アリスの追放
目が覚めて体を起こすと頭がガンガンする。深く考えなくても二日酔いだ。
まあ、あれだけ飲んでしまったし当然といえば当然。
あたしは時間に間に合うように準備をすると職場へと向かった。
「アリス、ちょっと……」
館内に入るとすぐにメイアーがやってきた。普段とは違う彼女の強張った表情に固唾を飲む。
「ねえ、何かあった? なんだか顔色悪いよ」
「館長がすぐに来てくれって」
「何だろう……。ちょっと行ってくるね」
館長室に駆けていこうとすると、
「あの、アリス。アリスは何も悪いことしてないよね?」
背後からメイアーに呼び止められ、不安げな彼女に対して胸を張り堂々と答える。
「何言ってるの? あたしがそんなことするわけないじゃない!」
「そうだよね。ごめん、変なこと聞いちゃって」
彼女の安心した様子に思わず頬が緩んだ。
「館長、お呼びでしょうか?」
館長室のドアが開いていたのもあって一応ノックをしてから入る。
本棚の本はきちんと順番に並んでいて、他には必要最低限の調度品しか置かれていない。
予想どおりルーベルトさんの性格と似通った、すべてが整えられた部屋だと感じた。
「アリスさん、単刀直入にお伺いします。
彼は眼鏡をクイと上げて、鋭い眼光をあたしに向けている。
「一切覚えがありません」
「しかしながら、保管してある禁書がいくつか足りないと記録には出ています。そして、現状鍵を保持しているのはあなたです。違いますか?」
彼から図書館の情報端末を突きつけられ、確認してみるとたしかに赤い文字で警告文が表示されている。
「待ってください。あたしが怪しいと言いたいんですか?」
「残念ながら、状況的にそういうことになってしまいます。――では質問を変えましょう。昨日深夜はどちらに?」
「お酒を飲んで家で寝ていました」
「それを証明できる方はいますか?」
「……いません。ただ、その数時間前にアルフレッドという方と一緒にいました」
言い終えると、ルーベルトさんは「だそうです、お入りください」と開いている扉に向けて声を掛けた。
部屋に入ってきたのはそのアルフレッドさん本人で、彼はどこか沈んだような表情をしていた。
「やあ、アリスさん。やっぱり悪いことはよくないと思ってね」
「昨日はどうも。いきなり何の話をしているんですか?」
「おや……覚えていない? 酔っ払った君は昨日、『図書館の秘密の本を持ち出そう』と僕にけしかけ――」
「な……何を言ってるんですか!? そんな馬鹿げたことするはず……!」
あたしは何かで頭を強く殴られたような衝撃を覚えた。それと同時に、昨日のことをまったく覚えていないわけで完全に否定もできない。
すっと血の気が引いていくのがわかり、体中の冷や汗や震えが止まらない。
「とにかく、もう少し詳しく話を聞く必要がありますね。アルフレッド氏、ご協力ありがとうございました。もう下がっていただいて結構です」
ルーベルトさんの声とともにアルフレッドさんは部屋を出ていく。
気のせいかもしれないけれど、彼の口角は不自然なくらいあがっていて歪んでいるようにも見えた。
*
「アリスさん、ここからは私達が引き継いで尋問をすることになりました。嘘や偽りの証言はあなた自身の心証を悪くしますので、すべて正直に答えるように」
あたしは騎士団領に引き渡され取調べを受けている。
「やっていません」
「本当に?」
担当の団員が
「ですから、何度もそう言っています。記憶がなかったのは事実ですけど、酔ったからってそんな大それたことするはずがないんです」
「聞いていたとおり強情ですね。おや?」
それと同時に別の団員がやってきて、彼に何かを手渡し耳打ちをした。
「――これは失礼。先ほど面白いものが見つかったようで」
彼は含み笑いをして机の上に本のようなものを置いた。
「この二冊は禁書というんですけどね。司書さんなら当然ご存知でしょう?」
「まあ、ええ」
「館長さんが言うには、盗まれたものと一致するようなんですよ。さて、これどこで見つかったと思います?」
「わかりません」
「まだとぼけるんですか……。あなたのお宅からですよ、アリスさん!」
バシンと机を叩く音が部屋中に響くと、あたしの体は思わず反応した。
「そんなはずありません。これは何かの間違いです!」
「まあまあ。酔っていて悪ふざけでやってしまったということであれば、さほど大きな罪には問われないでしょう。ですが、まだシラを切るつもりならどうなるかわかりませんよ?」
吐き捨てるように告げると団員は出ていった。
あたしはこれまで正しく生きてきた。物の分別はついている。それだけは揺るがないつもり。身の潔白は他でもない自分が信じてあげなくちゃ。
とはいえ自宅から証拠が出てきてしまっては、もういくら否定しても言い逃れはできないだろう。そうなると納得はいっていないけれど一度認めてしまって、あとから冤罪だということを証明した方がいいのかもしれない。
こうして一週間に渡る取調べの末、あたしはあえて罪を自白した。
「しばらくはこの中にいてもらうことになるよ」
「わかりました」
あたしは罪人として騎士団領内の拘置所に入ることになった。
想像していたものよりは過ごしやすいみたいだ。ただ、こうしている間にも連絡の取れないお母さんの姿が浮かんでくる。
それから、メイアーはどうしているだろう?
あたしのこと軽蔑するかな。
そんなことを考えていると、不安が心を支配して夜はあまり眠れない。
「アリス=ラティア、出ろ」
二ヵ月ほどが経ちようやく釈放の時が来た。
それだけならよかったのだけれど、話を聞いたところ国王の怒りを買ったようでどうやら国までも追われることになりそうだ。
もう、この際何でもいいから実家に帰りたい。それだけを心に自分を奮い立たせた。
「すみません、最後に寄っていきたいところがあるのですが」
騎士団監視のもと、住んでいた家の引き払いを済ませあたしは図書館まで来ている。ひと目だけでも友人に会って別れを告げよう。
すべての出入り口を固めた上で団員達は外で待機している。
働きだしてからの記憶を思い返しながら、かつての職場の扉を開ける。するとすぐに受付にその姿が見える。
(メイアー!)
駆け寄ろうとすると、誰かが彼女に近づいていくのが見えて思わず近くの本棚の影に身を隠した。
腰を低くし息を殺して会話に耳を傾ける。
「それにしてもうまくいったな。まあ結局、あの本は何の意味もなかったようだけど」
「そうなんだよなー。ま、禁書がただのガラクタってのがわかっただけでもよしとしようぜ?」
二人の男が会話しているみたいだ。
「しかしあの
「ああ、アリスちゃんか。無実の罪で国外追放だからなぁ。ま、運が悪かったと思って諦めてもらうしかないわ」
軽薄な笑い声が聞こえてくる。
無実の罪ってどういうこと?
その言葉に胸の鼓動が速くなり、会話の主達に問い詰めてやろうと立ち上がろうとした瞬間。
「ちょっと、あんなのどうだっていいじゃない。そんなことより次の作戦を考えなさいよ」
どこか耳慣れた女性の声が聞こえてきた。
「うっわー、その言い方ひどいな。ていうかあの子友達じゃなかったの?」
「ジル、何を言ってるの? 館長含めてあれは使い捨てのコマよ。ちょっと親切にしてやれば浮かれちゃって。これだからおのぼりさんは困るわ」
「いやあ、メイアーさんは実に恐ろしいね。絶対敵にだけは回したくないタイプだ」
「アルフレッド。あなたこそなかなかの名演技だったじゃない? いいとこの子息でもなんでもないくせにね」
彼女はあたしを陥れるつもりで近づいた?
その事実に体中から力が抜けて立つことができない。
そうしている間に、彼らは笑いながらどこかへと去っていった。
「いまさら何を言い出すんですか?」
「ですから、たしかに聞いたんです。あの三人が首謀者であたしは無実なんです……!」
「それだけでは証拠たり得ません。そしてね、アリスさん。あなたが自白をした事実は揺るぎませんし、その結果追放が承認されたんですよ。そう
最後の抵抗むなしく、あたしは国境検問所の外に放り出されアルメイア王国から追放となった。
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