第5話 推しヒロインの故郷を滅ぼした奴
「おお、偉大なる僕の名前を呼んでくれる奴……がはっ!?」
俺は男――『黒竜王』ことノワールにタックルし、ベルナデッタを拘束から解放する。
鎧の重量が功を奏し、ノワールに十分は衝撃を与えられる。そして間に割り込み、俺は彼女を庇うようにして立つことができた。
「ぐっ……シュヴァルツ。君さあ一体どういう理屈だよ。今は僕の魔力に支配されて誰一人動けないはずだ」
「成程……やけに身体が重いと思ったら、そういうことか」
男が言う通り、確かに身体がだるい。上から重しが降りてきて、それに押し潰されそうだ。だがそれを理由に黙って見てるなんてことはできないだろう。
「その程度の小細工で、『黒き翼』シュヴァルツを屈服できると高を括っていたのかぁ!!」
「あーはいはい、シュヴァルツ様は素晴らしいですねー。んで? ベルナデッタを庇って、僕とやり合うつもりでいるの?」
啖呵を切ってもなお、白けた表情に飄々とした態度。こいつは只者じゃない。黒竜王……こんな性格をしていただなんて。
自分が世界で一番偉いと付け上がっているこいつこそが、ベルナデッタの契約相手。彼女はこいつと手を組み復讐を果たす力を手に入れた。
作中では偶然ベルナデッタの所に現れ、力を与えたかのように振る舞っていた。しかし実際は、彼女から自分の所にやってくるように仕向けていたのである。
その事実をノワールがシュヴァルツに語るシーンがあった。そこから俺はシュヴァルツが濡れ衣を着せられていることを知っていた、というわけだ。
「まさか。今は貴様と戦う理由が存在しない……去ってくれた方が互いに利があるのではないか? ノワールよ」
シュヴァルツはこいつのことを『ノワール』として認識しているようで、自然とその名前が口から出てくる。作中では黒竜王と統一されていたが、まさか名前があったとは。
「いやあ嬉しいね。雑魚い魔物はともかく地方の上位魔族でさえ、僕のこの素晴らしい名前を呼んでくれない。君ぐらいなものだよシュヴァルツ……感動するね」
「名前を軽んじられる屈辱は理解できんこともない。だがそれはさておき、何故この城まで乗り込んできた?」
「勿論ベルナデッタに文句を言う為だけど? 僕がそいつに力を与えたのは、君を殺すという前提があってこそ。なのに支配されたのを察知したから、こうして来たってわけ。ぶち殺すぞこのクズが」
「……っ」
俺の後ろにいるベルナデッタは、その場に座り込んでしまった。立ち上がれずにノワールを見上げている。
目はすっかり怯えてしまっており、身体は小刻みに震えていた。正真正銘の恐怖を抱いているのだろう。作中では堂々とした佇まいをしていた彼女にも、やはり怖いものは存在するのか。
「……黒竜王。教えてくれ。貴様は私の故郷を滅ぼしたのか……?」
ベルナデッタがそう訊ねた途端、ノワールの表情が一気に冷え切る。
どうしてそのことを知っている――今にもそう言いたげな態度だった。
「……シュヴァルツさあ。『理由はどうであれ強者が我の下に向かってくるのは喜ばしい』とか言って、こいつに真実を教えないことにしたんじゃなかったっけ……?」
口をぴくぴく引きつらせ、白目を剥きながらノワールは聞いてくる。それはシュヴァルツがわざと濡れ衣を着ていた理由なのだが――
「気が変わったのだよ。我はベルナデッタと『夫婦』になることにした。隠し事があると、『夫婦』に必要な信頼関係も構築できないだろう?」
反論すると、即座にノワールは殴りかかってきた。黒い魔力をまとわせており、宝物庫全体に突風が吹き荒れる。
俺はとっさに腕をクロスさせて、それを防御する。凄まじい威力だったので若干腕が痺れたが、それだけで済んだ。
俺の後ろにいるベルナデッタにも、何一つ被害は及んでいない。ほっとするのも束の間、ノワールの魔力が周囲に吹き乱れていく。
「『夫婦』だぁ~!? 上位魔族の享楽もここまで来やがったか!!! 食事服飾文学、一人で完結する文化に飽き足らず、とうとう関係性を求めるに至ったか!!!」
「馬鹿なことを考えやがる……!!! その女はてめえを殺そうとしたんだぞ!? 百歩譲って享楽を認めるにしても、今度は感情論が黙っちゃいねえよ!!! 何度だってこの人間は、てめえを殺そうとするぞ!!!」
ノワールは憤慨しており、明らかに俺の行動が理解できていない様子だった。
そこで俺は、左薬指の指輪を見せつけ、渾身のドヤ顔を決めてやる。もはやノワールは怒りを通り越し、言葉を失ってしまった。
「貴様が何をほざこうがもう遅い。ベルナデッタは我の魔力で支配下に置いた。我が主である以上、我を殺すことは不可能だ。それについては安心しておけ」
「まだ『夫婦』になってから半日も経過していないが――案外楽しいものだぞ? 人間を見下す貴様には、一生わかりようのない味わいがある」
「正気かよ――ぎゃははは!!! 一周回ってもう褒めるしかねえや!!!」
途端にノワールは嗤い出した。本性が露わになった、とても癪に障る高嗤い。誠実そうな顔つきとは裏腹に、声はどこまでも醜くて汚い。
俺の印象に加え、シュヴァルツがかねてから持っていた敵対心も合わさって、奴への心証は最悪になっていた。
「ノワールよ――改めて宣告しておく。我が『妻』たるベルナデッタを傷つけ、苦しめ、恐怖を与えおって。地獄の果てまで追い詰めてでも、その罪を償ってもらう」
ベルナデッタに視線を向けると、身体の震えが少し収まってきた――ように見えた。俺がいることで、少しでも安心してくれていたらいいのだけど。
「ははははは……! なあシュヴァルツ。もう一度言ってやるが、そいつは殺そうとしてきた敵だぞ。支配下に置いているとは言っているが、僕がその気になって魔力を強めてやれば、そんなのすぐに覆せる」
「ならばこの場ですればいいだろう。結局我に敵わないから、こうして弁戦を繰り広げて、我を疲弊させようとしているのだろう?」
「はー……僕さあ、やっぱりてめえのこと嫌いだよ」
それはこっちの台詞だ、と内心で思う。見下すような視線と嫌悪する表情は、根本的にこいつがわかり合えない存在であることを暗示していた。
シュヴァルツの記憶によると、ノワールは事あるごとに魔王の座を狙って攻撃を仕掛けていたらしい。その繰り返しで積もった嫌悪感も、今の俺には作用しているのだろう。
「今すぐにでも殺してしまいたい程嫌いだ。でもそんなに言うなら見物させてもろうかな……君が見つけた、ベルナデッタの美しさとやらを」
そう吐き捨てた後、ノワールはさらに大きく魔力を解き放つ。その衝撃波で周囲の壁や扉がもっと吹き飛ばされ、様子を見に来ていた魔物もいくらか巻き込まれてしまった。
「本当はその女に加えて、君も一緒にぶちのめすつもりで来たんだけどね? 今日はここで撤収してやる、感謝しろよ。そして次会う時を楽しみにしてるよ」
それを捨て台詞にして、ノワールは自分がぶち抜いた壁の穴から飛び去っていった。竜の翼を盛大にはためかせ、俺を威圧するように。
「……やっと帰ったか。ふん、我がフリューゲル城を破壊しておきながら、弁償もなしか。つくづく無礼な輩よ」
「だが、これは好機である。今まで目障りだった奴だが、この機会に潰すとしよう。ベルナデッタを傷つけ、都合のいい道具として扱ってきた罪は重いぞ……」
黒竜王ノワールは、名前のみが描写されるだけで、それ以外の情報はほとんど提示されていない。シュヴァルツの知識に頼ろうとも、実力については未知数ときた。
てっきり知っている物語の中に転生して、事前に仕入れた知識で好き放題できるもんだと思っていたのだが、どうやらそうはいかないらしい。最強の魔王に敵なしと思っていたら、とんだ伏兵がいたものだ。
だが俺は奴と戦わないといけない。あんな自己中DV男は撲滅しないと、ベルナデッタは絶対に幸せになれないじゃないか――
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