最強ラスボスな悪役魔王に転生したので、俺を殺して共死にするはずだった推しヒロインを幸せにしてみせる

ウェルザンディー

第1話 推しヒロインからの惨殺回避

 昏き魔城『フリューゲル』の最奥にて、二つの存在が死闘を繰り広げている。


 清純可憐な少女と傲慢不遜な魔王。一見釣り合わない風貌の二人は、まるで舞踏を踊るかのように剣を交えていた。




「はあっ!!まだ斃れないか、魔王め……!」



 少女の名はベルナデッタ。『黒き竜の聖女』と讃えられる、人間最強の剣士。幼少期に故郷を滅ぼされ、復讐のためにあえて魔族と契約を結び、異端なる力を得た。


 それも全て故郷を滅ぼした憎き魔王を滅するため。彼女の悲願は今手の届く距離にまである。その白き肌がどれだけ鮮血に濡れようとも、決して戦うことを止めはしない。


 手足の先端は黒き竜の鱗に覆われ、少しの光をも反射し煌めく。美しい紺の長髪がたなびき、青い瞳はただ仇敵のみを見据える。



「くははっ……! 我は貴様を気に入ったぞ、ベルナデッタ! ここで待っていた甲斐があったというものだ!」



 魔王の名はシュヴァルツ。『黒き翼』の異名を持つ、世界最強の魔族。


 その力と叡智とであらゆる魔物や魔族を従え、人間達をもその支配下に置かんと侵攻を続けてきた。全身の傷口から血を流してもなお、微笑みを崩すことはない。


 漆黒の鎧に身を包み、力を示すように剣技と魔法を振りかざす。



「気に入っただと……大勢の人間を殺しておいて、よくもそんなことが……!!」

「我は飽きていたのだよ。他の魔族共は、皆揃って我と対等に渡り合えない。最強には最強なりの悩みがあるものだ……」



 シュヴァルツの動きはだんだんと鈍ってきており、ベルナデッタが優位に立っているのは明確だった。隙を逃さず、ベルナデッタは次々と斬り込んでいく。



「人間というものは、自分の日常が壊されると、報復の為にかつてない力を発揮するそうだな? 今の貴様がそうだ、ベルナデッタ!! 貴様と相対できただけでも、人間を攻め込んだ意味があったというもの!!」

「――貴様ッ!! 二度とその口利けなくしてやる――!!」



 もはやシュヴァルツは、痛みすらも心地良い状態にあった。逃げられるだけの体力が残っていないと察した彼は、積極的にベルナデッタの剣戟を受けに行く。




「ふはは……殺されるなら、貴様の手でというのも……悪く、ないな……」



 ベルナデッタはとうとう剣をシュヴァルツの心臓に突き立てた。鮮やかな紅の花が咲き、花弁がベルナデッタに降り注ぐ。



 心臓が破裂する痛みと共に、シュヴァルツはこう思った。




(――いや、まだ俺死にたくねえよ!!!)





 ベルナデッタに心臓を刺された痛みで、俺は全てを思い出した。ここは『ブラッディ・アポカリプス』の世界だ。


 それは全世界でバカ売れ中の大人気ダークファンタジー。当然俺も大ファンだ。それに登場する最強の魔王シュヴァルツに、どうやら俺は転生していたらしい。



 確かこの間最終巻が発売されて、そのラストに衝撃を受けた俺は、単行本をアイマスク代わりに寝落ちしてしまったんだが――


 今がそのラストシーンじゃねえか!!! 物語完結まであと数ページしかねえぞ!!!




「……これで」


「これで、ようやく、終わる……」



 すまんベルナデッタ!! 魔王にとどめを刺した喜びを噛みしめているところ悪いけど、俺は死にたくないんだ!!


 死ぬまで秒読みなのをとりあえず回避しよう。こういう時は、真摯に頼み込むに限る!!



「……ベルナデッタよ。後生の頼みだ。剣を抜いてくれ」

「……は?」



「貴様……よりにもよって今、命乞いか? 私がそれに応じるとでも思っているのか?」

「はは、まさかな……だがその、悪いことは言わん。剣を抜いてくれ」


「仮に私が剣を抜いたとして、得られるものが存在しない」

「我と存分に話ができるぞ」

「姿すら視界に入れたくないのに戯言をほざくな」



「くはは……ここで我に情けをかけてくれるのなら、世界の半分をくれてやろう。我が人間共を掌握した暁にな」

「そんなものに興味はない。私の世界は故郷を失ったあの日に終わっている」


「終わったものをわざわざ永らえさせる意味があるか? シュヴァルツ、この痛みは貴様が蒔いた種だ。貴様が愉しみながら殺した人間達の痛みだ。それを思い知って消え去れ」

「……」



 真摯ぃ――!!!


 この際紳士でもいいから帰ってきてくれぇ――!!!


 魔王シュヴァルツとしての人格が邪魔して思ったように頼み込めない!!!



 つーかそもそも、ベルナデッタにはシュヴァルツを許す道理が存在しねえわ……


 もうだめだ!!! 詰んだ!!!




「あぐっ……があっ、ああっ……」



 やばい。視界が歪んできた。頭がぼーっとしてきた。もう死ぬやつじゃんこれ。



「ふん……私に殺されるのも悪くないと言っておきながら、みっともない真似をしたな。魔王であっても、死ぬのが恐ろしいとは意外だった」



 ベルナデッタはそう吐き捨てた後、俺の身体から剣を抜く。確かに抜いてくれたけど、もう出血多量で助からない域にまで来ている。シュヴァルツとしての人格がそう察していた。


 俺より遥かにハイスペックなシュヴァルツが諦めるなら、もはやこれまでなのだろう。それなら、それなら――



「ぐっ……うおおおおおおおっ!!!」



 どうせ死ぬのなら、やりたいことぐらいやらせてくれ!!!




「なっ!? 貴様まだそんな余力を――」



 この場を立ち去ろうとしていたベルナデッタ、驚いて振り向くが既に遅し。


 全身全霊の力をもってして走った俺は、彼女の手を握った。



「……えっ!? はっ!?」



 両手で包み込むように、できる限り優しく。


 せめて『推し』に出会えたのだから、最大限の敬意をもってそれを伝えなければ。




「――死ぬ前に貴様に出会えて、本当に幸せだった……ッ!!!」



 『貴女に出会えて光栄です』って言おうとしたんだけどな――どうやら勝手にシュヴァルツの語彙力に変換されるらしい――



 まあ、死ぬ間際となった今、どうでもいいことだ。





 ――で、俺は死んだかと思っていたのに、次に目を覚ますと玉座の間の天井が視界に入った。



「ん……ここは……」

「魔王様ァ~~~!!! お目覚めになられましたかァ~~~!!!」



 甲高い声が聞こえたかと思うと、魔物が一体視界に入る。目に涙を浮かべたゴブリンだった。



「ご安心ください魔王様!! あんの憎き聖女ベルナデッタは、我々の手で捕えました!!」

「捕らえた……?」



 俺は自然に身体を起こし、玉座の間を見渡す。所狭しと魔物が密集する中、ベルナデッタは隅に押しやられるようにして座っていた。


 後ろ手に拘束されていて、そして膝の上には魔物ブラウニーが数体乗っている。どうやら物理的に動けなくされているらしい。



「今すぐに首を断ち切りたい所ではございますが、いかんせんあの女が魔王様に本心を聞いてみろとのたまうものですから……応急処置を施した後、目覚めるまで待っていた次第であります!!」


「あいつめ、魔王様は命乞いをしてきたなどと言うんですよ!? 魔王様に限ってそんなみっともない真似しませんよね!? ねっ!?」



 俺の目覚めに反応したのか、他の魔物も集まってきて、揃って顔を覗き込んでくる。



 そんな彼らを押し退けながら、俺は立ち上がり、そしてベルナデッタの前までやってきた。微笑みかけるが彼女は視線を逸らす。



「我を助けてくれたのだろう? どういう理屈かは知らぬが」

「……貴様に手を握られた時。私の魔力が流出して、貴様の命を繋ぎ止めた」

「そういうことか……」



 傷を負っていたから、そこを通じてということだろうか。ま、何はともあれ……


 俺は死ぬ運命から逃れることができた。そしてベルナデッタもまた、この後に待ち受けていたはずのを、回避することができたのだ。

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