第7話 漆黒の魔王に心を開く
【ベルナデッタ視点】
はあ……今日は全く散々な日だった。色んなことが一斉に起こりすぎだ。
魔王シュヴァルツをやっと倒せると思ったのに、夫婦にされてしまうし。故郷を滅ぼしたのは実はノワールだってことが判明するし。そのノワールからは完全に目の敵にされるし……
だけど、久しぶりに食べたパンはとても美味しい。
「満足したか、ベルナデッタ」
「ふん、おかげ様でな。しかし魔族の根城において、人間側にいた時より美味い食事にありつけるとは。誰が予想できたか」
現在は食料庫から出て、中庭にある椅子に座って休んでいる途中。雌雄を決する戦いが繰り広げられたと思えないほど、空はのどかに広がっている。
最初にシュヴァルツに渡されたのを含め、私は三斤のパンを平らげていた。私が頼んだものを奴は全て持ってきてくれたので、思わず手が伸びてしまい、止められなかったのだ。
「少しは我に感謝する気になったか? 『夫婦』としては順調な滑り出しを見せているな。くくくっ」
「そのにやつくのをやめろ……癪に障る」
「『夫』は『妻』が嬉しい時には、自分も嬉しくなるという。我はそれを再現しているにすぎん。ちなみに逆もまた然りだぞ?」
「断じてありえないし認めてなるものか」
所詮シュヴァルツのやっていることは享楽だ。人間と魔族は、真の意味でわかり合えることはできない。
わかり合えていたらシュヴァルツは……じゃない、ノワールは私の故郷を滅ぼしたりはしない。そうだった、滅ぼしたのはノワールなんだ。
「しかしノワールの奴は……私を弄ぶために、わざと故郷を滅ぼしたということだろう。自分自身の享楽、暇潰しのために。本当に腹が立つ……」
「ああ、奴は本当に凶暴な小童よ。思い通りに行かない故に楽しいのであって、都合よく支配していては、更なる渇きを生むだけだ。偶然や直感にこそ真の趣があるというのに」
「偶然や直感か……」
果たして今こうしてシュヴァルツと話をしているのは、偶然や直感で表現できるものだろうか。何かもっと強い力で引き寄せられたような、そんな雰囲気を感じる。
「人間はそういう偶然の積み重ねを、『運命』と呼んで親しんでいるそうだな。特に男女関係においては、小指に赤い糸が巻き付いているとも」
「やめろ。貴様がそれを言うな。聞いているこっちが恥ずかしい」
子どもの頃に聞いたっきりの表現を、まさか魔王の口から聞くとは思わなかった。私は思わず赤面して顔を背ける。
――子どもの頃。懐かしいな。村にいた頃は、毎日あんな量の食事を取っていたっけ。流石にパン一斤は食卓に並ばなかったけど、代わりに野菜や肉や魚がたくさん。
シュヴァルツと共同生活するとなると、そんな食事にもありつけるのかな。平和で楽しかったあの頃に、ちょっとだけでも戻れるのかな。
――そういうのもいいかもしれない。満腹感が思考にも作用してきたのか、私はぼんやり思った。
「ふふっ……」
「おお、笑顔を見せたなベルナデッタ。我も嬉しいぞ」
「やめ……」
からかうのを止めろと言おうとして、私はシュヴァルツの方を振り向いた。
奴も笑ってはいたが、それは下心が一切感じられない、本心からの笑顔であった。
「……シュヴァルツ。貴様、人間のように笑えるのだな」
「ん? ああ……魔王を舐めるでない。人間の心を理解し、人間の真髄たる行為を真似ることも不可能ではないのだよ」
今の発言は、人間らしいことを褒められて恥ずかしがっている――ように思えた。本当に真似をしているのだったら、早口で単語を並べ立てない。
何だ……史上最強の魔王『黒き翼』。敵なしと言われた貴様は、結構人間らしい所があるんだな。私が何となくでも心を許してしまう理由が、理解できた気がする。
「さてさて、太陽が結構昇ってきているな。すると今は正午付近と見た」
急にシュヴァルツは話を切り替えて立ち上がる。話題逸らしに思えなくもないが、これ以上言うことも特にないので、私は乗ってやることにした。
「まだ正午なのか……突撃してから3時間しか経っていないとは」
「うむ、出来事が逐一濃かったからな。今日はもう休みたい所だが、まだ一仕事残っている」
「一仕事……? ノワール以外にまだ何かあるのか?」
最大にして唯一の敵は、今日はもう襲撃してくることはないだろう。奴の力を分けてもらった、私の直感がそう言っているのだから。
にも関わらずシュヴァルツの顔は真剣だ。それも、本当の山場はここからだと言わんばかりの真面目な表情である。
「あるのだよこれが。そしてそれは、我が決着を着けるべき問題だ。部屋と魔術を手配しておく故、貴様は休んでいるといい」
「何だと……『夫』が無茶をするのを、黙って見届ける『妻』がいると思うか?」
思わずムッとしてしまった私。シュヴァルツはここまで私に色々してくれたのに、今になって遠ざけようとしてきたのが気に喰わなかったのだ。
それで不服に思う程度には、シュヴァルツに心を開いている自分がいるという気づきは、一旦置いておくとして。私は奴に抗議する意思を表明した。
「……先程パンを見せた時と同じような目をしているな。我が何を言おうとも、断じて意見を曲げないつもりか」
「学習が早いな、その通りだ。『逆もまた然り』だろう?」
「……仕方あるまい。だが怖気づいて逃げ出すようなことになっても、我は咎めはせん。指輪で引き戻せるしな」
「まるで私が逃げ出すことを前提にした言い方じゃないか。『黒き竜の聖女』を馬鹿にするなよ。魔族と戦うことになっても、逃げたりはしない」
「……」
やれやれと肩をすくめるシュヴァルツを横に、私は立ち上がる。とは言っても、ノワール以外にシュヴァルツを悩ませる敵なんて想像できないけど。
――ひょっとすると魔族じゃなかったり。人間ってこと?
いやいやまさか。私より強い戦力、シュヴァルツと渡り合える人間なんて聞いたことがない。奴に敵わない人間を送り込むなんて、そんな墓穴を掘るような真似をするだろうか。
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