第4話 推しヒロインに無実を証明

「なっ、何だと……『黒竜王』が? いや、奴ならしてもおかしくなさそうだが……嘘だろう!? 嘘に決まっている!!」


「自分の関係性を深める為に、奴に言いがかりをつけているんだ!! でなきゃどうして奴は私と契約を結んだ……!!」


「というか貴様!! 私が故郷を滅ぼされたなど、何を根拠にそう言っている!? 流石にその発言だけは信じられん!! 命令されても信じないぞ!!」




 俺が事実を告げた瞬間、一気にうろたえるベルナデッタ。自分を守るために嘘だと信じ込もうとする彼女を見て、俺はやってしまったと後悔した。


 そりゃあこれまで生きてきた根底のものを覆されたら、誰だってパニックになるよな……自分を信じてもらうことに必死で、そこに頭が回っていなかった。




「貴様がどれだけ取り乱そうが、事実は変わらん。何なら今すぐ証明してみせよう」

「証明って……魔族は襲撃した時の記録を残しておくのか? そんな滑稽な真似をしていたのか?」



 シュヴァルツの知識をフル動員して、ベルナデッタを落ち着かせる方法を探る。するととっておきのアイテムが宝物庫にあると言うではないか。俺はそれで手を打つことにした。



「『時覚えの砂時計』を使う。宝物庫に置いてあるのだ、今から行くぞ」

「砂時計……秘宝の一つじゃないか!? どうして貴様が持っている!?」

「持ち主として我を選んだ、ただそれだけのことだ。ははは……」





 『ブラッディ・アポカリプス』のエピソードの一つ。魔物が貴族の家を襲い、偶然そこを通りかかったベルナデッタが、それを駆逐する。彼女の力が人間に知れ渡るきっかけとなる、序盤の展開だ。


 魔物達の目的は人間を殺すことではなく、その貴族が持っていた秘宝『時覚えの砂時計』だった。上位魔族に捧げることで媚びを売ろうとしたらしい。



 作中では秘宝より人命を助けたベルナデッタが偉いという方向性になり、その存在は行方はうやむやになっていたけど。どうやらシュヴァルツの所に巡ってきていたようだ。




「きゃあーっシュヴァルツ様ーっ! 今日もお美しいっー!」

「御託はいい。『時覚えの砂時計』を持ってきてほしいのだが」

「はいただちにーっ! きゃーっ!」



 宝物庫は全面金箔で覆われた巨大な部屋。頑丈にできているのか、城内の他の場所に比べると、損傷は遥かに少なかった。


 俺は守番の魔物ミミックに声をかけ、『時覚えの砂時計』を探してもらうことにした。メスなのかずっと俺に黄色い声を上げていたが、仕事はこなしてくれた。



「お待たせしましたーっ!! どこぞの馬の骨とも知れぬ雑魚が貢いできてから、一切使っておりません!! ピカピカですよ!!」

「礼を言うぞ。さて、貴様は番の仕事に戻るように」

「かしこまりましたーっ!! 宝物庫に足をお運びいただき、誠に感謝申し上げますーっ!! きゃあーっ!!」




 口うるさいミミックをよそにやった所で、俺は受け取った砂時計をまじまじと見つめる。80センチぐらいの巨大なサイズであるということ以外に、特に際立った特徴は見られない。



「……ところでこれを使って、どのように証明するんだ。単に魔力を秘めている砂時計ってわけじゃないのか?」



 ベルナデッタが口を開いてきたので、俺はその場で砂時計をひっくり返す。彼女は早く証明してほしいとばかりに、視線で圧を送ってきていた。



 腰を落ち着けられる部屋ではないが、この場で証明に取りかかることにした。疑われている空気感に、他ならぬ俺が耐えられなかったというのもあるんだけどな。



「ふむ、人間共はこれの真価を知らずにいたと。宝の持ち腐れとはまさにこのことだ」

「まあ、貴様はそれで無実を証明しようとしているのだから……それができるだけの力があるということだろう」

「その通りだ。二つ名の通り、この砂時計は時を覚えることができる。その場所で何があったのか――」



 シュヴァルツはこれを使ったことがあるようで、その記憶を頼りに俺は砂時計をひっくり返していく。



 何度か繰り返すと、目の前に人影が現れる。それは表情の細部に至るまで、ある特定の個人を再現していた。


 加えて人影の周囲にある風景も様変わりする。のどかな村の様子が一瞬浮かび上がったかと思ったら、すぐさま火の海へと堕ちていった。



「っ!! そんな、こんなことが……!!」

「『エルス村』……だったか。貴様の故郷の名は。そこが滅んだ日の出来事と、滅ぼした輩の行動を同時に再現している」



 今は地図から消えてしまった村の名を知っているのも、読者として読み込んでいたからこそ。当時の光景をまるっきり再現したものを見てもらえば、ベルナデッタも信じてくれるだろう。



 砂時計は覚えている。エルス村が滅んだその場に、俺がいなかったことを。改めて再現した光景を見回してみても、シュヴァルツらしい影は見当たらなかった。



「……『黒竜王』……あの男、どうして……」



 ベルナデッタは、同時に再現していた人影の動きを目で追って、さらに愕然としていた。それは村が滅ぶ光景に合わせて、家を壊し森を焼き人を殺していく。その表情はとても愉悦に満ちていた。




「ぎゃあああああっ!! 敵襲!! 敵襲~っ!!」

「『黒竜王』が攻め込んできたぞーっ!!」



 砂時計が再現した光景に見入っていると、突然宝物庫の外が騒がしくなる。敵襲という不穏な単語を聞いて、俺は急いで外に出ようとしたが――



「ぐっ!!」

「……!!」



 出るまでもなく、向こうから姿を見せてきた。堅牢な宝物庫の壁は一気に破壊され、倒れている魔物達の姿が散見される。瀕死の魔物達に囲まれるようにして、襲撃者はいた。



 悔しいが美青年という形容が似合う男。加えて身体の随所に竜の鱗が生えており、尻尾や翼や角まである。


 冷酷で嘲るような笑みを浮かべたそいつは、砂時計が再現した人影――ベルナデッタの故郷を滅ぼした奴と、全く同じ特徴を有していた。




「よ~うベルナデッタァ……『黒き翼』と随分楽しそうにやってんじゃん?」

「あ……ああ……」


「この僕という存在がありながら、何であのクソ野郎に絆されてんの? 怖いと思ってるのに、何であいつを受け入れてんの? 感情に支配される矮小な人間がよ――!!!」

「ぐあっ!!」



 男はベルナデッタの胸倉を掴み、腹を何度も殴る。彼女が血を吐こうともそれを止めることはない。



 男の表情はとても不機嫌で、俺はそれがとてつもなく不快だった。理屈や考察をあれこれ考える前に、俺の身体は怒りに任せ動き出していく――



「――『黒竜王ノワール』ッ!! 貴様、断じて許しはせん!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る