第2話 推しヒロインと疑似夫婦
俺が衝撃を受けた、この世界こと『ブラッディ・アポカリプス』の結末。それはあまりにも残酷なものだった。
ベルナデッタは魔王を倒すことができた。そして魔王の首を手に帰還するのだが、その晩何者かに暗殺されてしまう。彼女が死んで永遠となったところで物語は幕を閉じるのだ。
だが俺は知っている。人間達は魔王すらも凌駕する力を持ったベルナデッタを恐れていることを。彼女がいない所で何度も言及していたのを、読者である俺は散々見せつけられていた。
そもそも人間達は、この戦いにおいて、ベルナデッタが魔王と相打ちになることを想定していたらしい。だが予想通りとならず帰還したものだから、裏切って殺したというわけだ。
これを理不尽と呼ばずして何と呼べばいい――そう感じた俺は、悲しみにくれ寝落ちしてしまい、そして転生してしまって現在に至る。
「「「ええ~!? ベルナデッタを殺さない~~~!?!?」」」
俺が魔物達にそう告げると、揃って驚愕の声を上げた。まあ当然だよな。
「そいつは、そいつは我々を滅ぼす悪でございますよ!! なのにそれを生かすなんて!!」
「生かしておいたらオデ達もとうとう殺されちまう~~~!!!」
「人間観察にしても、もうちょっと害のないのにしときません!?」
そりゃあさっきまで俺達を殺そうとしていた奴だもんな。だがベルナデッタを生かしておくことは、とても重要な意味があるのだ。
「考えてもみろ。この女は人間の最大戦力だ。それが我が手中に収めたとなると、連中は大層混乱するだろう?」
「あっ、確かに~! 我々の主要拠点は大体この女に潰されてますからね!」
「そして手にしたからには、逆に利用してやればいい。彼女を利用して今度は人間に攻め込むのだ」
「そ、それもそうかぁ! ベルナデッタに攻め込ませりゃあ、人間の軍隊なんてへなちょこですよ! この女がいれば我々が世界を掌握するのも夢ではないッ!」
魔物達はこぞって俺の考えに賛同していくれている。このごもっともな理由は、シュヴァルツの知性に全てを委ねた結果出てきたものだ。
やはり悪を束ねるカリスマ、言葉の節々に配下を納得させるだけの力がある。
「いやいや! 理屈はわかりましたが、根本的には解決してませんよね!? どうやってこの女を支配するんですか!?」
「猛獣ってのは檻の中にいるから安心して見てられるんですよ! 一緒にいるんじゃ溜まったもんじゃない!」
デュラハンやワイバーンなど、比較的強い魔物達は冷静になって反論する。安心しろ、それならとっておきがある。
これはシュヴァルツの知識ではなく、俺の心が閃いたものだ。よって傍から見ると俗っぽい感じになってしまったが。
「それについてはいい方法がある……こちらに来い」
「なっ、離せっ……」
俺はベルナデッタを引っ張り起こし、玉座に向かって歩き出す。傷口は塞がっているようだが、動くと疼いて痛くなる。
魔物達は玉座には近づかず、唾を飲んで俺の行動を見守っている。彼らからの視線を受け、俺は魔力であるものを作り出す。
「ははは……ベルナデッタよ。人間には『結婚』という概念が存在するのは、当然知っているな?」
「何っ……!? 貴様、冗談だろ!? 嘘だと言え!!」
流石に会話の流れからして、ベルナデッタは何をされるか予想できたようだ。
しかし魔物達の中には、どういうことか理解できずざわつく者もいる。
「ケッコン……ケッコンって何だぁ? おめえ知ってるかぁ?」
「それならオイラ知ってるぞ! 床に染みついた血のことをそう言うんだ!」
「馬鹿もーん!! 今は冗談を言っている時ではない!!」
「ひいっ!! すいやせん!!」
「じゃあおめえはケッコンが何なのか知ってんのかよ!!」
「えっ!? それはその……凄いことだ! 多分!」
この世界の魔物及び魔族には、家族や夫婦という概念が存在しない。どこまで行っても自分本位な生物だ。
例外としてシュヴァルツのような上位魔族が、享楽としてその真似事をする。人間を徹底的に見下すためにな。だからその辺の知識も、意外とシュヴァルツは知っている。
「よかろう。この場に集った貴様等に向けて、我が直々に説明してやる。いいか結婚というのは――」
説明しながら、俺はベルナデッタを縛っていた縄を解く。そして逃げられる前に、素早く左腕を掴みかかった。
「くうっ……!」
「人間の異性同士が、より深い情愛で結びつく際に行う儀式のことだ。その際、互いの左手の薬指に誓いの証を嵌める。このようにな」
ベルナデッタが暴れないうちに、俺は彼女の薬指に指輪を通す。さっき魔力で造ったものがこれだ。
俺の魔力でできているので、これを着けた相手はもれなく俺の影響を受けることになる。つまり――
「くっ、ははは……貴様に殺されるのも悪くないと思っていたが、結婚するのもこれまた悪くない。今日から我と貴様は『夫婦』と呼ばれる関係になるのだ」
「くそっ、こんなもの認めない!! 大概にしろ魔王がっ……!!」
ベルナデッタは拳を握って、俺の顔を殴ろうとする。しかし直前に見えない壁が現れ、それに弾かれてしまう。
俺を攻撃できないという命令が、指輪を通してベルナデッタに効いている……というわけ!!
「ははは……そう怒るな。その美しい顔が台無しだ。『妻』は『夫』に対して荒々しくするものではないだろう?」
「あああっ……うあああああっ!!」
崩れ落ちるベルナデッタ。そりゃあ仇に助けられたと思ったら結婚させられたんだもんな。正直俺もゲス野郎だなって思うもん。
「嘆くことではないだろう。貴様はこれから我の庇護下に入る。衣食住が保障された、戦いから離れた日々を送るのだ。死から遠ざかっている現状、不都合は存在しないだろう」
「そんなもの与えるぐらいなら、いっそ殺してしまえ……!!」
「殺してしまったら何もかもが終わりだ。我は貴様に終わってほしくなかったのだよ」
んー、それっぽい理屈を立てれば立てるほど、気持ち悪さが増していくなあ……!! だけどシュヴァルツの性格に任せていたら、もっと非道な方法になっていたに違いない。
きっと全年齢向けではないあれやこれやになってしまうだろう。それこそ死んだ方がマシと思えるぐらいの。
この物語の結末を知ってしまった以上、ベルナデッタにはこれ以上不幸な目に遭ってもらいたくない。それは紛れもない本心だった。
今の俺は物語の結末に干渉できる力を持っている。ならばそれを変えてしまって、ベルナデッタには幸せになってもらおう。
それが報われない最期を知ってしまった俺の、推しヒロインに対する最大限の行いだと思うから。
「……すっ、素晴らしいですぞ魔王様~~~!! 予想の斜め上を行く方法で、ベルナデッタを従えさせましたな!!」
「うおおおお魔王様ばんざーい!!黒き翼の魔王は永遠なりー!!」
「我々を滅ぼそうとした、愚かな人間に断罪をー!!」
魔物達は一連の流れをゆっくりと飲み込み、そして歓声を上げた。
魔王シュヴァルツが生きている、それだけで彼らは嬉しいんだろう。結婚そのものについて言及する声は、一切聞こえなかった。
「さあ行くぞ、ベルナデッタ。これより我と新たなる日々を始めよう」
「……絶対に、絶対に、いつか貴様を殺してやるからな……!!」
俺に手を取られ、ベルナデッタは渋々立ち上がる。不本意ではあるが彼女と手を繋ぐ形になった。しっとりとした肌を通じて、人間の体温が伝わってくる。
(うっ……こ、これが女性の肌か。なんてすべすべしているんだ……!)
その行為に一瞬ドキっとしてしまったのは、誰にも言えない秘密。
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