第25話 推しヒロインへの愛を自覚
というわけで俺は自室に向かい、そこで改めて偵察隊の報告を聞く。
「『フェリス』と手を組んだのか……いよいよ我と雌雄を決するつもりでいるようだな」
「……よりにもよってフェリスとか」
俺とベルナデッタは唖然としていた。フェリスというのは、人間勢力の中で最も大きい国である。
人間達は魔族を共通の敵とし、それと対抗するために連合を設立。フェリス国はリーダーシップを執り他の国をまとめ、連合のトップに就任した。今ではフェリスに併合された国が多い。
そしてこの国一番の特徴。それは神を信仰する宗教が、政治に根付いているということ。当然ながら『聖女』という仕組みも搭載されており、ベルナデッタに『黒き竜の聖女』という二つ名をつけたのは、他ならぬフェリスである。
作中でも基本的に、ベルナデッタはフェリス国から情報を貰い、各地に赴き事件を解決するという流れが大半を占めている。つまりベルナデッタからすると、そこそこ面識がある国ということになるのだ。
「中枢も含め、人間達に力を与え全面戦争を仕掛けるつもりでいるようです。恐らく魔法で無理矢理従えてるのではないかと……」
「そんなことをしたら、力に耐え切れず死ぬ者が発生するぞ。あの男はそこまでして……」
「人間が大勢死ぬのは困るな。我の楽しみが減ってしまう。単にノワールの奴が気に喰わないのもあるが、他にも理由ができてしまったな」
ここで議論する以上に、その影響は計り知れないのだろう。人間が大勢死ぬかどうかの瀬戸際、言うなれば秩序が覆されそうとしているのだ。
――というか元々は俺が世界に介入した結果引き起こしたようなものだからな。俺がケリをつけるのは当然の義務だろう。
「ベルナデッタよ、この戦いはフリードの時より熾烈になる。何せ貴様はかつてフェリスと協力していた身だ」
「ああ……そういう意味での熾烈か」
例によって俺が心配しているのはベルナデッタの心境だ。冒険者というのは個人だが、今度は国という集団が相手になる。ひどい言葉を浴びせられる可能性もそれだけ増すわけだが。
「そういう心配は不要だ、シュヴァルツ。私は人間を信じるのに疲れてしまった……」
「つまり魔族に心を許していると解釈してもいいか?」
「話が飛躍しすぎだ。私はヴィヴィさんと一緒にいた人狼達、そしてあなたしか信じていない」
ベルナデッタはあっさりと現状を受け入れている。人間達を敵に回すことにためらいがなく、むしろ喜んでいるようだ。
「そもそも『黒き竜の聖女』なんて二つ名も、私には最初から必要なかったんだ。名声があれば手っ取り早く魔王に近づけると言われて。どうすればいいかわからなかった私は、そのまま誘いに乗ってしまった」
「最初から連中は、強大な力を持つ私を利用するつもりでいたんだ……だからやけに誇張した宣伝をして、私が逃げないように周囲を固めてきた。フェリスは私という偶像を使って、勢力拡大がしたかっただけなんだ」
「……気づいていたのに、結局認められずにここまで来てしまった。復讐を果たせるなら利用してやるという意気込みでいたが……いざ自覚してしまうと、来るものがあるな……」
事実を認めながら、ベルナデッタの声色はどんどん弱っていく。
俺はそんな彼女に対し――両手でそっと肩を抱いてあげた。
「先ず最初に。貴様はこれまで散々な人生だっただろうが、今は我がいる。苦難の先にあった幸福を、今貴様は掴んでいるも当然なのだ」
「……幸せ、幸せかあ……」
「ベルナデッタよ。人間は冷酷になり切れない生物だ。利用してやると腹を括っていても、一方では利用されたくないと、真実の関係性を求めるものだ」
「シュヴァルツ……」
「貴様が我を信頼できると言ったのは、我との間に真実の関係性を感じたからであろう。ならばそれを宝とし、大事にするのだ。そうすることで、これまでの日々も報われるだろう」
「うん……うんっ」
過去は変えられない、これは本当にそうだ。今までのベルナデッタは、物語の筋書き通りに動かされていた。真実に気づいたとしても何も変えられなかったというのは、物語である以上必然だったのだろう。
「元気出てきた……ありがとう」
「ならば改めて聞くとしよう。今回の戦に参加するということでいいのだな?」
「ああ、それでいい。私は夫シュヴァルツと共に……私を縛りつけてきた奴らをぶちのめす」
「固い決意は結構なことだ。だが……今『夫』と言ったな」
「真実の関係性ってそういうことだぞ。散々強調してきたくせに、今更何を言う」
「……ふむ」
ベルナデッタが熱視線を送ってくる。俺に言ってくれるのを期待している目だ。そんなことされたら応えるしかないじゃないか。
「我は『妻』を利用してきた人間共に裁きを下すと誓おう……何をしているのだ貴様は」
「ふふふー。まおーさま、とってもごきげん! ボクらも嬉しい!」
恥ずかしくなってきた俺を、風の魔物シルフィードが現実に引き戻す。偵察隊に参加していた一部だ。
そしていつの間にか数体集って、ふわふわと浮きながら俺を煽ってきた。
「まおーさま! それはね、『アイ』ってやつだよ! 魔族がどうやっても獲得できない、真実のかんじょー!」
「それを手に入れることは最高のきょーらくだって、まおーさま言ってた!」
「まおーさま、これにてきょーらくますたぁ! やったね!」
こいつら……俺があえて自覚しないようにしていた真実を突きつけやがって。
「愛……か。そうかこの感情が……」
「魔族には愛という概念がないのか……?」
「自分本位な魔族にとっては、どこまで行っても形式ばかりのものに過ぎん。溢れる感情に押し潰されそうになることも……それすらも幸福だと思うこともない」
俺だけでなく、シュヴァルツとしての人格も満足しているようだった。最高の享楽というのは本当なのだろう。
「ふっ、ははは……哀れな奴だ、ノワールよ。貴様は永遠に孤独を貫く以上、こんな至上の幸福を得ることはない。そして至上にもなれば、戦う為の力になるのだ」
「貴様等、この戦には必ず勝つぞ。奴には教えてやらねばならん。我の逆鱗に触れるとどうなるのを。そして、森羅万象において我の右に並ぶ者はいないことをな」
切り替えるように声色を下げ、魔物達に呼びかける。次の瞬間には歓声が巻き起こった。誰もがシュヴァルツについていき、ノワールを蹴散らすつもりでいる。
正直今のやり取りを見せてしまった以上、失望する奴も出るんじゃないかと思ったが――何だか逆にカリスマが増してしまっているっぽいぞ。
「うおおおおお魔王様ばんざーい!! 『アイ』を知った最強の魔王様ばんざーい!!」
「よくわかんないけど最強の力を身に着けた魔王様ばんざーい!!」
「わからないなら口にするな……少しは我の身にもなれ。愛というものはな、頻繁に口にしていい言葉ではないのだぞ」
「さっきは自覚していたのに、今度は拒むのか。最強の魔王ともあろう者が、言動が一貫していないな?」
「ベルナデッタよ、貴様には言っておくとしようか。素直に愛を認め、それに満ちた振る舞いをするのは、我の性分ではないのだ」
「要は照れ隠しってことだな。次からはそういうことにするよ」
「貴様は本当に……」
素直に愛を認めているシュヴァルツが、俺の中で解釈違いというのもあるんだろう。どこまでもシュヴァルツには傲慢不遜な魔王でいてほしいと思っていたのだが。
俺の心が溶け込んで、俺が主体となって行動している以上、そんなイメージはぶっ壊していいのかもしれない――いやそれだと魔物達に謀反される可能性があるから、やっぱり保留で。
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