第11話 推しヒロインは実質全裸
食事を取ったことで、ベルナデッタはかなり気分が和らいできたようだ。ならここから先は、ゆったりと休めるようにしてあげなければな。
というかまだ現代人気質が抜けていない俺がやりたいだけってのもあるが――夕食を食べたらこれに限る。
「大浴場ですか? それなら先程復旧が完了いたしました!」
「魔王様はお疲れになられていると思いまして、優先して修繕を進めていたのです! これからご入浴されますか?」
「うむ、今から入るとしよう。身体を覆う布を二枚手配するように」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
食事は人間だけの文化だが、風呂は人間と魔族に共通する娯楽のようだ。やっぱり疲れた時は程よい温度の湯で身体を温めるに限る。
ということで今から俺とベルナデッタは風呂に入る。合法スケベと言いたいところだが、流石に理性は残っているぞ。
「……シュヴァルツ。まさかとは思うが、貴様と一緒に入浴するのか?」
「当然だろう。貴様の痛覚をわざと増幅させた、あのフェアリーのような輩が出ないとは限らん。まだ貴様は魔物達からの信頼を得ていないのだ」
俺が見ていない隙にベルナデッタに何かされるのが一番の懸念点。そのため混浴だと目が届くので、ある意味安心できるのだ。シュヴァルツが普段入っている風呂が一つしかないというのもあるが。
「正直に言わせてもらうが、貴様の裸を見ることは断固として拒否するぞ。それが解決できないようなら私は入浴しない」
「浴槽の中央に魔力で壁を生成する。異常があった場合は我の指輪が感知するが、一応貴様も叫んでほしい」
「……わかった。そこまでしてくれるなら入るとしよう」
自分でも雑だと思った提案だが、ベルナデッタは納得してくれた。もしかすると、彼女も風呂に入りたかったのだろうか。
というわけでやってきました大浴場。銭湯ばりに広いこの風呂を、シュヴァルツは一人で悠々と使っていたって言うんだから驚きだ。案外男女で分けられるだけの面積はあるんじゃないだろうか。
「ベルナデッタよ、入浴に際して何か要望はあるか。食事の時と同様に、可能な範囲で準備させよう」
「いや……食事はこだわるが、風呂は何でもいいな。そもそも身体を温められること自体、めったにない機会なのだし。あれこれ言っていられないよ」
「我の『妻』になったからには、その余裕も生まれるぞ?」
「それでも今はどうでもいい……ああ、布を準備してくれたことは感謝する。次入る時も……用意してほしい」
「ふふ、やはりあるのではないか。そういう些細なものでも、表出していくのは大事なことだ」
「貴様に大事な事柄を説かれるとは思ってもいなかったぞ」
浴室に入る前には、もちろん更衣室もある。例によって男女共用だが。そしてここまで来て、今自分が着ている貴族風コートの脱ぎ方がわからないことに気づく。
多分ブラウニーとか呼んで手伝ってもらうやつだよな……ベルナデッタに何かあったらいけないという配慮が行き過ぎて、裏目に出てしまった。
「シュヴァルツ、脱ぐのに時間がかかりそうだな。私は先に行っていていいか」
「魔力で壁を生成すると説明したはずだが」
「貴様が来る時に生み出せないいだろう。とにかく私は入る、何かあったら叫ぶからな」
「うむ、早く入りたいのなら仕方ない……」
四苦八苦する俺を尻目に、ベルナデッタは普段と変わらない服装のまま、浴室に向かっていくのだった。
……ん?
ちょっと待て??
普段と変わらない服装のまま???
「ベルナデッタよ、戻れ。話がある」
「わわっ!? 急に引き戻すな!?」
指輪で命じて、強制的にベルナデッタを引き寄せる。だがこれは強制的にでも話を聞かねばならない事態だ。
「貴様、今服を脱がずに入ろうとしたな? 胸部と腰元を覆っているやつだ」
「ああこれか……まさか、そんなことが気になったのか」
「気にならん方がおかしいだろう。水に浸かったら不快ではないのか」
そう、普段の服装。俗に言うプライベートゾーンを隠している、黒い布を赤のフリルが飾っている非常に可愛いやつ。
手足の鱗はまあいいとしても、服はだめだろ。濡れるし劣化が早まる。そして驚いたのは、ベルナデッタは服を脱がないという選択を当然のように取っていることである。
「まあ、誰にも仕組みを話したことはなかったしな。この布は生えているんだよ」
「生えている?」
「ノワールから力を授かった瞬間に、私の服は弾け飛び、この服装になっていた。いわば私の身体の一部だな」
「弾け飛んだ?」
「奴の趣味かどうかはわからないが……私はこの服を気に入っている。だから外せないのなら、それはそれでいいかなって。あと着替えの時間も必要なくなるしな」
「着替えの時間が……必要ない……」
――俺は言葉を失ってしまった。言葉を保つ方が無理がある。つまり今まで俺を含めた読者達が愛でていたのは、実質全裸のヒロインだったってことかよ!?
特に恥ずかしげもなく裸だったヒロインを応援していたとか、何という辱め!? そういう設定だったにしても、もっとこう……なんかこう……あるだろ!?
「どうしたシュヴァルツ。かつてない程に驚いているな。魔族だって大半の者が裸だろうに……貴様らの常識に照らし合わせれば、特に不思議なことではないんじゃないか?」
「ま、まあそうではあるがな……」
確かにベルナデッタの言う通り、魔族は基本的に全裸だ。シュヴァルツは鎧とか貴族服とかを着ているが、例によってこれも享楽に過ぎない。裸が恥ずかしいという感情があるのは人間だけなのだ。
待て、逆に考えてしまった。裸が恥ずかしいという感情がないベルナデッタは、人間から遠のいていると解釈できてしまうのでは。
すなわち人間らしい幸せから程遠くなっているのでは――
「……うむ、今のうちに言っておくとしよう。年端もいかない娘が実質全裸などあってはならん。ましてや我の『妻』なのだから、『夫』たる我に合わせて貴様も服を着るのは当然と言えよう」
「あ、ああ……? 年端もいかない娘……?」
俺は己の理性に釘を刺すように宣言した。ベルナデッタが困惑しているが、そんなことは言っていられない。
それを知ってしまった時点でおしまいなのだ。今こうして話している彼女は裸なのだという事実が、脳内を過っては消えていく。
色んな行為に裸という事実がついて回る――現代人の倫理観を持つ者として、それはどうしても看過できないッ!!
「ノワールの趣味だか何だか知らぬが、貴様には是が非でも服を着てもらうぞ、ベルナデッタ……!!」
「……熱くなるのは結構だが、とりあえず風呂に入っていいか。色々考えるのはそれからにしてほしい」
「うむ、その通りだな。ひとまずは我も入るとしよう」
「シュヴァルツ、自然な流れで浴室に向かうな。貴様はその服を脱がねばならないのだろう」
「そうだった……! そうであった……!!」
ああ、服飾。なんと大変な文化であろうか。だがその大変さこそ、人間を人間たらしめるモノ。衣食住という言葉の重みがひしひしと感じられる。
でも確かにフリューゲル城という住居、及び貯蔵してある食材を保証したのだから、残りの衣もどうにかしなきゃな。幸せを得るにはこの三つは基本条件よ!
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