第12話 推しヒロインに和食を振る舞う
風呂から上がった後は特に何事もなく、俺とベルナデッタは眠りについた。そして今は夜が明けて朝。
目を覚ましたら現代社会の光景が広がっていて、今までのことは全部夢――とはならず、俺はシュヴァルツのままだった。転生したことは紛れもない現実のようだ。
「ふう……ここまで寝たのは久しぶりだな」
身体を起こす目的も兼ねて、俺は独り言を呟く。それに応える声は一切ない。
「ベルナデッタ……まだ寝ているのか。人間は朝が早いと思っていたが、どうやら違うようだな」
昨日ブラウニー達に伝えた通り、シュヴァルツの部屋は壁が取り壊され、隣の部屋と合体し広くなっていた。そっちにあったベッドにベルナデッタは寝ている。雑ではあるが、監視の目を向けつつ、男女で分かれさせることに成功した。
まだ布団にいたい気持ちに鞭を打ち、俺は立ち上がって彼女の隣に行く。
「ほう……何とも安らかなものよ。ベルナデッタ、貴様もこのような顔ができるものだな」
ええい、誰も聞いていないんだから厳つい口調じゃなくてもいいだろ。独り言になってしまうと変に恥ずかしさが生まれるわ。
なんてことはさておき――ベルナデッタは穏やかな表情で眠っていた。時々寝息が聞こえてくるのがたまらなく可愛い。
「これを見て人間最強と信じるのは無理があるな。やはり貴様は年端もいかない娘よ」
村で暮らしていた頃の穏やかな暮らし。それを少しでも提供できているだろうか。今こうして眠っている彼女は、果たして幸せだろうか。
幸せだと思いたいな。昨日はあんなにも満足そうに食事をしてくれたんだし。どれだけ取り繕っても、好きな物を腹いっぱい食えるのが幸せじゃないわけないよな――
「――おい。そんな笑顔で私を見下すな」
……ちょっ、このタイミングで起きるのずるくないか!?
「ふん……やっと起きたか……貴様が動いてくれないと我は行動できんからな。我が圧をかけて起こしてやったのだよ。気分はどうだ?」
「睡眠によって体力は回復した。そちらは悪くないが、目覚めて最初に入ってきたのが貴様の顔だったのは腹が立つ」
「はっはっは。これから毎日こうしてやってもいいのだぞ?」
「誰が望むか……」
というわけで、今日も長い一日が始まる。
「さて……では貴様に今日の予定を伝えるとしよう」
「その前に私の要求を聞いてもらってもいいか。昨日の夜から考えていたことだ」
「む? どうした、遠慮なく申してみよ」
俺の話の前に聞いてほしいことか……何があるんだろうか。
「人間は食事をしないと死ぬのは知っての通りだろう。私は今すぐに食事を取らんと活動ができない」
「……『朝食』とやらか。そうだった、人間にとっては享楽ではないものな」
「で、その朝食なんだが。下働きのブラウニー達ではなく、シュヴァルツに準備してもらいたい」
「……何?」
前半はよかったが、後半が聞き流せない発言が飛んできた。
「貴様が大量の食料を抱えているのは理解できたが、それは食事を知り尽くしていることにならない。本当の意味で人間の文化を理解しているのか示してほしいのだ」
「……それを行うに値する理由は……」
「私が知りたいだけ、それ以上も以下もない。互いを知っておくことが、よい『夫婦』には必須なのだぞ」
「ふん……そういうものか……」
ベルナデッタよ、お前ってつくづく物事の吸収が早いよな。俺の『夫婦』に関する言い回しを颯爽と使ってきて……
そうやって言いくるめている以上、俺もそう返されたら、言いくるめられざるを得ないじゃないか……ッ!!
「しかしまあ、準備をしろときたか……」
「あくまでも貴様の実力を図ることが目的だ。『準備』の内容は一任するよ、『黒き翼』」
「別にパンを焼いた程度でも構わないぞ? だがシュヴァルツは最強たる魔王、そんな一瞬で済む工程の料理で済ませるものかな」
「ぬぅ……!」
しかも煽ってきた。間違いない、ベルナデッタは俺が最強の魔王なのだから料理も最強だと思っている……!
こんなことを言われたら、一周回ってやる気が沸いてきてしまう。シュヴァルツ本来のプライドがそうさせてくるのだろう。
「……ふん、そこまで言うならやってやるとしよう。先に言っておくが、何を出されようとも文句は言うなよ」
「毒が入っていない限りは文句は言わないさ」
「言質を取ったぞ。まあ見ておれ」
「余程自信があるようだな……一体どんなものが出てくるのやら」
というわけで俺はベルナデッタに料理を振る舞う。そのメニューがこちら。
「これは……魚か?」
「鮭だな。身を取り出すのに苦労したぞ」
「それからこれは……ほうれん草か。かなり濡れているようだが」
「『おひたし』と言う。濡れていた方が美味いのだよ、この野菜は」
「そしてこれは知っている……米だろう。ここまでふっくらと仕上がるものだな」
「普段は炒め物に使うのがほとんどだったか。こうすると米本来の味が引き立つのだ」
「だが最後のこれは……これは、その……」
「『味噌汁』と言う。具材は豆腐とネギ。毒が入っていない限り、文句は言わないのではなかったか?」
「……」
いわゆる『和食』のテンプレートである。別にそこまで和食が好きなわけではないのだが、昨日はパンとかをじっと眺めていたので、何となくこういった料理が食べたい気分だったのだ。
『ブラッディ・アポカリプス』は日本人が日本人向けに書いた作品。よって日本人に馴染み深い、和風の食材が存在している。が、存在していることと受け入れられていることは別物のようで。
米はリゾットとかに使えるからまだしも、醬油や味噌といった大豆加工品は、一部の変人しか食べない超マニア向け食材という扱いらしく。シュヴァルツもそれらを集めたはいいものの、どうやって活かそうか思いつかず、食料庫の片隅に積んでおいた模様。
まあ醤油は風味が独特だし、味噌なんてそれ以前の問題だしな……実際味噌汁を作っている最中、どこから噂を聞きつけたのか、魔物達が大勢覗き見に来ていたし。
「……こ、これは何ということだ。私が食べてきた料理の中で、一番美味いぞ」
おっ、ベルナデッタからのお墨付きをいただいたぞ。流石は世界一料理にうるさい民族の食文化だ。
俺も彼女と隣で一緒に食べながら話をする。もっとも食べている彼女の笑顔が眩しくて、ちょくちょく手が止まっていたが。
「全体的に、味がそこまで濃くないのがいいな。旨味が口の中でじんわり広がっていく。調味料に頼らなくてもここまでいけるのだな……」
「少ない味付けで素材の旨味を最大限引き出す調理法なのだよ。そして薄々勘付いていたが、貴様は味の濃いものが好みと見た」
「しっかり食べたという実感が沸くんだよ。味が薄いと食べている気がしないんだ。でも……この料理は例外だな」
「工夫次第でどうとでもなるということだ。貴様が望むのなら、たまには作ってやらんこともない」
「毎日ではだめなのか?」
「我は魔族達の矢面に立ち戦うことが務めだ。断じて料理ではない」
「むう、そうか。魔王だものな……料理で世界を征服した魔王なんて聞いたこともない。もっとも、貴様ならそれができそうだが」
「ふむ、それも酔狂で面白そうだ。ノワールを潰した暁には、取り組んでみるのも悪くない」
「冗談のつもりだったのに。貴様はいい意味で通じないよな、ふふっ」
準備こそ一時間ぐらいかかって大変だったが。最終的にベルナデッタに喜んでもらえたので、苦労が吹き飛ぶ俺なのであった。
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