06.空虚都市セカンダイルⅠ

 宿近くのお店で朝食を味わうその終わり際。

 テーブル正面に座るカイルさんは、食後の紅茶のカップを置くと口を開いた。


「さてと、今日はどうしましょうか?」

「カイルさんはもともとどういった予定だったんでしょう?」

「僕はいつも計画を立てないのですよ。ですから、今回も思うまま気ままに流れていこうかと考えていました。アリスさんはいかがなのでしょう?」


 彼は首を傾げ視線を向けてきた。


『アリスよ、願ってもいない流れだぞ。余すところなく要望を伝えておくべきだろう』


 あたしは心の中でウィグナーに頷き、あらかじめ用意しておいた地図をカイルさんに確認しやすいように広げた。


「ええと、今日はまずここに行って、明日はここです。それから――」


 順番に指し示して行動を説明すると、彼は真剣な眼差しで地図を見つめている。


「つまり……こう時計回りに巡っていくわけですね。そしてぐるっと周った終着点はここ、ラナの街といったところでしょうか?」


 すべてが終わるまで故郷ラナには戻らないつもりだ。平然と嘘を吐くのは気が引けるけれど、正直に話しても信じてもらえる気がしない。


「はい、それで間違いありません」

「そうなりますと、今日の目的地はセカンダイルですね。ところでアリスさんはご存知でしょうか。聞くところによると、そこにはかつて――」

「カイルさん、なんだかもうわくわくしてません?」


 身振り手振りを加えて説明してくれる彼に、あたしはふふっと笑いかける。


「やはりわかってしまいますか。人々の歴史や文化などに強い興味がありまして、それこそが僕の旅をする理由なんです。時にアリスさん……不躾ぶしつけですが一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


 彼は打って変わって神妙な表情を浮かべた。


「な、なんでしょう改まって」

「その……。僕は甘いものに目がないのですが、女性の方からするとどう思われますか?」


 なんとも拍子抜けな質問だけれど、彼の真剣な様子に笑ってしまうわけにもいかない。咳払いを一つする。


「こういうのは男女問わずではないでしょうか。あ、さっきからそわそわしてるのってもしかして」

「こちらのメニューが気になっていまして。アリスさんに変に思われないか、テーブルについてからずっと悩んでいました」

「そんな風には思いませんよ。あたしも注文しますので一緒に食べましょう!」


 こうしてテーブルにはクリームたっぷりのプリンが二つ並んだ。

 彼はひときわ目を輝かせて頬張る。

 その意外な一面を見られて、どこか親近感のようなものを覚えると店を後にした。



 今日の目的地セカンダイルは、昨日のファウストとは違い大規模な遺跡でかつては多くの人が住む都市だったらしい。

 というのはもちろん、カインさんのげんであたしにはさっぱりわからない。

 それでも彼がガイドのように解説してくれることもあって、いくらか理解しやすいように感じる。

 ひとしきり観光のように楽しむと、彼とは一旦別行動になった。


 あたし達は、人目のつかなさそうな建物跡を見つけその影に潜んでいる。


『それではアリスよ、始めるぞ。準備はいいか?』

(自分を撃つ練習だっけ……。やっぱり怖いなぁ)

『今慣れておかねばいざという時に困ることになる。だが、それでも構わないというのなら無理にとは言わん』

(うう、やりますよぉ……。あ、その前に弾の変え方を教えてくれないとダメじゃない?)

『おっと、ついうっかり忘れてしまうところであった』


 彼はやっぱり楽しそうだ。

 それはさておき、銃弾の変更をするには実際に触るのではなく心の中で念じると変化する。

 例えば、いつもの電撃を使うなら<ショック>といった感じで正式名称じゃないと無効になってしまう。

 そして、変わった時の合図としてウィグナーを取り巻く気が対応した色に変わる。<ショック>は黄色で、もちろん他の弾にも色がついている。


(――大体こんな感じだったよね? どこか間違ってたら教えて!)

『いや、相違ない。では早速<ミニマム>を装填してみせよ』


 あたしはウィグナーをしっかりと握り目を瞑った。

 弾を込めるイメージを持ったまま名前ミニマムを呼ぶ。

 すると、キンと高い音が響いた。


『成功だ。アリス、目を開けてみろ』


 手元のウィグナーは白いオーラに包まれている。


(これがミニマム!)

『よし、そのまま自分に向けて撃ってみろ』

(えっと、どこに撃てばいいの? 手とか足でいい?)

『こめかみだ』

(一番怖そうなところじゃない!)

『一度試してみればわかるが、指定部位以外では効果が現れぬのだ』


 よしと意気込んで銃口をこめかみに当てる。けれどすぐにあたしの手は震え出した。


(む、む、無理だよこれ……)

『こうなるのは想定済みだ。だが時間を幾ら掛けても、何度挑戦してでも慣れてしまうのだ』


 それからは時間だけが過ぎていく。

 竦んで撃てないままでいると、まるであたしの心の中のように空には雲が掛かりだし薄暗くなった。

 あたしは確実に追い詰められている。


『いいかアリス。お前は今、何の為にここに立っている。お前の望みは何なのか今一度思い出せ』


 目を瞑ると、平穏が壊されたあの日が浮かんでくる。

 事なきは得たけれど、お母さんがああなってしまったのも元はといえばあの裏切りだ。

 そして今、あたしには取り戻したいものがある。

 けれど一人の力ではどうにもならないはずだった。

 それが、ウィグナーと出会ってここまで来られた。

 彼は時々意地悪だったりするけれど、困った時には助けてくれる。だからこの先も進んでいけると信じられる。

 今のあたしに足りないものがあるとすれば、それはきっと覚悟だ。


 あの夜のように、まっすぐ無心で立ち向かう。

 銃口をこめかみに当てる。

 目は大きく見開く。

 口元には笑みを。

 ――あとは、指を掛けるだけでいい。



(う、うてた! うてたようぇぐな!)

重畳ちょうじょうだ。ではその水溜りで自身の姿を確認するがいい』

(んー、なにもおこってないみたいだけど……?)


 のぞきこむと、みずのなかから、ちいさなこどもがあたしをみつめていた。

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