第19話 推しヒロインと人狼の顔馴染み
――待て。ノワール本人がいたからついカッとなってしまったけど。この迎賓館にやってきたのって、ノワールの弱体化のために、最も強い手先であるフリードを始末することだったじゃん。
ってことは……一応当初の目的は達成したのか。ノワールを逃してしまって悔しいけれど、何も為せなかったわけじゃない。
「……やっと終わってくれたか……」
俺も思わず地面にへたれ込んでしまった。こんな急展開になるなんて誰が予想できたか。
「ふふっ……貴様も緊張していたのだな」
「何を言うかベルナデッタ……ん?」
「どうした。私に何かあるのか」
「……あるとも。貴様、我に寄りかかっているな」
「何だよ、いいじゃないか。私は疲れたんだ」
「……」
ベルナデッタは今俺の隣にいる。そして身体を俺の方に思いっ切り倒し、寄りかかって全体重を預けてきていた。
――俺にかなり距離を詰めてきただと!? お、お前そこまで積極的なキャラだったっけ……!?
「シュヴァルツ様……お取込み中の所、少しよろしいでしょうか?」
「む! ベルナデッタよ、我は立つぞ。貴様が何と言おうと立つぞ」
「仕方ないな……」
不満そうなベルナデッタは一旦さておいて、俺は威厳のために立ち上がる。そして人狼達と会話をした。
「人狼達よ、この度の働き誠に大義であった。貴様等が人間共を攻撃してくれなかったら、我の命が危うかった所だろう」
「感謝すべきは我々の方です。あのまま幽閉されていたら、人間達にひどいことをされるのが目に見えていましたから。また自由になれるなんて夢にも思っていませんでした……」
「そうか、泣く程に嬉しいか。だが我が助けられたのもまた事実。貴様等に与えた自由とはまた別に、報酬を与えるとしよう。何が欲しいか申してみよ」
「そういうことでしたら……私達を貴方様の臣下にしていただけないでしょうか?」
「ふむ……? それは貴様だけか?」
「いえ、ここにいる人狼全員です。私達にはもう帰る場所がないのです」
「……」
地下に閉じ込められていた人狼は、大体30人。平たく言えば30人の人狼が戦力として手に入ることになる。魔王としてやっていくにあたって、これほど心強い味方はいない。
ありがたい分だけ、用心深くなってしまう。助け出したのは事実だが、逆に言うとそれしかしていない。あっさりと受け入れていいものだろうか。
「帰る場所がないとはどういう意味だ? もしや……焼かれたのか?」
「はい……人間共が私達の集落を襲ってきて、男はそこで全滅しました。女は全員連れていかれ、少しずつ命を落としていく者も……」
「そうか……それは辛かったことだろう」
故郷を理不尽にも焼かれてしまった――何だかベルナデッタに近いものがあるな。
そんな状況だと知ってしまったら、もう放っておくわけにはいかない。というかこのまま放置していても、また別の人間に攫われるかもしれないしな。
「シュヴァルツ、どうか彼女達を保護してやってくれないか。私にしたみたいに。貴様ならできるだろう?」
「ベルナデッタ……いや、貴様に言われるまでもなく、そのように計らうつもりだったが」
ベルナデッタは立ち上がり、俺と人狼達の会話に混ざってくる。俺の腕を支えにしながら立ち上がり、立った瞬間に少しよろめいた。
「うっ……めまいが……」
「魔力に加え血が流れているのだろう。無理して立とうとするな」
「いや、座ったままじゃ、話しにくいから……何とか踏ん張る」
「あら、その女の子は人間じゃないですか。使用人か何かですか?」
「いや、彼女は我の『妻』だ。名をベルナデッタと言う」
「ベルナデッタ……」
地下に幽閉されていた人狼達が、どれぐらいベルナデッタについて知っているか量りかねたので、とりあえず簡単に説明をして様子を見る。
だが人狼達は、俺の予想とは少し違った方向の反応を返した。
「ベルナデッタって……あだ名をつけるとなると、『ベルちゃん』になるわよねえ」
「ああ、ヴィヴィさんが言っていた? 確かヴィヴィさん、今は廊下の隅で休んでいたはず……ちょっと連れてくる!」
数十秒ほどして、別の人狼に肩を支えられながら、緑髪の人狼が姿を見せる。血気盛んな他の人狼とは違い、どこか温厚な雰囲気をまとった女性だった。
恐らく彼女が『ヴィヴィ』という女性なのだろうが――彼女を見た瞬間、ベルナデッタが両手を口で覆った。
「ヴィヴィって……まさか、ヴィヴィさんなの……?」
「あら、私を見てそんな反応するってことは……あなたはベルちゃんで間違いなさそうね」
「……!!」
ベルナデッタは大きく泣き崩れ、彼女に抱き着く。そして胸の中で涙をこぼすのだった。
――育ての親といったところか? 作中でベルナデッタの過去に触れる機会はめったになかったから、初めて見るぞ。
「答えろ……あのヴィヴィという人狼は何者なのだ?」
「ヴィヴィさんはね、エルス村から逃れてきた方なの。ここに着いた頃から、小さい頃面倒を見ていた子を助けられなかったって、とても悲しんでいて……」
「面倒を……」
人狼に話を聞いたことで、俺は思い出す。巻末の裏話コーナーに書いてあった、本編では語らえない裏設定を。
ベルナデッタは小さい頃近所に住んでいた女性に遊んでもらっていて、その思い出を大事にしているとのこと。作者はその女性とベルナデッタを再会させるか悩んだそうだが――
話が逸れてしまうということで、省略したんだそうだ。設定上は存在しているというわけだな。もっともエルス村が焼けた時に、一緒に死んだと思っていたんだが。それはお互い様だったようだ。
「ああ……鱗が生えている。『黒き竜の聖女』ベルナデッタは、ベルちゃんのことだったんだね」
「ヴィヴィさんっ……私、色々あったんだよ……ぐすっ……」
「うん、それはあったんだろうね。あんなにも穏やかで優しかったベルちゃんが、感情のない兵器みたいになるなんて、ずっと嘘だって思ってたよ……」
穏やかで優しかった、だと……!?
これはちょっと詳しく話を聞かねばなるまい。そして今は、詳しく話を聞ける状況ではない。
「感動の再会なのだろうが失礼するぞ」
「わっ!! シュヴァルツ、何をする!!」
「問い質したいのはこちらの方だ。よくもこんな死体が転がっている状況で感極まれるものだな」
「あ……」
ベルナデッタとヴィヴィを引き剥がしながら、俺は改めて周囲を見回す。死体とは言ったが、死体にすらなれなくて崩れ落ちた肉塊がひしめいていた。
あれだけ威勢を張っていたフリードも、みるみるうちに肉が腐っていき、最終的にはそこらの死体と何一つ変わらなくなる。勇者だろうが同じように死んでいくらしい。
「……うぐっ、げほ……」
「それ見たことか。体力が減少していると、臭いを許容できる気力も失せる。早急に転移魔法陣を構築する故、もう少しの辛抱だ。人狼達も我慢してくれ」
「……! 私達を臣下にしてくださると言うことですね! ありがとうございます!」
「我は一向に構わないのだが……貴様等は本当にそれでいいのか。これ以降は何が起ころうとも、我を裏切ることは許されなくなる。自由に殉ずる貴様等には耐えられないことではなかろうか?」
「確かに私達は、好きに生きたくて人間にも魔族にも関与していません……でも、もう皆疲れました。そんなことより、今は命を助けてくれた貴方様に恩返しがしたいのです」
「そうか……そこまで言うなら止めはしない。では改めて待っていろ」
「はい!」
こうして30人の人狼を保護し、夢のハーレムライフ……ええい、ちょっとでも変なことを考えるな。俺はハーレムに願望はないし、そもそも好意の対象を推しヒロインから変えるつもりは一切ない。
その推しヒロインベルナデッタは言うと、またしても感極まったのか泣いている。穏やかで優しいと言われるのも、納得できるような表情を浮かべていた。
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