第3話 推しヒロインを嫌がらせから守る

 というわけで俺はベルナデッタを連れて、自分の部屋――シュヴァルツの自室にまで戻ってきた。例によって瓦礫が散乱しており、さっきの戦闘はとても激しかったことが伝わってくる。



「片付けないことには休息も取れんな……ぐっ」

「……」



 俺は扉を閉めてから、ソファーの上に散乱していた瓦礫を取り除く。ベルナデッタが勝手に逃げていかないように、ちらちらと彼女を見ながら作業をするのだが、彼女は不思議そうな表情を浮かべていた。



「……魔王よ。この指輪を使えば私の行動を支配できるのだろう」

「その通りだが、それがどうしたのだ」


「ならば私に瓦礫を片付けるように命令すればいいのでは……」

「……」



 その発想はなかった。女性に無理をさせてはいけないと思う一心で、身体に鞭打って動き続けていた。


 まあ気づいたからといって、覆すわけではないのだが。女性に無理をさせてはいけないのは変わらないだろう。ましてやベルナデッタは今怪我をしているんだし。



「……その考えに至ったことは褒めて遣わす。だが『夫』は肉体労働、『妻』は家庭内労働をするものだ。『妻』たる貴様にやらせるものではない。うぐっ」

「あのな……そうは言っても、痛々しそうに作業するから、こっちが見ていられないんだ。全く」



 ベルナデッタは自分から歩み寄ってくると、俺と一緒に瓦礫の撤去作業を行う。



「ふっ、ははは。人間はこういうのを、『初めての共同作業』と言うらしいな。『夫婦』ならではの表現だ」

「茶化す暇があるならさっさと手を動かせ」



 こういう面が、俺がベルナデッタを推している一番の理由。魔王に匹敵する力を持ってはいるが、何だかんだで優しいのだ。復讐を願ってはいるものの、魔族に弄ばれる人間が一人でも減ればいいと思っている。


 だが人間達はその優しさにつけ込み、自分達に有利な状況に持っていけるように、彼女を利用した。その点について、『世間に利用されようとも信念を貫く姿がかっこいい』と高評価を受けている。いやただの理不尽を言い換えてるだけじゃねえか。



 他の人間がどう思っているかなんて、ベルナデッタは知る由もない。知られないようにあれこれ言っているからな。逆に知ってしまったら、その時彼女はどんな反応をするのだろうか――




 そんなことを思いながら、撤去作業は終わる。ひとまずソファーにどっしりと腰を下ろしてから、次の行動に移ることにした。




「はぁーい、人間ベルナデッタ。不本意だけど今からあんたを治療しまーす」

「うちらは死んでくれって思ってっけど、魔王様には逆らえないからねー。じっとしてなさい」



 何はなくとも治療である。いい加減傷口がうずいてたまらないので、回復魔法による治療を受けることにした。


 適当に回復魔法が得意な奴を呼び寄せたら、フェアリーが2体やってきた。一般的な可愛らしいイメージからかけ離れた、ひどくやる気のない表情を浮かべている。


 それだけベルナデッタの治療をするのが不満か。まあ人間だし当然か……単純に疲れもあるんだろうけども。



「頼んだぞ。特に人間は繊細で壊れやすい故、慎重にな」

「仰せのままに~。それでは治療を開始しまーす」



 2体のフェアリーは、それぞれ俺とベルナデッタの傷口に手を当て、魔力を送り込む。じんわりとした感触が腹部から広がっていく。



(あ~……これが回復魔法……実際受けてみると、たまらんなあ……)


(でも言葉にはできないけど、インスタントな回復って感じがする。応急処置とか必要になってくるのか……?)



 俺はふと隣のベルナデッタに視線を逸らす。彼女は目を閉じて治療に集中していた。


 しかしその額には脂汗が流れており、呼吸も僅かだが乱れている。表情は真顔であり、まるで今の状況を受け入れているかのようだった。




「……この蛆虫が」

「ひいっ!!」



 全てを察した俺は、ベルナデッタの治療をしていたフェアリーの翅をつまんで持ち上げる。そして強制的に二人を引き離した。


 十中八九こいつの仕業だろう。人間に対して嫌がらせをしたのだ。



「……ま、魔王様ぁ。そんなにキレることないじゃないですかぁ……」

「この女は我の『妻』である。貴様のような下級魔物にわかりやすいように説明すると、我の所有物ということだ。それを傷つけられたら怒るのは当然だと思わないか?」

「きょ、享楽にしても……そこまで徹底する必要ありますぅ……?」



 俺に翅を握られたフェアリーは苦しそうにする。わざとそれを増幅させるように、指の腹で動かして翅を擦り合わせてやった。悶絶するような声がフェアリーから漏れたので、かなり堪える痛みらしい。


 どこまで痛い目に遭わせたら反省するだろうか、なんて考えていると。俺の治療をしていたフェアリーが、すぐに移動しベルナデッタの治療に入った。



「はいはい、私は下心なんてないので素直にやりますよ。安心してください」

「それは……どうも」



 慣れた手付きでフェアリーはベルナデッタも治療を行い、俺達二人の傷口は一応塞がれるのであった。




「あんたさあ、さっきの魔王様の話聞いてなかったの? この女は魔族側にとっても戦力になるんだから。死なれたら結局魔王様に大目玉喰らうんだよ」

「ふん、貴様はよく話が聞けるフェアリーだな。褒めて遣わそう」



 治療が終わった後、褒美としてフェアリー2体には俺の魔力を与えてやった。魔族にとっては魔力が全てであり、それを受け取ったフェアリー達は飛び回って喜びを表現する。



「んなこと言ってもさあ! 人間勢力を弱体化させるってんなら、死なせた方がてっとり早いでしょ!」



 その最中、先程ベルナデッタに嫌がらせをしたフェアリーが、突然頬を膨らませて怒った。



「いいですか魔王様、うちだけじゃなくって他にも大勢いると思いますよ。ベルナデッタとのケッコンに反対してるの。特に地方で力を持ってる上位魔族なんて、このこと知ったらなんて思うか!」



「ならば連中を潰す理由ができたな。最強の魔王である我に従わないとして、反逆罪に問うことができる」

「ひゅー! そう来るかぁー! 流石うちらの魔王様だぜーぃ! ぎゃあー!!!」

「ベルナデッタを苦しめておいて調子に乗るな……罰として翅を二枚抜くぞ」

「ぬぎゃあああご勘弁をおおおお……!!」




 治療を終えた彼女達はそそくさと部屋を出ていく。俺とベルナデッタは改めて二人きりになった。傷口が開く心配もなくなったので、落ち着いて話ができる。




「……シュヴァルツ。今のうちにはっきりさせろ。このふざけた行為、真の目的は何だ?」



 口早にベルナデッタが切り出した。俺はすぐに答えを返す。



「当然、貴様と『夫婦』として過ごす為であるが?」

「だったらさっき魔物共に言ったことは……人間勢力に圧力をかける為の道具、と言うのは」


「あれも真意ではあるが、主旨ではない。一番はやはり、貴様と一緒にいることなのだよ」

「……どれだけ私を辱めれば気が済むんだ……」



 やはりどうしても埋まりそうにない、ベルナデッタとの心の距離。それもこれも『シュヴァルツがベルナデッタの故郷を滅ぼした』という事実があるからか。



「ふむ……恐らく貴様は、故郷を滅ぼした仇敵と一緒に暮らすことが不快なのだろうが。それは我の仕業ではない」

「……は?」



 こうなったら手札を切るしかない。ベルナデッタの信頼を得ることができる――かどうかは、これまで積み重ねてしまった諸々があるからわからないが。


 これは読者にしか知らされていない情報だ。ベルナデッタが戦っている裏で開示されていた、衝撃の真実。



「ベルナデッタよ。貴様の故郷を滅ぼしたのは『黒竜王』――貴様が力を得て魔族に復讐すべく、契約した相手に他ならぬ」

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