第29話 推しヒロインと大聖堂を行く
ノワールの手下にされてしまった人間とは、なるべく戦わないようにしつつ。俺は倉庫から裏口の鍵を手に入れる。
「くっ、結局全滅か。何もしていないのに倒れるとは、果たして戦力として機能しているのか」
「数を当たらせればいいというものではないだろうに……急ごう」
慎重に扉を開け、俺とベルナデッタは大聖堂に侵入するのだった。
大聖堂内部は異様な程に静かで、人の気配が感じられない。代わりに魔力はこれでもかと張り詰めており、頬が痺れてくる。
「シュヴァルツ、向こうの方から声がした。恐らく入り口に集められているのだろう」
「魔物達を戦わせているのが功を奏したな。おかげで難無く進められそうだ」
部屋の扉を開け放ち、周囲の警戒を怠らないようにしながら進む。
幸いにもベルナデッタが構造を把握していることもあり、探索は難無く進む。しかしどの部屋を探してみても、ノワールの姿は見当たらない。
「やはり奴のことだ、最上階にいるのだろう。確か我の城と同じように、玉座の間があるのだったな」
「教皇が普段座っている所だ。城下の人間はほとんど姿を消していたが、教皇もどこかに逃げたのだろうか?」
「……」
教皇――ベルナデッタを利用した全ての元凶。作中でもとにかく陰謀を巡らせている印象があり、好印象を持っている読者は少ないだろう。
「……まさか、あのノワールが都合よく逃がしてくれるわけあるまい。そもそも大勢の人間達を手駒にするなら、奴と手を結んでいると考えるべきだ」
「そうだよな……ここまで人が動いている時点で、それはもう」
話をしながら歩いていると、突然俺達の目の前に血が飛び散った。
「……ッ!!」
「扉、開いている……」
どうやら通りかかろうとしていた部屋から飛び出してきたらしい。本能的に俺達はその部屋を覗く――
「――ったく、人間って本当に自分本位だよなあ。いざシュヴァルツの軍勢が優勢だと知ると、鞍替えを試みるなんて」
「あぐっ……!!」
「『黒竜王』をそんな小手先の私欲で欺けると思うな。逆鱗に触れた矮小なる者には死あるのみ」
「ぐあああああああっ!!!」
部屋の中ではローブを着た人間達が複数人いた。全員血を流して絶命している。
それは全て、死体の中で嗤うノワールがやったのは想像に難くない。奴はある死体を持ち上げあちこち触れていた。
そのノワールに弄ばれている人間こそが、先程話に出ていた教皇である。
「へえ、これが人間の使う『神聖魔法』かあ。魔族に敵わないなりによく頑張ったじゃん。その功績を認めて、僕が有効活用してあげるとしよう」
ノワールが教皇の身体から心臓を引き抜く。そして奴がそれを飲み込むと、一瞬眩い光が奴を包み込む。
「ああ……反発してくるね。生意気だ。でも威力は弱いから、僕でも抑え込める――」
「はあっ!!!」
ノワールが指先から魔力を飛ばす。それは刃になって、俺とベルナデッタに向かってきた。
扉に入り切らない大きさだったが、周囲の壁を巻き込んで破壊したので、それはどうでもよくなる。まるで奴の性格を体現しているような破壊っぷりだった。
俺とベルナデッタは瞬時に分かれ、飛びのくことで回避する――
「ぐっ……ベルナデッタ!! 無事か!!」
「ああ大丈夫……ッ!!」
俺とベルナデッタの間にノワールが入り込んでくる。遂に奴と相対した。
「……クソが。本当は玉座の間まで昇らせようと思っていたのにさあ。人間共が余計な真似するせいで、こんなチンケな場所になっちまった」
「――場所にこだわっている時点で二流だな。まして数に物を言わせるなど、三流のすることよ!」
俺はあえて強い言葉を選び、ノワールを煽った。なるべくベルナデッタに攻撃が向かないように立ち回るのだ。
まず作戦は上手くいき、奴は魔弾を飛ばし、俺に向かって攻撃する。
「ここで会ったが百年目――ぐっ!!」
魔弾を避け切れず、俺は喰らってしまう。心なしか普段の魔弾より威力が強い。
「おおっと! 腐っても神聖魔法、対魔族特攻として作られた兵器だ! たったこれだけでも、シュヴァルツにいいダメージ与えられるなあ!」
ノワールが勢いづき始め、俺に魔弾を次々飛ばす。威力が判明したなら、なるべくそれを受けないように立ち回る。
壁が壊れた際の瓦礫が邪魔で、ベルナデッタの様子が見えない。無事であることを信じて、ノワールの気を引くことに集中する。
「ノワール――貴様。こんなに大勢の人間を巻き込んでおいて、許されると思うな」
「僕と同等の実力を持っているからと言って、勝手に許可を出すな。いつから君が僕より偉くなった?」
「大勢の魔物が我を慕い、魔王となってからだな。この世界というのは個人のみでは成り立たん。集団に認められることで、初めて実力となるのだ」
「強者に媚びないと生きていけない雑魚共だろう。そんなのを寄せ集めて何が楽しい?」
「我からすると、貴様の行いこそ退屈そのものだ。他人に従うことを許せず、ひたすらに孤独を貫く日々。誰かと感情を共有する喜びも知らないとは、哀れな奴よ」
「ああクソ――その偉そうな態度!! 僕より弱いくせに付け上がるんじゃねえ!!」
激昂したノワールは神聖魔法の魔弾を止め、爪で斬りかかってきた。
「何っ……!!」
「ぎゃはは!! 僕に教鞭を垂れるのに必死だったか!!」
とっさに俺は反応できず、腹に爪の一撃を喰らう――
「危ないッ!!」
「ぐっ……!!」
間一髪でベルナデッタが間に入り、攻撃を防いでくれた。
そして二人で揃ってノワールと対峙する。奴の目は冷め切っており、並の魔物や人間なら気を失う迫力だ。
「ベルナデッタァ……つくづく僕から受けた恩を忘れやがって。泣きじゃくっていた小娘に、生き長らえるだけの力を与えたのは誰だと思っている?」
「ほざけ。それも全て貴様が仕組んだものだろう。押しつけられた感情を恩とは呼ばない!」
「偉そうな口利くんじゃねえ――!! 本来の目標通りシュヴァルツを殺していればよかったものを、何故そっちについた!!」
「人としての幸せを思い出したと言ってもらおうか! 貴様の声を聞いている時より、シュヴァルツと共にいる時の方が、遥かに楽しく生を実感できる!」
人としての幸せ……か。そして、それを思い出してくれた。それが聞けただけでも、十分に戦う力は沸いてくる。
「……そういうことだ、ノワール。貴様は臣下に幸せを与えてやれるだけの存在ではなかったのだ。今従えているはずの人間が、次々と絶命してくのが証左だな」
俺はベルナデッタより一歩前に出て、それから剣を抜く。窓からは本格的に朝日が差し込んできた。
「貴様との因縁、今日が最後だ! 覚悟しろ――!」
「てめえら揃ってその首斬り落としてやるよ!!」
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