第18話 推しヒロインと一転攻勢

「……はあ!? こいつら人狼じゃねえか!! 人間にも魔族にも不干渉のはずだろ!? どうしてここにいる!!」

「ぎゃあああああっ!! やりやがったあいつ!!」



 俺はまだ地下にいたが、ここからでもノワールとフリードが動揺する声が聞こえてきた。想像以上にやばいんだな、人狼って。



「よく見たら女しかいねえな……として拉致ってた感じか?」

「そ、そういうことだ……近くに人狼の集落があってな、そこから定期的に攫ってたんだよ……ここをレンタルする時にオプション代を払えば、あいつらとお遊びできるってこった……」



 フリードの言う通りだ。人間達は危害を加えてこないのをいいことに、人狼達を連れ去り、玩具として弄んでいる。そしてその件は根本から解決していない。



 作中において、ベルナデッタは人狼を弄んでいた役人を成敗はした。しかしたとえば、加担していた他の人間にも説教するような、問題の解決には取り組んでいないのだ。そもそもその役人は、人狼が全く関係ない横領罪で懲らしめられたんだし。


 だがもしかすると、役人の様子を見ていた人間達が、恐怖から反省したかもしれない――俺が賭けと言ったのはそういうことだ。





「てめえら人間如きが、どうして人狼を飼い慣らせると思い上がったのか……いや、一番腹立つのはそこじゃねえ!!」

「あの野郎シュヴァルツ!! 地下に人狼が幽閉されてるってこと、どうして知ってえええええええ……!!」




 俺が駆けつけた頃には、人狼達があらかた冒険者達を殴り倒していた。そして人狼の一人が、フリードの首を掴んで締め上げている。




「あんたよくも私らを可愛がってくれたね……!! 女の人狼は貧弱だって思っているなら、それはとんだ勘違いだ!!」

「うがあああああ……!! あああああっ!!」



 フリードは拘束から必死にもがき、黒い電撃を解き放つことで逃れた。曲がりなりにも勇者、うろたえているとはいえ戦闘を継続石る余力は残しているようだ。



「ぐっ!! 人間ごときが小癪な真似を……!!」

「人間如きだぁ? 半分人間の血が混ざっているてめえらがのたまえる台詞じゃねえだろうが……」



 遂にノワールは人狼達への攻撃を開始した。怒り狂っているのか、かなり強めの魔法を人狼達に当てていく。



 だがこれはチャンスだ。当然、これまで人間を操っていた分の魔力を、そちらに割くことになるので――



「――覚悟しろ!! ノワール!!」

「がはっ……!!」



 ベルナデッタが解放される。彼女は颯爽と現れ、ノワールの右肩に斬りかかった。


 傷口から血が噴き出していく――奴に一矢報いてやったのだ。




「シュヴァルツ! ……シュヴァルツ!!」

「名前を呼ぶだけなら後にしろ。まだ目の前に奴はいる!」



 俺とベルナデッタは階段の下に並び立つ。そして揃ってノワールを見上げた。


 奴に襲いかかった人狼達は、傷こそ与えられたが、尽き果ててしまい放り投げられてしまっていた。それでもまだ息はあるのだから、相当な耐久力だ。



「ここで会ったが百年目……黒竜王ノワール、今日が貴様の最期だ!」

「なんて古臭い前口上……! 実際口にする奴、君ぐらいなもんだよ!!」



 俺は一気に階段を駆け上がり、剣を持って斬り上がる。狙いはノワールの竜翼だ。



 正面から肉体に攻撃を仕掛けたところで、どうせガードされるだろうから、それがしにくそうな場所を狙ったのだ。結果、竜翼に剣を突き立てることができた。



「ぐっ……てめえ!!」

「肉体の面積が広いというのも困りものだな? 我に攻撃してくれと懇願しているようなものだ!」



 恐らく人狼を相手にした分、ダメージが蓄積しているのだろう。ノワールは俺の速度に追い付けず、一撃を喰らった形だった。



 ――だがそれも最初だけ。二撃目からは身体が温まってきたのか、俺の攻撃を易々と腕でいなしていく。



「ぬぐっ!! 貴様……!!」

「ぎゃはは、今度はこっちの番だ!! 言っただろ、甘く見すぎなんだよ!!」



 翼を攻撃したら空を飛べなくなるかと思ったが、そんなことはなかった……! ノワールは天井ギリギリにまで飛び上がり、そこから魔法を繰り出し続けている。



 さっきの様子を見るに、現状では翼を剣で貫くのが、最も奴の体力を削れる方法だろう。だから距離を離されるのは辛い!


 一々何かの方法を使って、奴を地面近くにまで引きずり降ろさないといけない――それができたところで、すぐに攻撃できなければ意味がない。既に何度かスカしてしまっている。



 人狼を相手にした上で、魔王シュヴァルツにここまで張り合うのか。こいつの力はどれだけあるんだ……!?




「シュヴァルツ!! 私も加勢に――っ!!」


「ベルナデッタァァァ……お前はこっちだぁぁぁ……決着をつけるぞ……!!!」



 階段の上で戦っている最中、ベルナデッタの声が聞こえた。彼女は階段下から声を張り上げている。



 俺が彼女の声に気づき、視線を向けた直後。フリードが力を振り絞り、彼女を一方的に剣で斬りつけていた――



「ベルナデッタ……!! あの畜生が、許さぬ!!」

「――へえ! 今僕への攻撃チャンスだったのに! そっちを優先するんだ……!!」



 そうだ、俺が気づいたのはノワールを地面に降ろした後。剣を振る余裕もあったが、ベルナデッタがピンチなのに放っておくわけにはいかないんだ。



 フリード及びノワールをぶちのめす計画は、ベルナデッタの幸せの為に考案したもの。その本人に死なれてもらったら、意味がなくなってしまう――原作の最後と何一つ変わらない!!




「あはははははっ!! 今ので確信した!! シュヴァルツ、君はもう『最強の』魔王じゃないんだよ!!」


「だって今明確に弱点ができてしまったからなぁ!! 今までの君だったら、問答無用で僕を倒していただろうに!! 変に『夫婦』なんてやるからそうなるんだ!!」



 ベルナデッタの間に入り込み、フリードとの戦闘を始めた俺に、ノワールは煽るような言葉を投げつけてくる。



「もう最強の座は僕が頂いたよ。だって僕には君のように、優先しないといけない存在なんていない。一人の僕はいつだって最適解を選べるんだ! そこが君と僕との違いだ、シュヴァルツ――!!」



 次の瞬間、広間全体の空気の流れが変わる。窓ガラスも全て割れていった。



 ノワールが翼をはためかせたのだろう――そして次は、フリードの肉体がドス黒いオーラに包まれる。




「ノワール――待て!! 貴様逃げるつもりか!!」

「そうだよ、一時撤退するんだ。万全の態勢を整えてから君を殺してやる、ベルナデッタ。当然シュヴァルツもな!!」

「……っ!!」



 俺はノワールを追いたい気持ちでいっぱいだった――が、フリードの存在が邪魔だった。ここで俺が離れてしまえば、間違いなく奴はベルナデッタを襲う。



「さあフリード!! 最強に最も近い勇者よ!! 今僕が与えられる分の力は、全部君に与えてやった――それで目の前の二人を殺せ」

「う……ぐ……おおおおおおお……!!」



 フリードからは、ベルナデッタよりも禍々しい魔力が感じ取れる。きっと奴の方が圧倒するだろう。そんなことにはさせない――!!



「さらばだ、愚かな人間と傲慢な魔王。いずれその首は、この黒竜王ノワールが叩き潰してやる」





 翼がはためく音がどんどん遠くなっていく。俺はノワールを逃がしてしまったことへの悔しさを、フリードに対する警戒心に変える。


 隣にいたベルナデッタは、突然地面に座り込んでしまった。もうこれ以上の戦闘は不可能だろう。



「……シュヴァルツ。私、身体が……」

「ノワールに操られていたからな。その負荷が強かったのだろう。案ずるな、奴は我が対処する」

「でも……あいつの魔力は、私を超えてしまっている……どうやって……」



「どうやるも何も、今に終わりそうだぞ」

「え……?」




 俺は剣を構えていたのだが、フリードは一向に襲ってくる気配がない。何もしてこないのに、奴が放つ魔力の圧が凄くて、それで気絶しないように張り詰める方が大変だった。




「――最期に何か言う言葉はあるか」

「最期だぁ? へへっへへへっ、笑わせんじゃねえ……!!」



 フリードはにやりと笑ってみせる。だがその肉体は徐々に崩れ落ちていき、残った部分も竜鱗に飲み込まれていた。



「おっ、おおっ、俺は最強の勇者になるんだあああ……ベルナデッタを殺してえええ……ノワールの力でえええ……!!!」

「そのノワールは、今貴様を見捨てて逃亡を図ったのだぞ。理解しているのか」



「冗談で心を乱そうなんて、小癪な真似を……ノワールはベルナデッタよりも、俺の方を信頼してくれたんだ……!!! だからこんなにも力をおおおおお……おっ」

「……」



 俺に襲いかかろうとしたフリード。しかし剣を掲げたその直後、言葉を失い肉体派崩れ去った。


 冒険者の名誉である称号『勇者』。それを手にしてもなお、名誉欲に駆られた男の、呆気ない幕切れだった。

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