05.ファウスト遺跡Ⅱ<ミニマム・白>

「そういえば先日、この間教えていただいた場所に行ってきました」

「え、本当ですか?」

「静かでゆっくりと時が流れるようで、なおかつ懐かしく感じる素敵なところでした。アリスさんが誰にも教えたくない気持ちがよくわかります」

「そこまで言ってもらえるとちょっと恥ずかしいけど……よかったです」


 カイルさんと話しているうちに遺跡の中央あたりに到着した。

 彼は興味深そうに辺りを見回していて、どこか瞳も輝いているように見える。


『アリス、反応が近いようだ』

(この辺にあるってことね?)

『然り。念の為カイルとは別行動を取った方がよかろう』


「カイルさん、ここは広いですし集合場所を決めておいて別々に見て回りませんか?」

「奇遇ですね。僕もちょうど同じようなことを考えていました」


 言いながら彼はスケッチブックと色鉛筆を取り出した。


「絵画も嗜まれるんですか?」

「いえいえ、ただの下手の横好きです。いつもこうして風景をスケッチしていて……気付くと時間が経ってしまっているんですよね」

「周りが見えなくなるほど夢中になってしまうと」

「はい。お恥ずかしい限りです」


 と、彼は照れたような表情をする。


「それってとっても素敵なことだと思います。なんなら、思う存分描いてみては?」

「いえいえ、さすがにそれでは時間が掛かりすぎてしまいますので」

「でしたらこうしましょう。描き終えたらあたしに見せてください」

「そうなると、中途半端なものでは申し訳なくなってしまいますね……」

「はい、それが狙いですから」


 あたしが微笑みかけると、彼ははっとしたあと額に手を当てた。


「なるほど、これはアリスさんの方が上手うわてだったようですね。それではありがたくお言葉に甘えましょう」

「完成、楽しみにしていますね!」


 カイルさんが作業に取り掛かるのを見届けると、あたしは静かにこの場を離れた。


『よし、近くなってきたぞ』

(どこだろうなぁ。こっちかな? それともあっち?)

『いや、遠くなった。アリスよ、先ほどから何やら動きが鈍くはないか?』

(だって今日ずっと歩きっぱなしなんだよ。お腹やら足やらがもう限界だって言ってる!)


 このやり取りを何度か繰り返しているうちに、ようやく近い場所を探り当てることができた。


『ここで相違ない』

(弾が埋まってるってことだよね。掘り起こそうか?)

『不要だ。さあ、オレをこの地面の上に置くのだ』


 言われるがままにすると、突然ウィグナーが青白く光り出した。

 そのあまりにも強い光に、あたしは一応周りに誰もいないかを確認する。どうやら今のところ心配はなさそうだ。

 屈んで引き続き様子を眺めていると、


集弾リロード


 ウィグナーの声が聞こえたあと光が収まった。


『これが新たな弾丸<ミニマム>だ。その効果は――』



 カイルさんと合流して遺跡を後にする最中。

 話しながら並んで歩いていると、バンダナを頭に巻いた髭面の男が舌なめずりをしながら近づいてきた。


「おっとぉ、そこのお二人さんよ。死にたくなけりゃ金目の物全部置いてきな?」

「アニキアニキ、その女なかなかですぜ!」


 言いながら子分らしき小太りの男が背後から現れる。あたしは気味の悪い視線を感じると、襲われかけた時のことを思い出し悪い意味でぞくっとした。

 二人は噂に聞いていた山賊というものかもしれない。

 目を逸らし隣に向けると、カイルさんはなぜか涼しげに笑っている。


「ったく、お前はいつもそうだな。まあいい、金も女も置いてって貰おうか?」

「さっすがアニキ、話がわかる!」

「やあお二人さん、盛り上がっているところすまないね。ところで、断ると言ったらどうなるのかな?」


 そこへカイルさんが歩み寄り、男達の間に割って入っていってしまった。


「さっきからヘラヘラしやがって、優男やさおとこが。女の手前、格好つけたのが運の尽きになっちまうわけだがよ。てめえこの状況わかってんのか?」

「御託はいいから早く抜いたらどうだい。まさかとは思うが、その腰にぶら下げたものは玩具おもちゃではないだろうね?」

「野朗、言わせておけば!」


 このままだと戦いになってしまう。

 あたしは何とかしようと大きな声を出そうとした。


「アリスさん、どうか安全なところまで下がっていてください。あなたはこの僕が必ず守ってみせます」


 カイルさんは振り向くことなくそう口にした。


「だ、大丈夫なんですか!?」

「ご安心を。こう見えて多少の心得はあります」


 カイルさんは二人に対し立ち向かっていき、物陰に隠れたあたしは様子を伺っている。

 もしもを考えるとウィグナーの出番もあり得るかもしれない。

 銃身をぎゅっと握る。

 でも、巻き込まないようにするにはどう撃ったらいいだろう。


『ほう、あのカイルとやら。伊達に豪語するだけのことはあるようだな』

(え?)

『よく見てみろ。あれは手練てだれの動きだ』


 カイルさんはあっという間に子分を昏倒させ、残った男と鍔迫り合いをしている。

 かと思えば、すぐに距離を置き剣を振るい翻弄する。それは華麗に舞っているようにも見えた。

 そればかりか、ほんのわずかな時間で相手を圧倒していくのがわかる。


(す……すごい。これなら勝っちゃうよ! ねえウィグナー?)

『はて、あの剣捌きどこかで……?』

(どうしたの?)

『いや、思い過ごしかもしれん。今のは気にしなくていい』


「俺達が悪かった! 改心する。するから見逃してくれえ!」

「さっさと行くといい。ただし、二度はないと思え」


 剣先を男の顎に突きつけたところで、決着がついたようで男達は足早に逃げていく。

 カイルさんは剣を流れるように鞘に仕舞うと、いつものような笑顔であたしの方に戻ってきた。


「すみません、お待たせしてしまって」

「いえそんなこと。でも本当お強いんですね……。カイルさんって本当に旅人の方なんですか?」

「ええ、そうですよ。剣術は昔師匠から一通り仕込まれたものでして。さてと、そろそろ戻りましょうか」


 近くの町に着く頃には辺りはすっかり暗くなっている。


「それではまた明朝みょうちょう。おやすみなさい、アリスさん」


 宿を取り、部屋に入ったあたしはすぐに睡魔に襲われ眠りこけた。

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