第22話 推しヒロインの知られざる過去
こうして風呂に入った後は、部屋でゆったりと過ごすことに。俺がいない間に大分修繕作業が進んだようで、自室はほぼ元通りの姿になっている。
「ふう……このベッド、人間のものより質がいいぞ」
「ルフ鳥の羽毛をドワーフが加工しているからな。上位魔物の力を思い知れ」
「あら、シュヴァルツ様は自分の臣下を誇りに思っていらっしゃるのですね。とても素敵ですわ」
ベルナデッタやヴィヴィは感心しながら布団を触っている。俺はソファーに座って、そんな二人を微笑ましく見守っていた。
「まあ考えてもみろ……我は最強たる存在。そのような我の下に集ってくる者も、当然最強に決まっているだろう」
「何という傲慢な理屈。だが、理には適っている……すぅ」
「ん?」
布団に寝っ転がったベルナデッタは、すぐに目を閉じ寝息を立て出した。
「すぅ……疲れが、取れそうだ……おやすみ……」
それから数秒足らずで眠りに落ちる。布団の力に負けることを選んだらしい。
まあ今まで一応味方だった人間と、改めて敵対したものな。精神面で疲れて当然か。
「ふん、もう眠るのか。我と語らうことより自分を優先したか」
「話し相手が寝ちゃってつまらないんですか?」
「誰もそうとは一言も言っていないが……ん、ヴィヴィよ。貴様はもう地下に帰るだけか」
「そうですね、ベルちゃんはシュヴァルツ様にお任せしますし。どうかされましたか?」
「ベルナデッタの代わりに我の話し相手となれ。そもそも、貴様には聞かねばならんことが多すぎる」
そうだよ、ベルナデッタがいないなら今がチャンスだ。ヴィヴィがいるとどうにも張り切ってしまって、俺が予想だにしない行動を取り出すからな。そもそも今からする話は本人の前でするような話じゃないし。
というわけでヴィヴィに聞いてみよう――ベルナデッタとの過去のあれこれを。
「単刀直入に聞くが、貴様はベルナデッタとどのような関係だ?」
「ただのご近所さんですね。小さい頃はよく遊んでいました。ベルちゃんちはご両親が不在にしていることが多くって、日中面倒を見てくれる相手が必要だったんです」
ここは裏設定として語られていた通りだな。だがこの時点で、既に疑問が浮かんでいる。
「ベルナデッタの故郷は人間の村だったはず。その村は人狼である貴様を受け入れていたのか? 確かに人間とも魔族とも取れる存在ではあるが」
「エルス村は魔族や魔物に対して協力的だったんですよ。生活を保障する代わりに、有事の際には戦ってもらう。そうして近くに住む上位魔族への牽制を行っていたんです」
「ふむ、そのようにして安全保障を行っていたのか……」
「だから小さい頃から魔族に関わっていたって子は割と多くて。ベルちゃんも当然その一人で……魔族に抵抗感がなかったからこそ、魔族と契約し力を得るって発想になったのかな、なんて」
「……」
あるいは魔族に関わっていた期間が長いからこそ、ノワールの力を受け入れられる土台が仕上がったか。この世界では、人間と魔族の居住圏は明確に分かれていることが多いからな。
いずれにせよ、ベルナデッタは特異な体質や精神を持っているのは間違いない。それこそ主人公に選ばれるぐらいの。
「魔の協力を得たのなら怖いものはないと、人間の誰もが思っておりました。結局『黒竜王』の前には無意味でしたけどね……」
「貴様、そのことを知っているのか」
「直接対峙しましたからね。一応身体に傷はつけたんですけど、途中で息切れしてしまって……」
さらっと言っているが恐ろしいぞ。ノワールに傷をつけるとなると、俺と同等の実力ってことだろ。もっとも何年も前の話になるが。
「戦闘が続いていた時に、ベルちゃんがやってきたんです。お父さんもお母さんも死んじゃったって、泣きながら私のことを探して。そうしたらあいつはベルちゃんに向かって牙を立てて……」
「子ども相手でも容赦はなかったということか。その後は?」
「私が庇って戦ったんですけど、その時に私は崖から落ちちゃって。気絶していた所を別の集落に住む人狼が見つけてくれて……以降は人狼達と行動を共にしてきました」
「そうか……つまり今ここにベルナデッタがいるのは、貴様の功績というわけか」
状況から推測するに、ノワールはそこでベルナデッタを見初め、力を与えたのだろう。その判断にはヴィヴィが何らかの影響を齎していて、人狼に気に入られている奴と踏み止まったのかも。
「功績だなんてそんな……私がずっとベルちゃんのそばにいてあげられたら、辛い思いをすることなんてなかったのに」
「彼女の人間性は貴様が育んだも当然だ。その時点で計り知れない恩恵を齎している」
「……そして、色々あったが今はこんなにも笑顔だ。過去を悔やむ必要はあるかもしれないが……気に病む程ではないだろう」
ベルナデッタの寝顔は、昨日よりも穏やかで安心していた。色々な憑き物が落ちたみたいだった。
だがまだ肝心のものが落ちていない。手足に生えている竜鱗がその証明だ。
「……シュヴァルツ様。『黒竜王』のこと、ちゃんとこらしめてくださいね」
「無論そのつもりだが、何故貴様はそう思う?」
「だってベルちゃんをここまで苦しめたの……村を滅ぼしたのはあいつですから。あいつが生きている限り、ベルちゃんの人生にずっと影を落とし続ける」
「よく理解しているではないか。その通りだ」
俺とヴィヴィは揃って、ベルナデッタの寝顔を見つめる。その最中、ヴィヴィは涙をこぼしていた。
「私、ずっとベルちゃんを守れなかったことを後悔してて。何度も色んな人にその話をしても、自分を責めるばかりで。『黒き竜の聖女』の噂が出回った時も、本人じゃないって思いたかったんです……」
「……ベルナデッタが魔族と契約したのを、自分のせいだと思ってしまうからか?」
「そうです……恥ずかしい話ですよね、自分のためにそんなこと。その時点で私が迎えに行ってあげれば、何か変わっていたかも……」
「気に病む程ではないと言ったばかりだが? そもそも貴様が行ったところで、彼女は話を聞いてくれなかったと思うぞ」
作中におけるベルナデッタの様子を見て、俺はそう感じた。彼女は魔族と名乗る者は容赦なく斬り捨てる、冷酷な人間になっていた。ヴィヴィが姿を見せたところで、過去に出会ったことを思い出さずに殺していた可能性がある。
「……そうだとしたら、今私がベルちゃんと再会できたのも、シュヴァルツ様のおかげですね」
「我が殺さずに庇護したからな。感謝するがいい」
「いえ、それもあるのですけど……シュヴァルツ様がベルちゃんの人間らしい心を思い出させてくれたんだなって。たとえ享楽だったとしても、ベルちゃんにとっては心の底から嬉しかったことだと思うんです」
「……そうには見えないが。口を開けば我に対し高圧的な態度を取る。数日前まで敵対していたから、当然だが」
「あら、そうですか? 私にはそれが敵対心じゃなくって、照れ隠しのために振る舞っているように見えましたよ」
「……何を言うか」
ベルナデッタが俺に好感を持っている……?
いや、余計なことを考えるな。俺はラスボスであいつは主人公、あいつは推しヒロインで俺は一読者。一線を軽々しく超えられるような関係性じゃないだろ――
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