第8話 推しヒロインは力になりたい
ベルナデッタの故郷を滅ぼした件に続き、読者にしか開示されていない情報――魔王を襲撃する前に、ベルナデッタは人間達と会話をしている。『黒き竜の聖女』最後の戦いに向けて、彼らは励ましの言葉を送るのだ。
だがそれは表面だけのこと。その裏ではベルナデッタを利用し、魔王を殺す計画を立てていた。彼女が攻め込んで弱った隙を付け込み、一気に押し込むのだそう。
作中ではベルナデッタが魔王を殺してしまったため、不発に終わった作戦。だが今は、彼女は生きている。そして作戦決行の時間は午後一時だそうで――
つまりあと一時間後には、城に人間の軍勢が攻め込んでくるのだ。
「貴様等、長きに渡る警戒ご苦労である」
「ははーっ!! 魔王様、こちらにお越しいただき感謝申し上げます!!」
フリューゲル城は居城を中心として、両側に長い城壁が伸びている。これが翼のように見えるから
俺がやってきたのは、左側の城壁。中は城を守る魔物達の拠点となっていて、武器や寝床が多数確保されている。もちろん防衛には必須の砲台もあった。
ここから攻め込んでくる人間達に向けて砲撃を行ってもらう……という計画なのだが。
「そ、そちらにおられるのはベルナデッタ! 我々ずーっとここにいたんで知らなかったんですが、魔王様が屈服させたというのは本当だったんですね!」
「その通りだ。だが彼女の奪還を求めて、これから多数の人間がフリューゲル城に攻め込んでくるぞ」
「な、何ですってぇー!!」
話をしていたのは魔物アーリマン。一つ目を特徴としているだけあってか、視力がとてもいい。砲台を用いた精密射撃にはうってつけの特徴だ。
そんなアーリマンがざわつくと同時に、周囲にいた別の魔物達もどよめきだす。そしてそれと同時に、ベルナデッタも不思議そうに首を傾げた。
「私を奪還しに来るのか……? 私を助け出すことよりも、恐怖が勝りそうなものだが」
「貴様を失えば人間は我に対する戦力を失うからな。惜しい人材であることには間違いない」
「そうか……そういうものか」
「確かに皆、私を人間最後の希望としていたからな。でなければ『聖女』なんて二つ名は付けない。勇気を振り絞ってここまで来るということか……」
「……」
こりゃまずいな……ベルナデッタは完全に人間のことを信じ切っている。そりゃこれまで色々と助けてきたし、そもそも同族だもんな……
俺はこれから始まる戦いに、ベルナデッタを巻き込みたくなかった。攻め込んでくる人間達は、ベルナデッタを道具としか思っていない。しかしそれを知っているのは、この場では俺だけなのだ。
ベルナデッタは人を疑えない性格なのだ。疑った瞬間に、自分の信念が崩れてしまうことを恐れている。だから彼女は人間は弱者だと信じ込み、心が壊れないようにしていた。そして今もそれは変わっていない。
そんな彼女に事実を伝えてみろ。ただでさえ故郷の真実を伝えたばかりなのに、これ以上彼女の心をかき乱すような真似は、俺にはどうしてもできなかった。
「その人間達こそが、貴様の言う敵なのだろう。どうだシュヴァルツ、同じ人間である私が説得して、無傷で帰してやるというのは」
「同じ人間だと? 魔の力を手に入れ、我の『妻』となった貴様が?」
「貴様に言いくるめられたとでも言えば、皆納得してくれるだろう」
人間を信じている上に、これからの戦闘についてやけに積極的なベルナデッタ。俺の力になりたい気持ちがあるのは、ありがたいことなのだが……
「先の戦闘で疲弊しているのに、そこから被害を上塗りするのは避けたいはずだ。穏便に済ませた方が賢いんじゃないか?」
「人間共が対等な交渉に応じてくれるかどうか……魔族に対して恐怖を抱いているというのに」
どうせ生かしておいてもベルナデッタを苦しめるだけなのは目に見えている。だから排除した方がいいのだが――彼女を言いくるめる内容が思いつかん!
魔王シュヴァルツは力に物を言わせて物事を解決してきた魔族だ。よって言いくるめる経験がそんなになく、奴の知識に頼ろうにも何も閃かないのだ。
「おいおいベルナデッタァ~!! お前魔王様に見初められたからって調子乗るなよ!! 魔族にとって人間は殺される者、これは常識!! お前の存在程度で、それをひっくり返せると思うなよ!!」
「ふん、私に勝てないくせに上から目線で物を言うのだな?」
「あ゛あ゛!?」
魔物の何体かがベルナデッタに突っかかる。よーし、このまま魔物達の同意を得られないという理由で、人間を殺す大義名分を得てしまえば――
「ああーっ!! 前方八時の方角!! 隊列を組んだ軍団がこちらに向かってきております!! 魔王様のお話にあった人間共かと……!!」
上手くいくかと思った矢先、ついにその時間が来てしまった。報告をしたワイバーンは慌てふためき、その動揺が城塞全体に広まっていく。
「――うろたえるな!! 今すぐ『シェイド』共を呼び寄せろ!! 奴等の魔法を固めて弾丸にし、それで牽制を行え!!」
「「「ははーっ!! 承知いたしました!!」」」
「強力な幻惑魔法を使う魔物か。そんな奴の魔法を喰らったら、混乱は避けられないだろうな」
「殺したら貴様は嫌悪感を抱く。かといって指を咥えて見ているわけにはいかん。これで妥協しろ、ベルナデッタ」
「ふん……」
心なしかベルナデッタは不服そうに見えた。まあせっかく手伝おうとしたのに、却下されたら誰だって悲しいよな。
お詫びと言うのもあれだが、後で大量の料理を振る舞ってやらないと――そう思いながら、俺は正門の前に移動し待機する。当然のようにベルナデッタもついてきていた。
「人間達を迎え撃つのか? 大体が砲撃で脱落しそうなものだが」
「万が一と言うことがある。それにもしもここに来れるようなことになれば、その時は貴様が説得すればいい。我が説得して魔族側に引き込むのも面白いな」
「また貴様はそういう方向に話を持っていく……」
ベルナデッタを何とかフォローしつつ、俺は仁王立ちをして待つ。まあどうせ城にいてもやることないし、そもそも戦うのが魔王の主な仕事だし。
とはいえベルナデッタの言う通り、幻惑魔法の牽制攻撃でどうにかなるだろう――なんて思っていた俺は甘かった。
「ぐっ……!!」
突然、肩に鋭い一撃を喰らう。誰かが飛ばした短剣が深々と突き刺さっていた。
「シュヴァルツ!! ……貴様ッ!!」
ベルナデッタはすぐに反応し、短剣を投げた敵を捕捉したようだ。そして瞬時に剣を構え接近する――
「……っ!?」
「おやまあこれはこれは……ベルナデッタじゃないか!?」
ベルナデッタの振るった剣はそのまま宙を切り、敵の隣を掠めていった。
そして彼女は驚いて目を見開く。俺も同様に衝撃を受けていた。
何故ならそいつは、作中の展開からして、この場にいることがありえない人物だったから。
「ベルナデッタが生きていると思ったら、シュヴァルツも生きてやがるしなぁ!!! どういうことか説明してもらおうか!!!」
やさぐれた雰囲気で話す、整った顔立ちのその男は『フリード』と言う。
人間内では名の知れた冒険者であり――ベルナデッタと恋仲フラグが立っていた『勇者』である。
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