アリスの日常

「皆様、おはようございます。本日も清く正しくよろしくお願いいたしますね」


 アルメイア王立図書館の朝礼は、館長のこんな堅苦しい挨拶から始まる。

 贔屓目に言うのなら、お仕事状態に入る時のきっかけのようなものになるのかもしれないけれど。


 それはさておき。

 故郷の学校を卒業後、王都アルメイアにやってきたあたしはここの司書に採用されて一月が経った。


 ざっと一日の仕事内容がどんなものかと言うと――。


 まずは貸し出しや返却。ここには膨大な数の本が眠っていて、それを借りに遠方からくる人も多い。

 それから借りられなかった人のために予約の受付をしたり、


「失礼。『君に花束を』という本はありませんか?」

「すみません、該当しないようです。もしご希望でしたら――」


 といった具合に問い合わせに答えたりしている。


 次に返却された本を元の位置に戻す配架はいかと、本の並びを整える書架整理。これがすごく地味で場所を覚えるまでにかなり時間がかかった。

 他にも蔵書の点検や館内に置く本を選んだり、張り紙作りに子供たちへの読み聞かせのといった催し物をしたりと大忙しだ。


 想像していた司書とはまったく違った上に大変なことも多い。けれど今はそれがかえって新鮮で楽しく感じている。


「アリス、おーい聞いてる?」


 気付いた時には、同じく受付をしているメイアーが話しかけてきていた。

 彼女はあたしより少しだけ司書暦が長くて、わからないことがあれば積極的に聞いている。

 ただ、同じ年ということもあって先輩というよりはお友達感覚が強いかもしれない。


「どうかした?」

「ほらここだよ。こういうミスは館長さん厳しいからさ」


 蔵書の目録には、確かにあたしの登録した書籍が載っている。よくよく見ると区分を間違えていたようだ。


「ごめんね。すぐに直しておかなくちゃ!」

「ところで、約束してたお昼なんだけどジルも一緒でよかった?」

「うん。でもメイアーはいいなぁ。あんな格好いい彼氏さんがいるんだもの!」

「またまたそんなこと言って。アリスにだってすぐにできるよ」


 なんて話を小声でしていて、咳払いが聞こえ恐る恐る見上げると……。


「アリスさん。それにメイアーさんまで一緒になって何をしているのです。館内での私語はどうなっていましたか?」


 鋭い目つきをした男性が立っていて、眼鏡の鼻当てをぐいと押し上げている。


「厳禁、です……」

「わかればよろしい。まったく、いつまでも学生気分では困りますよ?」


 コツコツと靴音をさせて館長のルーベルトさんが立ち去っていった。彼はいつもあんな雰囲気で、笑っているのを見たことがないと皆噂している人だ。

 あたしはあの人とは絶望的に合いそうにない。


『私のせいで怒られちゃったね。とにかくお昼まで真面目に頑張ろ』


 俯いているとすっと小さなメモが差し出されて、隣ではメイアーが片手でごめんねの仕草をしてくれていた。


『ううん、あたしも悪かったから気にしないで! あーあ、お昼のこと考えたらもうお腹空いてきちゃった!』


 同じようにメモを返すと彼女はくすっと笑った。



 お昼は二階のカフェテラスにて。

 ここのデザートは特に人気があるみたいで、これ目当てでわざわざ来る人も多いらしい。


「そういえば、アリスにお客さんなのかな? なんだか個人的に話したいことがあるとか言ってたけど」


 食後の別腹とはよく言ったもので、それはあたし達にとっても例外ではない。

 木苺のタルトを食べていたメイアーは、フォークを置くと思い出したように視線を向けてきた。その隣の席では彼氏のジル君が紅茶を嗜んでいて、どことなくお似合いな雰囲気を感じる。


「え、どんな人?」

「すらっとしてて、端正な顔立ちに気品のある振る舞い。多分あの感じは……」

「なになに?」

「いいとこのご子息!」

「え、うそー!」


 メイアーと盛り上がっていると、


「アリスちゃん、もしかするとチャンスなんじゃない?」


 ジル君が爽やかな笑顔をして髪をかきあげた。


「やだなあ、多分そういうのじゃないと思うよ」


 あたし的には一応否定はしておくけども。


「でもその割には嬉しそうじゃない? 何かあったらあったで私にはちゃんと教えてね~」


 どうもメイアーには見抜かれているようで、思わずどきりとしてしまうあたしがいた。

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