第23話 推しヒロインと壊れた指輪
それからもとりとめのない話をして、俺はヴィヴィと別れ眠りについた。そして朝が来る。
「シュヴァルツ。起きろ」
「……」
「起きないなら叩き起こすぞ」
「ぬぐっ……?」
俺は頬をぺちぺち叩かれて目を覚ました。目を開けるとベルナデッタの顔がすぐ目に入る。
「……昨日は我の方が早かったのに、今日は貴様に負けたか」
「寝顔を見られるという不覚を取ったから、取り返してやったぞ」
「我の顔を見たところで何も面白くはないだろう……」
目覚めてしまったのは仕方ないので、身体を起こし伸びる。その時、髪を結んでいた紐がほどけた。
「何だ、髪を結んだまま寝ていたのか。律義なものだな」
「貴様はあれほど喜んでいたではないか……」
「寝る時はほどいた方がいいだろう。邪魔だし」
「……」
結んだまま寝ていたよな――とはツッコまず、俺は起き上がる。
「さて、今日も動いていくぞ。貴様は我の側を離れるなよ」
「言われなくてもそのつもりだ。ヴィヴィさんが貴様の臣下になった以上はな。それに離れるようなら、貴様の魔法で引き戻される……」
ベルナデッタは左手の薬指を掲げながら言うのだが――
「ん? 貴様、指輪はどうした?」
「え? ……あ、今気づいた。指輪がなくなっている」
俺がベルナデッタを支配するために作った指輪。それがいつの間にか薬指から消えていたのだ。
つまり、今は俺の支配下にないってことで――控えめに言ってまずい状態だ。俺は急いでベルナデッタの左腕を取る。
「……私が自分から外したわけじゃないぞ。そもそも外せないって話だっただろう」
「いやそうなのだが、一体どこで壊れたのか……」
考えつつも、ベルナデッタの指に指輪をもう一度生み出す。デザインはシンプルな銀の輪っかにしたのだが。
「……」
「どうしたシュヴァルツ。指輪を作り終えたなら腕を放せ」
「いや……」
恥ずかしいなんて感情が過ったが。でもやらないで後悔するより、やって恥ずかしい方がいいよな。
俺は腕を放す前に、もう一度指輪に魔力を通した。すると銀の輪っかの上に白い宝石が現れる。わずかばかりだがデザインを変えてみることにしたのだ。
「ほう……貴様にこのようなセンスがあったとは」
「同じものだと我が飽きるのだよ。多少なりとも違っていた方が、我にとっても心地が良い」
「いや、多少と言うには大きい宝石だな……」
ベルナデッタは宝石がついた指輪をじっと眺めている。やはり少女だからか、こういうものには惹かれるらしい。
こういった面でも本来の心を取り戻せていけたらいいな……なんて思った。昨日ヴィヴィに言われたことを、俺は無意識のうちに考えていたのかもしれない。
「しかし指輪が壊れたとなると、やはりノワールの影響か? 我の魔力と拮抗した結果と考えられるが」
ベルナデッタと共に食堂に向かいながら考える。十中八九あいつしかいないだろうし、思い当たる要因はいくつもある。
「恐らく奴に操られた時の負荷を軽減していたのだろう。そして奴が逃げ去った時に何らかの衝撃が走り、壊れたと見た」
「いや……思い出してきた。指輪が壊れたのは、それより前だ」
「何だと?」
「最初にローブが焼き尽くされた時に、指輪も巻き込まれる感覚があった。その時だろう」
「……張本人の貴様が言うならそうなのだろうが。だとすると……だ」
あの戦闘において、ベルナデッタは度々ノワールに抵抗する様子を見せていた。あれは俺の魔力が働いていたおかげでだと思っていたが
指輪が最初に壊れてしまったというのなら――あの場面は彼女の意思の強さだけで抗っていたということになる。ノワールには従いたくない、シュヴァルツを攻撃したくないという……
「……指輪が壊れたことを報告した時、貴様随分と慌てていたな。私が逃げるのではないかと思っていたのだろう」
「そういう目的で作ったからな。当然だ」
思えばベルナデッタ、俺が指輪を作るのを一切抵抗せずに受け入れていたな。最初とは大違いだ。
「この際だから宣言しておくか。もうこんなもので制限しなくても、私は逃げていかない。ずっとこの城にいるよ」
「先程も言っていたな。我がヴィヴィを配下に置いているからか?」
「それは理由の一つだ。あとは、美味い食事を提供してくれる。それから、質のいい布団で寝かせてくれる。加えて、風呂にもゆったり入れる」
「……人間でもそういう所を探せばあるだろう。貴様の力に物を言わせて、提供させることもできる」
「でもその人間には、昨日大きな喧嘩を売ってきた。今更連中の所に戻れはしないよ。一番大きな理由がこれだな」
「それは最初に伝えるべきことでは……先に言っておくが。どれだけ理由を並べ立てようとも、指輪を外すつもりはないぞ。活動を制限するのは、貴様が他の魔物から狙われないようにする意味もある」
「ああ、そうなのか……そんなことを言われたら仕方ないな。貴様が私を心配する気持ちに従っておくとしよう」
この一連の流れにおいて、ベルナデッタはとても流暢に喋っていた。まるであらかじめ用意していた嘘という雰囲気がする。
昨日までの俺なら、推しヒロインの素性は詮索すまいとここで会話を切っていただろう。だが何故かその雰囲気が気に喰わなくなって、会話を続けてしまった。
「……まだ何か隠しているように見えるな。我から逃げない本当の理由は何だ」
「隠しているのはそちらもだ。指輪を外さない理由は他にもあるんだろう?」
「……」
「……」
二人して言葉を失くしてしまう。そして無言を貫きながら食堂へと足を進めるのだった。
指輪を作る時は乗り越えたのに、この場では言えなかった。恥ずかしいという感情が邪魔してきた。
いやでも、言えるわけないだろ。『お前へのプレゼント』だなんて、そんなこと言ったらいよいよ本格的な男女関係になってしまう――
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