりとした顔をし頬を染めている。
「まあ、素敵なお方! あのぉ……差し支えなければ、お名前を教えていただけませんこと?」
「あたくしはアリスですわ?」
「決めましたわぁ。わたくし、アリス様を生涯お慕いしますわ!」
「何をおっしゃってますの!?」
『アリスよ、何を楽しんでいる。命令せねば意味をなさんぞ?』
その声に気を取り直しあたしは咳払いをする。
「ローザリンデ様、本日はもうお帰りくださいませ。もしカイル様に出くわしても素知らぬ振りですわよ! よろしくて?」
「はぁい。アリス様のご命令とあらば喜んで!」
ごきげんようと彼女はそれはもう上機嫌に去っていった。
『まさかあれほどの効果が出るとはな』
(でもどうして効いたんだろ?)
『要するに、アリスにはそちらの素質もあるということだろう』
ウィグナーはくく、と楽しげに笑う。
(ちょっと、変なこと言うのやめてもらえる? それにしてもいつも以上に疲れた……)
『だが朗報も飛び込んできたようだ。ちょうどこの部屋に弾丸の反応が見られる』
(そっか、終わりよければってやつね!)
こうして回収作業は順調に進み、新しい弾丸<スロウ>を手に入れた。ウィグナーが言うには効果の説明が難しいらしく、それはまたの機会になりそうだ。
「カイル様、お待たせしましたの! あたくしとってもお腹が空きましたわ!」
「僕の思い過ごしでしょうか。どことなくあの方を彷彿とさせるのは……」
戻らない口調に苦笑いをされつつ、あたしはお嬢様気分のまま帰りの馬車に乗り込んだ。
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