カラフルバレット

04.新たな旅へ~ファウスト遺跡Ⅰ<カイル同行>

『よくやった。重畳ちょうじょうだ』


 その声が聞こえてきてようやくあたしは体が動いた。

 すぐにお母さんの様子を伺うけれど、初めて撃った時のように何の外傷も見られない。

 ひとまずの安堵をして、すぐに両目からは温かくてしょっぱいものが流れ出てきた。


(ねえ、どうなったの?)

『いいから朝まで休んでおけ』


 そう言うと、ウィグナーからの反応はなくなり部屋はすっかり静けさを取り戻した。

 ふと見たカーテンの隙間からは月の光が差し込んできている。

 お母さんの手を握って寝顔を見ているうちに、あたしは眠ってしまっていた。


「アリス、どうしてここで眠っているの?」

「ちょっと心配だったから……かな?」

「それがね、なんだか今日はすごく調子がいいのよ。久しぶりに朝ごはんでも作ろうかしら?」

「ねえ、本当に大丈夫? 心配だからあたしも手伝う!」


 朝目覚めた彼女は言葉どおりてきぱきと体を動かしていて、まるで一緒に暮らしていた時を思い出させる。

 もしかしなくても、これはウィグナーの言っていた最後の銃弾の効果なのかもしれない。

 結局あたしの出る幕はほとんどなく朝食は完成してしまった。


「どう? うまくできてるかしら?」

「とっても美味しい。それにあたしの好きなものばっかり!」

「それはよかったわ。おかわりもあるからいっぱい食べてね?」


 ふふっと笑う顔に、なおさら元に戻った気がして嬉しくなった。


(あの銃弾ってなんだったの?)

『あれは<ヒーリング>と言う。対象の生命活動を活性化させる効果があったのだ』

(それであんなにも元気になったのね。ウィグナー、全部あなたのお陰だよ。本当にありがとう)

『礼は奴に言うといい』


 それはどこか、いつもの冷静な語り口とは違うように思えた。


『――さておき、これでお前の憂慮ゆうりょは消えてなくなったか?』

(うん、まあね)

『ここで為しておくべきこともあるだろう。あとはすべてお前の決意次第でいい。よって、時が来るまで余計な口出しはしないと約束する』


 それから一週間ほどすると、お母さんは元気に外出できるほどに回復した。これならもう心配はないだろう。

 あたしが気晴らしに遠出することを告げると、お母さんもお世話になったアリエスさんもすごく喜んでくれた。

 聞くと、帰ってきてから塞ぎこみがちだったのを心配していたのだという。


「アリス、いい人がいたらちゃんと連れてきなさい」

「突然、何言い出すのかなぁ!?」

「あなたももう子供じゃないんだから。誰かに恋をするのも大事なことよ?」

「まあそのうち……ね? じゃあ、また手紙書くね!」


 ついに迎えた、王都以来の二度目の旅立ちの日。

 あたしはたくさんの人に見送られ故郷の街を飛び出していった。



『さて』

(あ、ウィグナー。なんだか久しぶりだね?)

『無事に出立しゅったつできたようなのでな。前もって伝えておかねばならぬことがあるのだ』

(はい、なんでもどうぞ!)

『ふ、随分と元気になったな。さておきだ、我の保有する銃弾にはいくつか種類がある』

(雷だけじゃないんだね)

『正しくは<ショック>といってな、あれはいわゆる基本的なものだ。他には、自分を子供の姿にするもの、一時的に筋力を上げるもの、異性を言いなりにするものなどがある』

(わあ、色んな効果があるんだね。もしかして全部使えるってことなの?)

『だがな、世の中そう上手くはできていないのだ。所持者が変わる度に、特殊なものは除き<ショック>以外の弾丸は各地へ散りじりとなってしまう』

(まさか、それって全部集めないといけない?)

『いや……最悪今の状態でもやれなくはない。だが、これまで見てきたところでは一人として本懐を遂げられた者はいない』

(それだけ他の弾も重要ってことかぁ)

『もっとも……決めるのはアリス、お前自身だ。我はいかなる決定にも従い力を振るうのみ。その身その足で、いち早く王都を目指すのであれば止めはしない』


 あたしはすでに目をつけられている。

 だとすれば、王都に向かったところですぐに取り押さえられてしまうだろう。最悪、もっとまずい展開になるかもしれない。

 そうなると、おそらくだけどただ痺れさせて終わりというわけにはいかなくなる。

 けれどウィグナーの言っていた銃弾があれば、別の展開が見えてくるのかもしれない。


(ねえ、弾の場所はわかってるの?)

『おおよその方角はな。そして付近にある場合は知覚が可能となる』

(宝探しみたいなものかな。じゃあ早速だけど、ここからどこが一番近い?)

『ここより北西方向、ファウスト遺跡のある辺りだ』


 あたしはウィグナーの案内に従って遺跡を目指す。

 近いと聞いていたけれど、思っていた以上に距離を感じる。ようやくその姿が現れたのはお昼をゆうに過ぎた頃だった。

 息も切れへとへとになったあたしは、近くの大きな岩に腰掛けた。


(これはちゃんと準備していかないと辛いかも)

『くく、オレにはその苦労がわからないのでな』

(そりゃあウィグナーさんは歩いてないですもんねぇ? でも、こうやってお喋りできるからまだマシかな――)


「あれ、アリスさんではないですか?」


 突然、ウィグナーとは違う声が聞こえてきて顔をあげる。


「カイルさん……どうしてここに?」

「今は各地の史跡を巡っているところなのですよ。もしかして、アリスさんもでしょうか?」


 パン屋で話して以来の再会だ。金色の髪がふわふわと揺れて、相変わらず穏やかかつ人懐っこい雰囲気を漂わせている。

 ふと視線を落とすと、彼の腰元には鞘に収められた長めの剣を見つけた。地域によっては危険な場所があるとも聞いているし、護身用で持ち歩いているのだろう。


「ええ、まあそんなところです」


 彼はそうですか、と発すると何か考えごとをしているのかそれきり黙ってしまった。


「あの……?」

「これも何かの縁なのかもしれません。旅は道連れとも言いますし、アリスさんさえよければ共に行きませんか?」

「ええと……少し考えさせてもらってもいいです?」

「すみません、いくらなんでも唐突過ぎましたよね。今のはお気にならさずで」


 絶景ですねとカイルさんは軽快に先を歩き出した。


(ウィグナー、どう思う?)

『我に聞くことではなかろう? 繰り返すが自身のことは自身で判断するがいい』

(でもさ、色んな人をたくさん見てきたんだよね。そういう経験からわかることってないの?)

『あえて言うならば一つだ。今のところは、あのカイルと言う男からよこしまなものは感じられない』

(ね、それって本当? 信じていい?)

『勘違いをするな。今のところは、だ。人はいざという時に変貌する。あるいは、初めから悪意を持ち忍び寄る。それは既にお前も知っているはずだ』


 その言葉に心臓が大きく跳ねると、何も言葉が出てこない。足が竦んでしまいそうになる。


『――だが、判断材料とするには圧倒的に情報が不足していると言わざるを得ん。仮に、注目に値する存在となりつつあるのであれば、ひとまずは奴について多くを知るのが肝要。そのうえで、害をなす存在だと判明すれば即座に対処すればいい。これで回答たり得るか?』

(そっか、うん、そうだよね。あたし決めた!)


「アリスさん、どうかしましたか? 突然立ち止まったりして」


 気付けばカイルさんが顔を覗き込んできていた。

 彼の瞳にはあたしが映っていて、思わずごくりと唾を飲み込む。


「あ、あのですね。さっき言ってた史跡巡り、一緒にしましょう。もちろんここだけじゃなくて!」

「なんと……それは本当ですか? ああよかった。てっきり断られるかと思っていたもので」


 彼の満面の笑みにつられてあたしも頬が緩む。


「ではよろしくお願いします」

「こちらこそお願いしますね、アリスさん」


 あたし達はお互いに握手をした。

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