第24話 推しヒロインと結婚式の話
それから朝食や諸々を終わらせた俺達は、地下に向かう。
「魔王様!! 地下街にお越しくださり感謝の極みであります!!」
「歓迎ご苦労。今回は人狼達の様子を見に来たのだが……」
「ややっ、魔王様は人狼共のことを気にかけていらっしゃるのですね。まあ機嫌損ねたら何するかわかりませんからな~」
「御託はいい。早急に案内しろ」
「ただちにいたします!」
フリューゲル城の地下一帯は、シュヴァルツに仕える魔物達の居住区と化している。こいつらどこから沸いているんだと思っていたが、住み込みで働いていたのか。
地方都市と比べても謙遜ない規模を誇り、独自の経済圏が形成されている。もっとも部屋や仕切りでスペースを区切っているので、人間の町の方が住み心地は良さそうだ。
プライベートもクソもない場所で人狼達は平気なのか――と思ったのも束の間。
「あらシュヴァルツ様! 様子を見に来てくれたのですね!」
「うむ、息災で何よりだ。貴様等がここでの生活に馴染めるかどうか疑問に思っていたが……要らぬ心配だったようだな」
人狼達は上機嫌で、自分達の居住区に屋根や壁を作っているところだった。そのデザインセンスは人間に匹敵している。魔物は柄をこだわるようなことはしないので、いい意味で目立っていた。
「確かにヴィヴィが言っていたな……人狼は人間の特徴を宿していると。すると必然的に、文化も人間に寄るのか」
「そうですね~、私達は屋根のある家じゃないと生活できません。まあないなら調達すればいいだけですし」
「不平不満を述べる前に自分から動く。いいことだ」
とは言え、すぐにそういう発想に行き着くのは早々できることじゃないぞ。流石人狼だ。
「他の魔物の皆さんも、たくさん素材をくださるんですよ。おかげで作業が捗ります!」
「貴様等を警戒して貢いでいるようにも見えるがな」
「シュヴァルツ、貴様はそういうことばかり……ん」
ベルナデッタも人狼達の様子を眺めていたが、ヴィヴィを見つけると一目散に走っていく。
「ヴィヴィさん! 地下の暮らしはどう? 太陽の光が入ってこないけど、身体壊さない?」
「ベルちゃんったら心配してくれてるの? ありがとうね。光に当たりたかったら上に行くし、どうってことはないわよ」
「そっか……それならよかった」
他人のことを心配するベルナデッタを、まるで保護者のようにみまもる俺――と他の人狼達。
「何だ貴様等。作業の途中ではなかったのか」
「時々手を休めることも大切なんですよ」
「ふん、よく言うものだ。嫌いではないぞ」
「魔王様に気に入られちゃいました。やったあ」
肉体が屈強なら、精神も強か。ああ言えばすぐに返事が返ってくる。どっちも並以上のスペックがあるなら、そりゃあシュヴァルツもノワールも揃って警戒するわ。
「ところで魔王様、ベルちゃんのことを妻と仰っていましたね」
「その通りだ」
「なら式は挙げられたんです?」
「……」
俺は咄嗟に返事を返せなかった。何と言うか、ヴィヴィを始めとした人狼達が来てから、順調に周囲を固められる気がする。
「……式とは結婚式のことで間違いないな?」
「あ、ご存知ではあったんですね。魔王様ですもの、当然ですよね」
「私達も人間と同じ文化なので、結婚すると式を挙げるんですよ。だから一通り作法は身についています」
「貴様等に任せれば安心して挙げられるみたいな物言いを……質問に答えると、挙げていないしその必要はない」
周囲はしてしまえという雰囲気でいるが、俺は一線を超えないと固く誓っていた。あくまでも俺は推しヒロインの幸せを願う一読者であって――
「ええ~、やっていないんですか? 曲がりなりにも夫婦なんですから、挙げないと区切りがつきませんよ」
「ダラダラやっている間柄よりも、きっぱり落とし前つけた方が生涯愛し合えるって話もあります。やっておいて損はないですよ」
「その必要はないと言っているだろう。これは彼女を保護する為の関係性であって、我の享楽だ。我が飽きたら切り捨てるまでよ」
「黙って聞いていれば……貴様は私を切り捨てるつもりでいたのか?」
ここでベルナデッタが会話に乱入してくる。ヴィヴィと話をしているうちに思っていたが、こういう時に限って地獄耳だった。
「む、ベルナデッタ……」
「切り捨てるつもりでいるなら、私に美味い料理を提供する必要はなかっただろう。人狼達をを見捨ててもよかったはずだ。ここまで優しい所を見せられて、今更取り繕っても通じないぞ」
「……優しい? 貴様は我のことを優しいと思っているのか?」
「あっ……こ、これは私の主観でない。客観的な視点と感性から推し量って優しいと結論付けたまでだ」
「ああ……そうか。ならば貴様が言う優しさも、偽りかもしれんぞ。それを全て鵜呑みにするとは危険だな。引き続き我が保護してやれなばならん」
「さっき切り捨てるとか言っていたのはどうしたんだ?」
「……」
「もう二人共ねえ……顔が赤くなっている以上、どんなに意地を張っても無駄ですからね?」
ヴィヴィにツッコまれてしまい、俺はとうとう逃げ道を失ってしまった。
「というか一体どういう会話の流れだったんだ?」
「魔王様に結婚式は挙げていないのですかと質問していたのです」
「は……え? 式?」
ますます顔を赤らめるベルナデッタ、と俺。今じゃ何を言っても魔王シュヴァルツの威厳は損なわれてしまう。
というかシュヴァルツ、照れるというのも普通にできるんだな……あるいは俺が転生してから結構日が経ったから、もうこの心は俺本来のものなのか。
何はともあれ、このままでは人狼達が結婚式の段取りに取りかかってしまう。そんなつもりは一切ないのでどうにかせねば――と心配する俺だったのだが。
「魔王様~~!! こちらにいらっしゃると伺ったのですが~~!!」
ワイバーンが一体、叫びながら俺の所に飛んでくる。こいつを始めとした複数体の魔物には、ノワールの偵察を任せていたのだ。そんな奴が帰ってきた今、余計な雑念は一気に爆散した。
「報告いたします!! 『黒竜王』の現在の動向が確認されました!!」
「ご苦労だった。奴はこのまま静かになってくれそうか?」
「いえそれが……詳細は後でご説明しますが、魔王様に報復する気でいるようです!!」
「そう来たか。昨日の今日で元気なことだ。身体の状態を整えるのも、強者には必要不可欠だと言うのに」
一刻も早く俺やベルナデッタをぶちのめしたいと見た。俺もまだ疲れが完全に取れているわけではないが、それは向こうだって同じなはず。
「ベルナデッタ、上に戻るぞ。ノワールの動向について作戦を練らねばならん」
「ん、そうか。今日は休めると思っていたのに……仕方ない」
「我が奴の翼に傷を与えたからな。力を突き付けられて焦っているのだろう」
「そうだったとしたら面白いものだ。私のシュヴァルツを散々煽っておきながら、いざ目の当たりにして怖気ついたわけだ。散々人間を弄んだ報いだ……はははっ」
「……」
ベルナデッタよ。今『私の』つったな。
結婚式の話をされたことで、どうやら吹っ切れた様子。俺に対する感情を隠さない方向でいくようだ……!
「……ふん。我のベルナデッタを傷付けるつもりなら、一切容赦はせん」
「シュヴァルツ! 言ってくれたのは嬉しいが、棒読みだぞ!」
「黙れ。心からの愛の言葉というものは、魔族にはない文化なのだ。言ってやるだけ有難く思え」
「何だか前より硬い雰囲気になったな。昨日までの貴様はどこに行ったんだ!」
「貴様こそ昨日に比べて元気になりすぎだ……付き合う我の身にもなれ、全く」
趣返しをしつつ、俺は地下から撤収する。人狼達の生暖かい視線が背中を貫いてきたが、気にせず歩いていく。
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