第28話 推しヒロインと空を飛ぶ
食事も終えた所で、いよいよ出撃の時が来た。俺がありったけの語彙力を用いて、魔物達へ演説を行う。
「さて……勇敢なる者達よ。運命という物は望んでいると訪れない割に、気が向いた時は素っ気なく降臨するものだ」
「今日が奴と雌雄を決する時となる。寛大な心を持つ我はノワールの目に有り余る所業に目を瞑っていた。同じ魔族たるもの多少の粗相は許してやるべきだろうと思っていたが、その一線を越えてきたのだ」
「自らの配下をけしかけるならまだしも、よりにもよって奴は人間を巻き込んだ。この世界は絶妙な均衡関係の下成り立っており、魔族であろうともそれに乗っているだけにすぎん」
「それを忘れて世の秩序を乱し、私欲を通そうとする者にはどのような裁きが下るか、思い知らせてやるのだ――我が力と貴様等の刃を以てしてな!」
カリスマに物を言わせて臣下を鼓舞するのも、大分楽しく感じられてきた。魔物達の声が心地良い。
「かっこよかったぞ、今の。魔王らしい姿だ」
「ぬっ……」
ベルナデッタが率直に褒めてきたので、俺は思わず顔を背けてしまう。こういう場面でそれは反則だろ。
「何だ、かっこいいと褒められるのに慣れていないのか。あなたはいつだってかっこいいぞ」
「理解しておきながら言うか……さあ、我々も向かうぞ」
俺は場をごまかしながら、ベルナデッタと自分の身体に魔法をかける。
すると身体が浮き上がり、自由自在に動けるようになる。たったそれだけの内容なのだが、これが結構神経使うんだ。
「ベルナデッタよ、もう一度伝えておくがな。決して我の傍から離れるでないぞ。あまり遠くに行くと魔法の効力が切れる」
「ああ、わかっている。そもそも離れる理由がないしな」
「ノワールが直接撃ち落としに来る可能性もある……油断はできん」
続々と魔物達が出撃しているのを横目に、俺達は宙に浮く。
「目的地までは一時間半といったところだ。まずはそれに耐えてみせよ」
「任せろ。『黒き竜の聖女』の力、今度こそ目にもの見せてやる」
こうして俺は『ブラッディ・アポカリプス』の世界の空を飛ぶ。推しヒロインにしてこの世界の主人公、ベルナデッタと共に。今は明朝ということもあり、朝日がとても眩しい。
「くっ、進行方向に太陽があるな……」
「雲の切れ間から覗かせていて、幻想的だ。それはそれとして目にきついが」
魔物達は集団で固まって飛んでおり、空を覆い尽くしていた。人間達はこの世の終わりのように思っていたりするのだろうか。
「魔法も魔物もいるのに、幻想的という概念があるのだな」
「神が降りてきそうだからな。ふふん……雲と同じ高さになるのも悪くない」
ベルナデッタは俺より飛行を楽しんでおり、回転したり左右に揺れたりしている。時々魔物と衝突しそうになるので、俺はヒヤヒヤしっぱなしだ。
「私……小さい頃は空を飛びたかったんだ。自分の身体に翼を生やしてもらって、自由に色んな所に行くの。こんな形で叶うとは思わなかったな」
「我も貴様の夢を叶えてしまうとは想定外だった。それに……思い出してきたのか? 幼い頃の記憶を」
「うん……何だか昔を振り返って行動するのが楽しくなってきた。今までは過去に負けないようにって我慢してたけど、もうその必要はないんだって」
「はは……そうか。もっと聞かせてもらいたいものだな、貴様の過去――」
ベルナデッタが、作中で描写されていたトラウマを乗り越えてくれたようで、感慨深くなる俺。
だがすぐに緊張が張り詰める。
「っ!! 右だ!!」
「わっ!! ……もう圏内に入ったか!」
「大聖堂の城下町か……ここに降りろ! 貴様等はこれ以上近付けん! 後は足を使って攻め込め!」
地上から魔弾が飛んできて、俺とベルナデッタの間を掠めた。顔を上げると大聖堂は目の前にある。
もう少し飛ばないと到着しない距離だったが、それでも感じられる。ノワールの魔力だ。恐らく元から張られていたであろう結界の上から、更に張り巡らされていた。
これ以上近づくものなら、余程耐性がないと気絶してしまうだろう。本当なら裏口から大聖堂に突入し、さっさと制圧したいところだったが――やむを得ない。
「覚悟せいノワールの軍勢ー!! 今日という今日は容赦せんー!!」
「「「うおおおおおー!!」」」
地上に降り立った魔物達は早速交戦を始めている。俺は可能な限り地上に近づき、敵の詳細を把握した。
町には屈強な姿の人間達が集まっていた。恐らく冒険者の類だろう。その身体には、当然のように黒い竜鱗や尻尾や爪が生えている。加えて魔弾を飛ばしてきたのも彼らである模様。
「魔法も操れる程に力を与えたのか! そんなことして人間の身体が耐えられるわけがない!」
「地獄絵図とはこのことを言うのだろう……一刻も早く終わらせないと」
ベルナデッタと話している横から、崩れ落ちていく人間がいる。こちらに気づいて射撃を仕掛けてくる者もまだ残っていた。
よく見ると町には男しかいない。関係ない町の住民は、事前に退避命令が出されたのか。
「どうやらこの町には、今は戦闘員しかいないようだ。余計な被害を出さずに済みそうなのは有難い! 人間が絶滅したら目も当てられん!」
「感心している場合か……! このまま飛んで接近するのか、地上を歩くのか! どうするんだ!」
「決まっている――これより大回りで飛ぶぞ! 遅れるなよ!」
「くっ……! わかった!」
こうなったら自分達だけでもと切り替え、まずは大聖堂東にある倉庫に向かう。
俺達ならどうにか結界に突入しても意識を保てる。だがそれと無事でいられるかどうかは別問題だ。
「ひいっ!? 本当に来た……!」
「『必ず倉庫に立ち寄ってから来るだろう』って言ってたの、的中した! 恐ろしいぞ『黒竜王』……!」
俺達が倉庫近くに着陸すると、待ち伏せしていた大量の人間達に嫌な出迎えをされた。
まあ結界を張ってある以上、裏口を通らないと侵入できないわけだし……人間から情報を聞き出せば予測はつくよな。
「うおおおお舐めるなー!! 立ち向かえー!! 俺達はかの黒竜王より力を与えられたんだー!!」
「与えられることと扱えることは、似ているようで全く異なるものだ」
俺はほんの少しだけ魔力を込め、衝撃波を飛ばす。たったそれだけで十数人は倒れた。
「見境なく力を与えているようだな……数を増やせばいいってものでもないだろうに」
「シュヴァルツ、こいつら全部倒すのか? ノワールに辿り着く前に私達が力尽きてしまうぞ!」
「それは承知している。最低限の火の粉を払うようにして、急ぐぞ!」
ベルナデッタも剣を抜き臨戦態勢。こうして決戦の幕が上がった。
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