第6話 推しヒロインは食欲旺盛

「……シュヴァルツ。貴様は本当に奴と敵対するのか?」



 俺が決意を新たにした直後、ベルナデッタが尋ねてくる。その声は震えていて、俺を本気で心配しているようだった。



「ノワールは一度目をつけた相手を完膚なきまで叩きのめす。貴様もどうなることか……」

「先程も言ったが、あれは決して相容れぬことのできん輩だ。今更因縁の一つや二つ加わった所でどうということはない」

「そうか……で、では本当に……」



「私の故郷を滅ぼした真犯人を……倒してくれるのだな」



 ベルナデッタはそう言った後、顔を俯けた。若干赤くなっているので恥ずかしいと見える。


 俺は温かい微笑みを浮かべる――のを直前でこらえた。急にそんな表情したら流石にキモがられるって。



「ああ、約束しよう。そして、今の今まで真実を黙っていたことを詫びよう。すまなかった」

「え……」

「ま、魔王様が頭を下げてるぅー!?!?」



 背後から突然、先程話をしたミミックが驚愕する声が聞こえた。どうやら気絶していたらしく、今になって目を覚ましたらしい。ノワール相手なら仕方ない部分はあるが。



「一体どうしちゃったんですか魔王様!! 頭を下げるのはよしとしても、よりにもよってベルナデッタに!? それじゃあ魔王様が舐められちゃいますよぉ!!」

「安心しろ、この女は身をもって我の実力を思い知っている。今更我を見下すようなことはするまい?」

「あ、ああ、そうだな……」



 加えてさっきの約束もあるしな。ベルナデッタに真実を打ち明けて信頼してもらう作戦、どうやら上手くいったようだ。



「それに、貴様のような下位魔族には理解できんだろうが……頭を下げるという行為は、何も服従だけを意味するのではない。心を打ち明け、信頼に繋げることもできるのだよ」

「……??? はい、魔王様は偉大なるお方だということがよーく理解できました!!」

「信頼か……」



 ベルナデッタは何か考えた様子を見せていたが――



「……あっ」



 突然辺りを轟音が包み込んできたので、中断させられる。ミミックはまた敵襲かと思い箱に擬態したが、俺は取り乱さない。


 何故ならそれはベルナデッタの腹の音だと、瞬時に理解できたからである。



「ううっ……くそおっ」

「何だベルナデッタ、貴様腹が空いていたのか。それもそうか、人間は食事をしなければ死んでしまうのだからな」

「おかしいな、朝はそれなりに食べてきたはずなんだが……」



 この世界の魔族や魔物には、大気中の魔力をエネルギーにする仕組みが備わっている。よって経口摂取による栄養補給は不要。エネルギーが満ちていれば空腹も感じないので、食事とは無縁の生物なのだ。



 食事=人間という図式が成り立つ中、上位魔族は人間の文化である食事を真似して愉しむことが多い。シュヴァルツも例外でなく、人間の商会と取引して大量の食料を城に貯蔵していたりする。



「我を信頼したことで、緊張が解けた結果、身体が食事を求め出したと解釈できるな。くくくっ」

「勝手に好意的な解釈をするな。ノワールの件については信じるが……それ以外はまだ疑っているぞ。完全に夫婦になることを決めたわけじゃないからな」


「流石に我も今すぐに心変わりしろとは言わん。そうしてほしければ、指輪を通じて命令できるからな」

「ああ……ノワールも言っていたが、貴様は本当に嫌われるような奴だ……」



 ベルナデッタがぼやくのを傍目に、俺は魔物達に指示を出す。ミミックの他にも、気絶していた魔物達が続々と目覚め始めていた。



「さて、貴様等。見ての通り我がフリューゲル城の宝物庫が見るも無残な姿になってしまった。直ちに修繕するように」

「はっ! 承知いたしましたぁー!」

「壊される前よりもっと綺麗にしてやるわっ!! ムキィー!!」



 ミミックを始めとした魔物達が、続々と修繕作業に取りかかっていく。真面目で一生懸命な姿を見て、俺はノワールに大使苛立ちを覚えた。



「全く、あのノワールめ。我が臣下達も疲れているというのに、余計な仕事を増やしおって。一体どのような目に遭わせてやろうか」

「うおー!! 魔王様が頼もしいー!!」

「あんな自己中のノワールなんかより、魔王シュヴァルツ様が優れていますよ!! 我々も応援していますからねー!!」


「応援だけではなく、身体を動かしてくれると嬉しいのだがな」

「んひいいいい魔王様の為なら身を骨にして働きますー!! 俺スケルトンだけどー!!」



 仕事が順調に進んでいくのを確認してから、今度はベルナデッタに声をかける。



「では修繕作業の間に、我等は食料庫に赴くとしよう。貴様が食えるものが沢山あるぞ。くれぐれも空腹で倒れないようにな」

「ふん……」





 というわけでやってきました食料庫。フリューゲル城の中庭の隅にある、巨大な建物がそれだ。その総面積たるや、多分城の大広間ぐらいはあるんじゃないだろうか。


 シュヴァルツがどれだけ食事に入れ込んでいたかがわかるってもんだ。原作でも結構な頻度で食事シーンが登場して、そのギャップを好むファンも少なくなかったなあ。




「到着したぞ。我が長年かけて集めてきた、生粋の食料を見よ」

「ふん……やはり魔王と言ったところか。これは壮観だな」



 中には数え切れない程の棚が並んでおり、その全てにぎっしりと食料が並んでいる。世界中の食料全てがここにあると言っても過言ではない。



「さて、面倒な調理をせずに食せるものは……パンになるか」

「この中から探すのか? 本当に倒れてしまうんじゃないか?」

「魔王シュヴァルツを甘く見るなよ。ふんぬっ……」



 適当に手を前に出し、食料庫の中にあるパンを引き寄せるのをイメージする。


 すると即座にパンがすっ飛んできた。お手頃サイズの『一枚』ではなく、切って食べる前提の『一斤』だったのは予想外だったけど。



(いや予想外も何も、切り分けられている現代社会が親切すぎるだけか……!)


(くそう耳がないタイプのパンなんて久しぶりに見たぞ! どんな風に切り分けたらいいか……)




「……シュヴァルツ。まさかとは思うが、その巨大なのを全部くれるつもりか」

「ん? いや、人間一人で平らげられる量ではないだろ……う?」



 俺は平然を装いながらベルナデッタの方を向く。俺が内心少し焦っていることを意にも介さず、ベルナデッタは真剣にパンを見つめていた。


 全部食べるから早くよこせと言わんばかりの、圧を感じさせる目をしている。



「……ベルナデッタ。まさかとは思うが、貴様これを全部食べるつもりか」

「その通りだ。魔族共には欠片すら渡したくない。そもそも貴様らは食事を必要としていないだろう。必要のない行為をする意味がどこにある?」

「……」



 早口で捲し立てられては、流石に無言で差し出すしかない。


 ベルナデッタは一斤のパンを受け取ると、反対の手に炎を出した。そして器用なことに、炎を使ってパンを焼いていく。



「シュヴァルツ。この食料庫に牛乳はあるか。あとジャムとかベーコンとかバターとか、パンに合う物を持ってこい。他でもない『妻』の頼みだ、『夫』は聞くしかないよな?」




 俺がベルナデッタを庇護下に置く為に使った理由まで利用してきた――


 そうだったのか……ベルナデッタ、お前はそうだったのか。


 お前……作中では質素な食事しかしてなかっただけであって、本当は食べることが大好きなんだな……!!!




「はぐっはぐっ……ほう、魔族のくせして上等なパンを調達しているんだな。だが私が食べようともしなければ、腐っていくだけだったというわけだ。シュヴァルツ一人では限界があるだろうし」


「……何じろじろと見ている。ぼさっと立っている暇があるなら、早く牛乳を持ってこい。他にもパンに合う物全部だ。腐っていくだけの哀れな食材達を、私が救済してやる――」



 うわ……とっても可愛いな。パンを一生懸命頬張ってるの、とても愛らしさがある。『黒き竜の聖女』と恐れられたベルナデッタの、意外な一面を発見してしまった。


 もっと見ていたい。推しヒロインがパンを食べている姿。でも流石に殺気を感じ始めたので、俺は言われた通りに食材を引き寄せてくるのだった。

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