第20話 推しヒロインは様子が変わる
こうして紆余曲折ありすぎたが、俺はフリードを始末し、フリューゲル城へと帰還するのだった。
「只今帰還した。魔王シュヴァルツの凱旋であるぞ!」
「「「うおおおおお!!! 魔王様ばんざーい!!!」」」
転移魔法陣を通ってすぐ、俺は城内に向かって呼びかける。魔物達はすぐに反応し、声を上げて俺の帰還を讃えた。
「お待ちしておりました魔王様!! 無事に帰還されたということは、あの憎き勇者フリードを討伐したということですね!?」
「その通りだ。これにより、魔族に敵対する人間を、また一つ減らすことができた! 即ち、偉大なる行軍の一歩である!」
「「「うおおおおおおおおおっ!!!」」」
俺の言動一つひとつに、魔物達は喜んで叫ぶ。が、次の瞬間には驚いて腰を抜かした。
「うわっ!? ま、魔王様!! 後ろにいるのは人狼ではっ!?」
「魔族にも人間にも尻尾を振らない人狼が何故……!? まさか、今になって魔王様の後ろ盾を得ようとしているのか!?」
「それは誤解だ。我は彼女達を救い、その恩を返そうとやってきたのだ。今後彼女達は我等の味方だと思っていい」
人狼に対して警戒心を抱いている魔物も少なくない。そんな奴らの気に障らないようにしながら、俺の威厳も保てるような説明をする。
何度か言及されているが、人狼は基本的に中立な立場を貫いている。人間にも魔族にも媚びなくても生きていける力があるからな。そんな種族が誰かの下につくっていうのは、余程の事態なのだ。
「シュヴァルツ様の仰ることは本当です。私達は彼に忠誠を誓ったのです」
「本当かあ~!? 証拠もないのによくそんなことを、いでえっ!!」
「下級の癖に余計な口を開くな!! 魔王様が信頼されると仰られたのだから、我々も信じるのが筋だろう!!」
魔物ガーゴイルが、他の魔物に向かって呼びかける。ある程度の実力がある上位魔物なので、言葉にも説得力があった。非難の目を向けていた魔物達がどんどん押し黙っていく。
「では彼女達を迎えるにあたって、居住区の整備を任せたい。場所がない場合は我に報告すること」
「承知しましたぁ!! 多分地下になると思われますが……おめえらそれで文句はないよなぁ!?」
「住ませていただけるなら、どこでも大丈夫ですよ。あと重い物を運んだり、空間を切り崩すようなことなら、お手伝いできると思います」
「おおっ、早速頼もしい! んじゃついてこいや!」
人狼達はゴブリンの群れに続き、フリューゲル城の中に入っていく。ひとまず人狼達についてはこれで安泰か……
と思って背後を見たら、ヴィヴィだけがまだ残っていた。ベルナデッタの隣に立っており、どうやら彼女が心配で動けなかった模様。
「確か貴様はヴィヴィだったか……何故人狼達についていかない」
「後で状況を教えてもらいますので、大丈夫ですよ。それより私はベルちゃんのことが気になって」
「……」
明らかにベルナデッタより年上なんだろうけど、見た目はかなり若い。30代かそこらに見える。これも人狼の力とでも言うのか?
「シュヴァルツ、私は疲れてお腹が空いてしまった。だからご飯を食べないか。ヴィヴィさんに作ってもらおう」
「何だと。ヴィヴィは料理が上手なのか?」
「そうですね、昔はベルちゃんによく作ってあげていました。あと別に私じゃなくても、人狼は料理が上手ですよ」
「そう……なのか?」
人間とは違う特徴を有している人狼は、一応魔族に定義されている。そして魔族は料理なんてしなくても生きていける生物なのだが、実際は違うようだ。
「人狼っていうのはですね、人間と魔族の血が半々に混ざっているんです。だから人間の特徴も持っていて、食事が必須なんですよ」
「そういう理屈か……不便なものだな」
「不便なりに楽しいですよ。シュヴァルツ様もわかりますでしょう? ベルちゃんを『妻』にしているんですから」
「ふっ……貴様もつくづく飲み込みが早いな」
ベルナデッタを彷彿とさせる返しの仕方である。もしかするとベルナデッタの口の巧さは、彼女から受け継いだのかもしれない。
「しかし人狼がそのような体質だっとは、初めて聞いたぞ」
「話そうもしませんし、話す機会も早々ないですしね。ところで、次は食事を取るということで大丈夫ですか?」
「ああ、そうしようと思っていた。ベルナデッタが動けないと、我も動けないのでな。料理ができるとのことで、任せてもいいか?」
「ええ、私でよければ作りますよ。そしてベルちゃんのことを待っててくれるなんて……いい人に娶ってもらったんだねえ」
「ちょっ、ヴィヴィさん! 本気にしないでよ!」
「ははは……」
ヴィヴィと出会ってから、ベルナデッタの雰囲気ががらりと変わった。自然に笑い、焦り、驚くことが増えている。魔王シュヴァルツじゃ決して引き出せなかった感情。
俺はベルナデッタを幸せにするために動いている。その鍵となる情報を、ヴィヴィは握っているかもしれない。もっと彼女のことを知りたいという欲求が働いていた。
「お待たせしました。こちらが私が一番得意な料理、マカロニグラタンになります」
「ヴィヴィさんのグラタン……! もう一度食べられるなんて、思ってもいなかった……」
「私もまさか、もう一度ベルちゃんに振る舞えるなんて思っていなかったよ。人生何があるかわからないもんだねえ」
俺の分もと頼んだら、快く作ってくれたヴィヴィ。例によってベルナデッタの分は、俺の分の5倍サイズだ。ちゃんとベルナデッタの食欲を理解している。
シュヴァルツの本能が俺に囁く。これは絶品だぞと。普段から料理をやっている、本当に上手な奴が作った本当に美味い一品だ。
「いただきます、ヴィヴィさん!」
「いただくぞ、ヴィヴィ」
「はいはい。お代わりはあるからいつでも言ってくださいね」
こんなにも美味い料理のお代わりだと……!? 俺は思わず手が伸びそうになったが、ぐっとこらえる。ここはベルナデッタに優先させてやるべきだろう。
「シュヴァルツ、貴様もお代わりしていいんだからな。ヴィヴィさんのグラタン、ここで食べなければ損するぞ」
「別に我は満腹を求めて食事をするわけではない……一皿食べれば十分よ」
「ヴィヴィさん、シュヴァルツの分を追加で準備して!」
「ぬっ!? 貴様、何を言い出す!?」
勝手に俺のお代わりを準備しただと!? 一方で呼びかけられたヴィヴィは冷静だった。
「もうベルちゃんったら。シュヴァルツ様が本当にお腹いっぱいだったらどうするの。全員が全員貴女みたいに食べるわけじゃないのよ」
「ぐぬぅ……そうかその可能性があったか……」
「いや、ここは遠慮なく食べさせてもらおう。他でもない『妻』の頼みだからな」
貴重な頼み事を無下にするわけにもいかない。俺はヴィヴィにお代わりを持ってくるように命令した。ごく自然な流れでお代わりできてラッキーだなんてちっとも思っていないぞ。
「シュヴァルツ……」
「どうした、ベルナデッタ。流石に三皿目は腹を壊すと思うぞ」
「いや、そうではなく……」
「ならば何が……っ!」
ベルナデッタは俺の近くに素早く近付き、そして耳元で囁いた。
「……私の頼みを聞いてくれて、ありがとう」
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