第21話 推しヒロインとポニーテール

 ヴィヴィがグラタンのお代わりを持って戻ってくる頃には、ベルナデッタはしっかりと席に座り、俺は衝撃から顔を壁に背けていた。




「あら、シュヴァルツ様。グラタンに変なものでも入っていましたか……?」

「……いや、それは一切ないから安心しろ……」



 推測するにこうだろう――仮に宿敵だった男に対し、素直に礼を言っている所をヴィヴィに見られたくないから、こっそりと終わらせた!


 事実として今のベルナデッタは、俺に対してツンとした態度を貫いている。どうやらヴィヴィの前では特に、俺と仲良くしている姿を見られたくない模様。



(まあプライドってもんがあるんだろうが……!! それにしたって、もうちょっとこう……あっただろ!!)




「シュヴァルツ、早くグラタンを食べるんだ。そして感想も伝えろ。まあ美味いに決まっているが」

「ベルちゃんったらもう。それだけシュヴァルツ様のことが気に入っているのね」

「なっ、どうしてそんな話になるんだ!?」

「何故そのような話になる……?」



 俺とベルナデッタの台詞が被った。いや、流石に飛躍しすぎだろ――



「好きな人に好きなものを知ってもらう。人間にとって、それはとてつもない幸福なんです。人間は分かち合うことが好きな生物ですからね」

「幸福……か」



 ――つまりベルナデッタは今、幸せということなのか。自分の好きな物を教えてあげたいほどの存在に、俺はなれているのか。


 完全に自分本位で初めた、推しヒロイン幸せ計画だったけど。順調に行っているようで、本当によかった。




「誤解しないでヴィヴィさん。私はヴィヴィさんの料理がいかに素晴らしいか、こいつに教えてやっているだけだ」

「まあツンツンしちゃって。昔のベルちゃんだったら、顔を赤くして背けて、とてもわかりやすく反応したのに」

「昔は昔! 今は今でしょ!」



 おっとまたしても意外な一面。ふとした時に出てくるなあ。



「……くくくっ」

「ほら! ヴィヴィさんが変なこと言うから、シュヴァルツに笑われる! いいからグラタンを食べろ! 冷めるぞ!」

「ああ、今すぐに食べるさ。そういう貴様は、食べなくていいのか?」

「いや、まだ食べるぞ。今日という日はどんどん食べるぞ」

「昨日もその前の日もたらふく食べていたがな。まあいい」





 俺はヴィヴィを信頼することにした。彼女ならベルナデッタにとことん寄り添ってくれる。彼女と出会えただけでも、人狼達を保護した意味はあった。


 信頼する相手が増えると、まず風呂にゆったりと入れる。ベルナデッタは俺の裸に気を遣うことなく、親しい相手と存分に身体を温められるのだ。




 そういうわけで、俺達は食事の後風呂に入っていた。俺が先に入り、その後にベルナデッタとヴィヴィが入る。



「ふむ、かなり楽しんでいるようだな」

「あらシュヴァルツ様。すみません、ベルちゃんについて一つ言いたいことがあるのですけど、いいかしら?」

「ふむ、普段なら聞き流すところだが。ベルナデッタの件なら仕方あるまい」



 今は上がってきた二人に声をかけているところだ。しかしヴィヴィは不満げに頬を膨らませており、俺に抗議する。



「ベルちゃんのこの服、どうにかならないの? 湯上りは緩いローブでも着ないと、身体を休められないわ」

「……我の力不足だ。必ず対処する故、今は許してほしい」

「あら、シュヴァルツ様ともあろう方が力不足? どういうことなの?」


「……ヴィヴィさん、私が説明するよ。私が契約した相手が、どうもかなり服装にこだわっているようでな。これ以外の服を着ようものなら燃え尽きるんだ」

「ええ、焼かれるってどういうこと? ベルちゃんの身体が?」

「着ようとした服がね……流石に私はそのままだよ」



 ゼーゲンの町に行く際は俺が魔力を練り込んだローブを着てもらったのだが、あれが特別なだけだったらしい。もしくは迎賓館で衝突するのを見越されて、ノワールに手を抜かれていたか。


 風呂に入る前に当然バスローブは準備した。が、着せようとしたら全部燃え尽きた。あの野郎は断固として、この露出部分過多な服装から変えさせないつもりでいるようだ。



 多分ノワールは服を着ることが人間の幸福だと理解しているんだろうな……でないとこんな嫌がらせはしないぞ。くそっ、せこい奴め。



「シュヴァルツ様と違って、とんだクソ野郎なのね! その契約相手ってのは!」

「我と比較する必要は果たしてあったのか? ん?」

「こんな服……いいえ、これじゃあ服未満の布よ! こんなのじゃ風邪ひいちゃうじゃない!」

「ああ、それは大丈夫なんだ。体温は魔法で保たれているから、風邪はひかない。安心してヴィヴィさん」


「そうだとしてもねえ、そういうことじゃないのよ! ……そうだシュヴァルツ様、この城にリボンはあったりしません!?」

「ん? リボンだと?」



 俺が返事を返すのと同時に、ブラウニーが扉をちらっと開けて顔を覗かせる。



「魔王様ー! 魔王様が着ていられた鎧は、ピカピカに磨いてお部屋に置いてあります!」

「うむ、報告もご苦労。ところで貴様、リボンを持っていないか?」

「リボンですか? それならサキュバス達が持っているはずです。あいつらそういうの好きなんで」


「今すぐ一本持ってくることは可能か? 拒否されたら我の名を出してよい」

「承知いたしましたー! 30秒で行ってきます!」




 そしてブラウニーはきっかり30秒後に、青いリボンを手に戻ってきた。



「シュヴァルツ様、こちらになります! 色は聞いてなかったんで余ったのを譲り受けたんですが、青で大丈夫ですか?」

「構わない。これは褒美だ、我の魔力を受け取れ」

「やったー! ありがとうございます!」



 ブラウニーに指を突き立て魔力を送り込み、満足そうな彼を見送ってからヴィヴィにリボンを渡す。




「さて、要望通り調達してきたが。これでどうすると言うのだ」

「これでね、髪を結ぶの! 服は燃えちゃうのかもしれないけど、髪型は平気なんでしょう?」



「……それは、やってみたことがなかった、な……?」



 俺が返事をする前に、ヴィヴィはヘアアレンジを完了させていた。


 今俺の目の前には、髪型をポニーテールにし、可愛らしさが10倍ぐらい増した推しヒロインがいる。



「……懐かしいな。昔はこうして、よくヴィヴィさんに髪を結んでもらったっけ……」



 何よりベルナデッタの反応よ。髪を結ばれて満更でもない。かなり嬉しそうにしている。そしてこれは見落としていたことなのだが――


 ベルナデッタはロングヘアーよりも、髪を結んでいた方が似合う……!!



「……ふん、その言い方から察するに、幼い頃から親しんでいた髪型ということか? なら馴染むのも当然だな」

「シュヴァルツ様、顔を背けないでくださいよ。もっとベルちゃんの可愛いお顔を見てください」

「私がおしゃれをしている様に耐えられないとは、それでも貴様最強の魔王か?」

「何をっ……!」



 ベルナデッタ、完全に俺の扱いを心得ているぞ!! 煽られたら直視するしかないじゃないか!!



 俺は少しでも生まれ変わった推しヒロインの姿を視界に収める。そして彼女は、まだ年端もいかない少女であることを改めて思い知った。だがその少女らしさがとてもいいのだよ。



「ふ、ふん……髪を結んでおけば、濡れたものが身体に当たらず、不快な思いをしなくて済みそうだな」

「変に意地を張るのだな、わかった。ならば貴様も不快な思いをしないでいいように、私と同じように髪を結ぶとしよう」

「は? ……待て、正気かベルナデッタ!?」



 興奮しているのを悟られてはなるまいと言い訳をしたら、墓穴を掘ったァ――!!


 というわけで艶やかな白髪は結ばれた、イメチェン魔王シュヴァルツが爆誕するのであった。いや誰得だよ。

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