Act1~二つの出会い

魔銃ウィグナー

01.故郷の街ラナⅠ<邂逅>

「お母さん!」

「アリス……? ねえ、アリスなの?」


 国境から歩き続けて、あたしはようやく家に帰ってきた。

 道中で涙を流しつくしたと思っていたけれど、不思議なもので彼女の顔を見た途端目頭が熱くなった。


「どこか体の具合でも悪いの? お医者さん呼ぼうか?」


 すぐに駆け寄って抱きしめる。覚えている姿とは違ってどこか痩せ細っているように見えた。


「あなたのことを人づてに聞いたわ。それからは、心配で心配で何も喉を通らなくて」

「ごめんね。でも、あたし――」

「大丈夫、言わなくても私が一番よくわかっているわ。昔からそうだったじゃない。アリスに悪いことなんてできない。何かの間違いに決まっているんだから」


 言葉とともに頭を優しく撫でられる。

 そのまま彼女は穏やかな表情をして眠ってしまった。

 ひとまずは帰ってこられた。この先のことはわからないけれど、ここからやり直していこう。

 彼女の顔を見ていたらあたしもいつの間にか眠ってしまっていた。


 そうして三週間ほどが経った。

 再び一緒に暮らすようになって、お母さんも少しずつ元気を取り戻しつつある。


「それじゃあ行ってくるね」


 彼女に手を振ると家を出た。

 あたしは故郷であるラナの街のパン屋で働き始めた。そのお店には昔からお世話になっていて、ちょうど人手不足とのことで飛び込んでみたのだ。


「アリスちゃん、俺達は君のことを自分の子供のように思っている。だから安心してここで羽を伸ばしていってくれよ」


 店主のアリエスさん夫妻はそう言って迎え入れてくれた。

 図書館ほどの忙しさは感じないし、お給料も遠く及ばない。けれど、のんびりとしたこの雰囲気は今のあたしにとって心地のいいものだ。


 その帰り道。

 お腹の空いたあたしは公園のベンチに座り、アリエスさんにもらったパンを食べていた。

 遊んでいる子供たちが視界に入ると、なんだか元気を分けてもらっている気がして心が暖かくなるのを感じる。


「こんにちは。お隣失礼しますね」


 そうしていると見たことのない男性が隣に座った。

 嫌な記憶が頭をよぎると、あたしは少しだけ距離を空ける。あれ以来、どうにも知らない人に対しては警戒してしまうようになった。


「あたしに何か?」


 金色の髪が印象的な、その男性がじっとあたしを見ていた。癖毛なのか、毛先がくるんとしていてどこか憎めなさそうな雰囲気が出ている。


「さすがに覚えていないか」

「はい?」

「いえ、こちらの話です。ところで、この街の名物や名所などをご存知ありませんか?」

「旅の方なんですね。でしたら――」


 知っているところをいくつか教えていると、彼は時折笑顔を見せながら興味深そうに話を聞いている。

 もちろん心を許すわけではないけれど、その物腰からはどこか悪いものを感じられない。


「すみません、長々と助かりました」

「こちらもお役に立ててよかったです」

「これはアルメイアのお土産なんですが、よかったら大事な人と召し上がってください」

「あ、なにもそこまでしてもらわなくても!」

「ほんのお礼だと思ってください。それではまたどこかで」


 手下げ袋を一つ渡すと彼は足早に去っていった。

 どうせもう会わないだろうから、名前だけでも聞いておけばよかったかもしれない。

 気づけばすっかり暗くなってきていて、あんまり遅くなるとお母さんを心配させてしまう。

 あたしは家への近道となる裏の道を通ることにした。



 すっかり忘れていた。

 この道が少しばかり治安の悪い地域に属していることを。


「そこの姉ちゃんよ。ちょっとだけ付き合ってくんないか?」


 あたしは柄の悪そうな男達に声を掛けられている。


「いえ、今急いでるので失礼します!」


 すぐに逃げようとしたのだけれど、追いつかれると細い道に引きこまれてしまった。

 三人組はじりじりと近づいてきている。背後を振り返るとその先は行き止まりだ。

 それでも突き当たるまで逃げていき、足元に落ちているものをなりふり構わずすべて投げた。


「へっへ、それでおしまいか?」

「来ないでっ……! お、大きな声出しますよ!」

「こんなとこ誰も来やしねえよ」


 男は寄ってくるとあたしの口を塞ぎ、服に手を掛けた。

 力では敵わないのを悟り、諦めて硬く目を閉じる。

 その間に全部終わっていて欲しいと願いながら。


『娘よ、力が欲しくはないか』


 突然、頭の中に響くような声が聞こえる。


(なに……誰?)

『お前さえその気であれば、この状況をいかようにもできる。どうだ?』

(お願い、なんでもいいから助けて!)

『よかろう。この時を以って契約は結ばれた。さあ、使うがいい』


 目を開けると男の動きが止まっている。

 ひとまず抜け出して、ふと気付くとあたしは小さな銀色の銃を握っていた。


「誰だか知らないけど、あたしに殺せってこと……!?」

『戸惑っている余裕などなかろう? さて、じきに止まった時間は動き出す……早々に覚悟を決めるのだな』

「そうだ、今のうちに!」


 ここから逃げ出そうと元来た道を急ぐ。けれど透明な壁のようなものが目の前にできていて、何度叩いても通れそうにない。


『この空間はオレの管轄化。よって、ここから逃れることは不可能だ』

「だったらどうすればいいの!」

『さて、決断の時だ』


 それと同時にキーンと耳障りな音がして、次には男達が動き出していた。


「おう? いつのまに逃げ出しやがったんだ。まあいい、俺達と一緒に楽しもうぜ?」

「こ、来ないで、本当に撃つんだから!」


 男に銃口を向けて構える。


「おいおい、手が子犬みたいに震えてんぞ。お嬢ちゃんにそれが撃てんのか? 撃てるわけねえよなあ!」


 脅しにもなっていないみたいで、男は下卑た笑いを響かせさらに近づいてきた。

 その勝ち誇った表情にこれまでずっと溜めてきたものが吹き出ていく。


「ただ平和に暮らしたいだけなのに。どいつもこいつも……あたしが何したって言うのよっ!」


『ほう、初めてにしては重畳ちょうじょうだ』


 その声が聞こえきて我に返る。

 あたしは発砲していたようで男達はその場に倒れていた。

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