第10話 推しヒロインの不安を取り除く
襲撃が終わる頃には、日が暮れかかっていた。午後四時ぐらいと言ったところか。
流石に今日はもう休みたい気分だ。体力を回復させたいし、一旦今の状況や目的を整理したいところでもある。
「そうか、食料庫もやられたか……」
「壁に穴を空けられていました。理性を失った人間共が、手当たり次第襲っていたようです。修繕いたしますか?」
「頼む。それと我の自室も優先的に……この際ちょうどいい。隣の部屋と合わせ、広く使えるように改造しろ」
「はっ! 承知しました!」
現在俺がいるのは城の地下、魔物ブラウニー達の待機所。軽く回復魔法を施してもらった後、自分の足で損傷具合を見て回っていたのだった。
当然ベルナデッタもついてこさせている。だがその表情は重い。きっとフリードに言われたことを引きずっているのだろう。
「おーい人間! そんな落ち込んだ顔されちゃあ、魔王様のお側にいるには相応しくねーぜっ!」
「ん……」
「人間の思考はよくわかんねえけど、魔王様に恥かかせたら承知しねえからなコノヤロー!」
「貴様等……」
ブラウニーは世話をするのが好きな魔物だ。その影響で割と友好的な性格をしている。どうやらそれは人間が相手でもある程度通用するようだ。
「そうだな……落ち込んでいちゃ、何も進まないもんな。ノワールと契約したあの日も含めて、いつだって前を向いて私はやってきたじゃないか……」
とは自分に言い聞かせているが、表情は暗いまま。根本的な所で傷ついているのは明白だった。
そういうのを支えてやるのが俺の、『夫』の役割ってもんよ。
「……貴様が前を向くのは構わないのだがな。体力がなくてはどうにもならないだろう。腹は空いていないか?」
「それは……あっ」
「おおーっと、これが噂に聞く『ハラノネ』っすか! 確かに地震みてえな音ですな!」
豪快な腹の音を聞かれて、ベルナデッタは少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。食事のサインがわかりやすいのは、こちらとしてもありがたいことだ。
また、シュヴァルツの知識によると、ブラウニー達にはある程度料理を教え込んでいるらしい。俺はそこまで料理に詳しいわけじゃないから、作ってくれる奴がいるのは助かる。
「ふむ、ならば食料庫から食材を持ってくるとしよう。ベルナデッタの好きなものを作らせるぞ」
「私の好みでいいのか?」
「我は何を食おうとも生死に関わらないからな。対して人間は、食の好みが精神に影響を及ぼすと聞いた。好物を食べると精神に良い影響が齎されるそうだな?」
「回りくどい言い方だが、その通りだよ。私は今好きな物を食べたい気分だ……」
食事の話が出てきたからか、ベルナデッタの表情が明るくなってきた。そして態度も前のめりになってきて、気が紛れたようだ。
「さっさと食料庫に案内しろ。この城はどうも広くて敵わん……」
「ここにやってきてから一日も経っていないのだから、それはそうだろう。構造を覚えるまで、我は貴様に何度でも付き添ってやるぞ」
というわけで食材を持ってきて、料理をしてもらって、何だかんだで一時間後。
「ま、魔王様ぁ~……おいら達、もう限界でやんす……」
「うむ……案ずるな。もう彼女も満足したようだ。これ以上は作らなくていいぞ」
「べ、ベルナデッタ……戦闘力のみならず、食事に対する欲求も凄まじいとは……!!」
「魔王様、人間っていつもこの量を平らげてるんすか!? おれっちの知ってる人間と違うぞ!!」
「いや、ベルナデッタが特別なだけだ。また今回は、更に特別な事情が混ざっているのだと思う」
「ちきしょー何があったらこれだけの量を食おうと……ガクリ」
料理を任せたブラウニー達は、ことごとく疲れ果ててしまった。それもそのはずで、ベルナデッタは俺が食べた量の5倍ぐらいを完食したのである。
「ふう……ごちそうさま。私の頼みに応えてくれて、感謝するぞ」
「へへ、礼をしたいんならあんたの魔力を……あ、こいつの魔力って『黒竜王』仕込みのやつじゃん……」
「おいら達みてえな下位魔物じゃ、受け取ったところで耐え切れずに死ぬな……」
「後で我から魔力を渡す故、心配は無用だ。貴様等には苦労をかけたな」
「いやもう本当に。しばらく料理なんてしたくないって奴、確実に出てきますよ」
彼女が要求したメニューは、カルボナーラにコンソメスープに生野菜サラダなど。全体的に味付けが濃いものばかりで、俺は途中から腹がもたれそうになっていた。
それを五人前も食してしまったのだから、彼女の尋常ならざる食欲が窺える。というかベルナデッタ、味の濃いものが好きなんだな。
「ふむ……ベルナデッタよ。今身体に溜め込んだ分の栄養は、全て活動エネルギーに回されるのか?」
「……変に遠回りな言い方のせいで、質問の意図が読めないんだが」
「貴様がノワールと契約した影響で、沢山食べるようになったのか知りたいのだ。我の知っている人間はここまでの食事をしない」
「ならば例外もいるということだ。勉強になったな、シュヴァルツ」
口直しの紅茶を飲みながら、俺はベルナデッタと会話をする。
「私がここまで食べるのは昔からだ。医者に言われたのは、身体がそもそも太りにくい体質になっているんだそうだ。太るかもしれないという心配は無用だぞ、シュヴァルツ」
「ぬっ……我は何も言っておらんが」
「ならやけに難しい言い回しはしないだろう。女に体格の話題をすると嫌われるというのを、理解しているのだな」
「まあ、それは魔族においても共通認識だからな……」
俺の気持ちがバレていたとは。そして、太らない体質と言っても油断は禁物だろう。今後はそれとなく注意しておくか……
「……でも今は、正直太ってもいいと思っている。もう色々なことがどうでもよくなってきて、不安なんだ……」
声のトーンを落として話題を切り替えるベルナデッタ。食事を取って満足したにも関わらず、フリードを始めとする人間達のことを忘れられなかったのか。
――いや。食事を取ったことで落ち着いて、自分の心情を俺に話す気になってくれたのか。
「……自分の強さを証明する為に、上にいる者を蹴落とす。実に慇懃無礼な男だったな、フリードとやらは。あれで『勇者』だのと呼ばれているのが腹立たしい」
「強い冒険者に送られる称号でしかないからな……性格まで優れていることを保証しないんだ。これまで様々な勇者と出会ってきて、そういうものだとわかっていたはずなのに……」
「距離を詰めてきたと言っていたな。もしかすると、『夫婦』になる提案も持ちかけられていたりしたのか」
「夫婦の一歩前……恋人にならないかと言われたことはある。魔族の認識からすると、どちらも男女関係には変わりないな。実際親切にしてもらったし、私のことを理解してくれるだろうって、そう考えていた……」
「貴様にここまで考えさせるとは、演技が巧い男だったのだな」
「そういうことになるな。ははは……何だかシュヴァルツの方が、裏表がなくて素直な性格に思えてきてしまうよ」
「……」
「……それから、不安が収まらないんだ。もしかするとこれまで私が関わってきた人間全てが、フリードのような考えなんじゃないかって……」
「私を聖女と崇めているけども、内心では嫌っているかもしれない。魔族の力を恐れているのかもしれない。必要じゃなくなったら――容赦なく裏切るのかもしれない――」
俺は今、テーブルを挟んでベルナデッタの正面に座っていた。しかし彼女の声が震えてきたのを受けて、彼女の隣にまで歩み寄る。
「……シュヴァルツ」
「まずは、今の心情を隠すことなく伝えてくれたこと、感謝する。これは貴重な情報だ。情報があれば今後の行動が立てやすくなる」
「貴様が望んでいるもの、恐れているものが何か、今の話から掴めてきた。それを踏まえて動いていくことを、『夫』として誓おう」
「……」
「あ、あれ、おかしいな……涙は枯れたものだと思っていたのに……」
――『とうに涙は枯れ果てた。復讐を誓ったその時、代償に差し出したから』。
ベルナデッタという存在をを象徴する台詞であり、『ブラッディ・アポカリプス』という作品自体のキャッチコピーにもなっている、有名な台詞。
しかし今目の前にいるのは、年相応に涙をこぼす、一人の少女の姿であった。
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