第9話 推しヒロインとクズ勇者

「フリード!? お前は瀕死だったはずでは……!?」



 ベルナデッタの言う通りだ。フリューゲル城に乗り込む決戦の前、フリードは上位魔族に襲われ大怪我をしている。最終決戦までには完治せず、そのまま物語からフェードアウトするはずなのだが――



「そうだよ、俺は死にかけだった。でもお前が魔族の本拠地に攻め込むって言うからさあ……何とか参戦できねえかと思っていたら、奴が連れてきてくれたんだよ!」



 フリードは大剣を振り回し、ベルナデッタがそれを剣で受け流す。


 人間最強と呼ばれたベルナデッタの速度に――奴は追いついている。



「いいかよく聞け!! 俺は前からお前を殺そうとしていたんだ、ベルナデッタ!! お前さえいなければ俺は人間最強の男になれるからな!! そのことを奴に――『黒竜王』に話したら、怪我を治して力もくれたんだよ!!」




 黒竜王――ノワールあの野郎やってくれたな――!!!


 そして同時進行で、まずい事実が告げられてしまった。フリードはベルナデッタを殺すことを、堂々と宣言してしまった。




「貴様、それ以上は――口を開くな!! があっ!!」

「ひひひっ! よく生きてるもんだ魔王シュヴァルツ……ベルナデッタと戦った割には、やけにピンピンしてっけどよぉ!!」



 急いで身体一つでタックルし、フリードの妨害を行う。ちらっとベルナデッタの様子を見たが、やはり彼女は血の気が引いていた。



「わ、私を……殺す? 私とお前は、魔族殲滅という同じ目的を持つ、仲間だったはずでは……?」

「だーれがお前のような奴と好き好んで仲間になるかよ!! 半分魔族のバケモノが!!」



 こいつ――こいつ言いやがった――!!



「わ、私が……私がしつこいと断っても、距離を詰めてきたじゃないか……あれは……」

「男女関係になって気が緩めば、お前を殺すチャンスもあるかと思ったんだがなぁ。全然懐かないもんなあ!! つまんねー女だよ本当!!」




「――矮小なる人間よ。それ以上汚い口を開くな」




 俺はすぐに殴りかかりたい気持ちを抑えて、力を溜めてから魔法を放った。



 衝撃波が辺りに吹き荒び、かなりの距離を吹き飛ばされる。俺とベルナデッタは、城の壁に思いっ切り叩きつけられてしまった。




「……ぐあっ!!」

「ベルナデッタ、貴様は城内にいろ!! ここから先は我が片付ける!!」



 砂煙が収まった向こうから、人影がわらわらと姿を見せる。武器を持ち鎧を着た人間達だ。これだけの数が、幻惑魔法による牽制射撃を抜けてきたのか!?


 だが姿を見たら納得できてしまった。その顔には黒い竜の鱗が浮かび、背中からは翼が生え、角や尻尾が生えているのもいたからだ。



「まさかノワールの奴……ここに攻め込む人間全てに力を与えたのか!?」

「なんだと……!? 奴の力は強力だが、それだけ耐えられる人間も限られて……!!」



 ベルナデッタが言った途端、苦しみ出し倒れ込む人間が続出した。ひどいものでは、その場で肉体が崩れ落ちたり、爆散するのもいる。



「ひいいいいいっ!! 肉が弾け飛んだぁ!? 人間が作った新しい兵器かよぉ!?」

「怯んでいる暇があるなら動け!! 我より前に出るな!! 城塞に移動し、砲撃に徹しろ!!」


「腕に覚えのある上位種のみ、直接戦闘を許可する!! だが自分から攻撃を仕掛けるな!! あくまでも城の防衛に徹しろ!!」

「しょ、承知しましたあああああっ!!」




 城内を多数の魔物が慌ただしく駆け回る。俺は指示を出した後、ベルナデッタを応接室の一つに連れ込み休ませた。




「いいか、絶対に外に出ようだなんて考えるなよ。貴様が出てこられたら気が散ってしまう。魔法を誤射して貴様を殺してしまうかもしれんぞ?」

「……っ!!」



 ベルナデッタは何か言おうとしたが、俺はそれを聞かずに飛び出した。聞いている時間はないし、聞いたら余計な感情が生まれて動けなくなる気がしたから――





「人間の勇者フリードよ!! 貴様、断じて許しはせん――!!」



 正門から出た後、その速度を活かして大ジャンプ。魔力を剣に宿らせて、フリードに切りかかる。


 予想通り、奴は大剣を構えてそれを防いだ。しかし全部の衝撃を受け止め切れず、武器で弾いた瞬間に態勢を崩す。



「……ぐあっ!!」

「ふん、これで倒れないとは大したものだ。魔王シュヴァルツより一撃を賜ったこと、光栄に思え」



 フリードの肉体にも、鱗や角や尻尾が生えている。この中にいる人間達の中では最も濃い黒をしていて、それはノワールから授かった力が強いことを示していた。



「『黒竜王』が貴様に接触したと、そういうことだったな。貴様を見込んで、これほどの力を与えたのか?」

「そうなんだよ……あの野郎、俺がベルナデッタに接近していたの、どうにも知っていたようでよぉ。『落とそうとしていた女が奪われて悔しくないか』って、そう言われたんだよ!!」



 態勢は崩れていたが、そこから復帰するのも早い。しかし慌てることなく、俺はフリードの攻撃を確実にいなしていく。


 作中最強ランキング議論では、万年2位を飾るような男だ。シュヴァルツにはどうあがいても及ばない、決定的な差が存在している。たとえノワールから力を授かっていたとしても。



「落とそうとしていただと? そうした矢先には、貴様はベルナデッタを殺すつもりだったのだろう!! 関係性を自分の利益の為だけに利用する、下衆な人間が……!!」

「うっせえ!! ゲスなのはそっちだろうが、享楽主義の魔族がよ!! 人間の関係性を薄っぺらく真似するんじゃねえ!!」

「本当に薄い関係性ならば、今頃我は彼女を操り、同族同士で殺し合いをさせている――!!!」



 先程ベルナデッタは衝撃を受けていた。つまり、少なくとも彼女はフリードから向けられた感情を信じ込んでいたということ。『気がある』というやつだ。


 作中でも頻繁に仲がいい描写がされていたし、いつくっつくのかハラハラしながら見守っていたわけだが――まさかここまでドス黒い奴だったとは。



 こりゃあ、俺が守ってやって正解だったということだ。



「感謝するぞ! 貴様と遭遇したことで、我は誇れることができるからな! 我はベルナデッタと、少なくとも貴様よりは、良好な男女の関係を築けていると!」



 実力がほぼ互角だった際、勝敗を分けるのは信念の差とは言ったもので。


 ベルナデッタを殺したいなんて負の感情で動いていたフリードは、瀕死まで追い込まれ。ベルナデッタを守るという強い使命感に駆られた俺は、奴より優位に立っていた。




「ハァハァ……魔族風情が何を偉そうに……!!!」



 肩で息をしながら、フリードは懐から短剣を一本取り出して、それを目の前に向かって投げる――


 しかしその狙いは外れ、俺の隣を掠めていった。



「何だ貴様、わざと外し……!!」

「ヒャッヒャッヒャッ!! 絶対にてめえからベルナデッタを奪い取ってやるからな、魔王シュヴァルツ……覚えてろよ!!」



 短剣は真っ直ぐ飛んでいく。城門から出てきたベルナデッタに向かって――



「――くそおおおおおおおっ!!!」





「何出てこうとしているんだー!! 魔王様が出るなって言っていたのを忘れたのか!?」

「黙れ!! 私には見ていることなんてできない……!! ましてや奴が、シュヴァルツが!!」



「……あ……」




 俺は何とかベルナデッタの前に割り込み、魔法で壁を作り短剣を弾いた。急激に動いたので過呼吸寸前になる。


 だが苦しいのをぐっとこらえて、ベルナデッタや配下の魔物達には、涼しい表情を見せる。苦しいのも表に出せない……案外大変なんだな、魔王ってのも。




「……ベルナデッタよ。貴様は気が強いことがよくわかった。先程のやり取りを見て、出るなと言われても出てくるだろうと予測できなかった、我の失態だな」

「……っ! わ、私の方こそ……無茶をさせてしまって、すまない……」

「悪いと思ってんなら最初から出ていくなうぎゃー!!!」



 彼女を引き留めていた魔物ゴブリンを一旦殴って気絶させる。それから俺は剣を収めた。



「まあ貴様が出てきたお陰で、この戦闘も終結しそうだ。フリードの奴、逃げようとしているぞ」

「え……本当だ。どうして……」

「一旦拠点に戻り、力を蓄えるつもりなのだろう。早々に手を打たねばならぬな……」




 俺の気をベルナデッタに逸らせることで、戦闘を中断させたか……頭の回る奴だ。そして想像以上に魔物達に損害が出てしまったので、フリードを追う余力は残っていない。


 奴が撤退していくのを追って、残っていた人間達も続々と奴の後を追っていく。城を荒らすだけ荒らして、襲撃者は去っていくのだった。

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