第17話 推しヒロインを信じる

「――ノワール!! 貴様、貴様という奴は――!!」



 見つかってしまったならもう隠れる必要はない。俺はローブを脱ぎ捨て、剣を構えて戦闘態勢に入る。



「人間を操るなぞ、なんて非道……ぐわっ!!」

「シュヴァルツ!! に、逃げ……あああああああっ!!」


「口を開くんじゃねえクソ女。君は一生口を閉じて、僕の操り人形やってりゃいいんだよ」

「……!! ――!!!」



 人間だけが相手ならまだしも、今はベルナデッタも実質敵と言っていい状況。ノワールが彼女を支配し無理矢理敵対させているのだ。



「言っただろうシュヴァルツ? 僕がその気になれば、『夫婦』とかいう吐き気がするような関係性なんて、こんなにも容易く壊せるんだよ。僕を甘く見すぎなんだよクソッタレが」

「がはっ……!!」



「お、おいノワール!! まさかベルナデッタと一緒にシュヴァルツを殺せって言うのか!? 俺はこいつを殺したいんだが!?」

「あーうるっせえ黙れ!! 事が済んだら好きなだけ殺させてやる!! 僕に口答えするな!!」

「ぐおおおおお!!!」



 あれだけ余裕そうに見えたフリードも、すっかりノワールに操られてしまっている。



 確かに俺はノワールを見くびっていた所はあったのかもしれない――が。



「ふんっ!! くっ、ははは……!! どうした、これが貴様等の実力か!!」



 勝手に口を突いて出てきた台詞。どうやらこの程度ならまだ余裕を持てると、シュヴァルツの経験は考えているらしい。


 ならば俺もそれを信じてやるしかない――が、こんな大人数を相手にするなんて、流石に前代未聞。少しでもイレギュラーがあったら、本当に死ぬのは間違いない。



 なんてったって、実質的にノワールを相手にしているようなものだからな。ぶちのめすと言っても、タイマンを想定していたものだから、ますます異常事態に拍車がかかる。




「い、いやだあああ……!! もうやめてくれえええ……!!」

「フリードさん、助けて、助けて……!!」



 例によって冒険者達は、戦っている最中に肉体が自壊していくので、こちらが何かしなくても数を減らしていく。だが問題なのはその数が多すぎることだった。



「止まれ!! 何をしている!? この迎賓館で暴れ回るようなら、容赦は……!?」


「ああ、新たな人間か! ちょうどいいや、君達も利用してやるよ!」

「あああああああっ……!!」



 こんな感じで、騒ぎを聞きつけた自警団や他の冒険者が次々とやってきて、減る量より増える量の方が多いのだ。



 そしていくら攻撃力が皆無であっても、複数人で寄ってたかられて、行動を制限されるのが一番きつい。少しでも動きを止めるものなら――



「――っ!! ああっ!!」

「ぬうんっ!! 今のは肝が冷えたぞ、ベルナデッタ……!!」



 人間最強と名高い『黒き竜の聖女』、ベルナデッタの一撃が襲ってくる。本当ならば魔王シュヴァルツは、ベルナデッタとの戦いの果てに死ぬはずだったんだ。



 だからこの場においても、ベルナデッタからの攻撃を喰らえば、死ぬ可能性がある――




「おいシュヴァルツ! 命乞いでもしてみろよ。そうしたら君の命だけは助けてやる。ベルナデッタは貰っていくけどね」

「ふん、交渉の仕方が下手だな……そんな条件で乗るわけがないだろう」



 ノワールは余程暇なのか、階段の上から俺に話しかけてくる。集中力が乱されるので正直邪魔、というか奴自身それを狙ってやっているのだろう。



「シュ、シュヴァルツ……私を置いて、早く……っ!!!」

「さっきから何なんだよ!! くそっ、命令して口を閉じさせているはずなのに!! 何で効かないんだ!?」



「……!! 危ないっ!!」

「くっ、貴様……!!」



 ベルナデッタは素早く動き、俺の寸前に迫っていた人間を押し飛ばした。


 かと思うとすぐに俺に剣を向け斬りかかってくる。俺は少し身体に無理を言わせる形で、それを回避した。



「ははは、礼を言うぞ! たとえノワールに支配されようとも、我に対して忠義を尽くそうとする様! 賞賛に値する!」

「ば、馬鹿なこと、言うな……」



 ベルナデッタは苦しみながらも、、何とかノワールの支配に抵抗しようとしている。ノワールが慌てているということは、想定外の何かがあるってことだ。



 俺が与えた指輪――魔力が影響を与えているってことだな! やっぱり魔王シュヴァルツは最強よ! 最強に不可能はないのだ――!!




「聞け、ベルナデッタ! 『夫』は如何なる時でも『妻』を守るのが役目だ! 我はそれを忠実に実行するのみ!」

「こ、この状況で、どうやって……っ!!」



 ベルナデッタの目に涙が浮かんでいく。彼女はここから挽回する方法がないと思っている。もはや俺を殺すしか選択肢がないと思っている。



 そうだな、俺も死ぬしかないと考えていただろう――ここが『ブラッディ・アポカリプス』という作品の世界で、俺がそれの熱心な読者でなかったらな。



(一か八か、賭けてみるしかねえ……!)




 俺は覚悟を決め、飛び上がる。そして冒険者達の頭を踏みつけ移動していく。


 行き先は広間の向こう側。厨房や応接室が並ぶ廊下だ。



「は? いや君さあ、それはどういう理屈での行動なの?」


「……!? ま、まずいそっちには……!!」

「んだよフリード、何かあるのか? そしてあいつは、それを見越して行動したのか? だとしたら食い止めないとなぁ――」



「ぐっ……おおおおおおおっ!!!」



 ノワールは俺の動きに気づいたようだ。すぐにフリードを操り、俺の行く先に立ち塞がらせる――



「――させないっ!!」

「ぬぐっ!? ベ、ベルナデッタァァァ……!!!」



 フリードが立ち塞がった直後、ベルナデッタが彼に斬りかかる。そして攻撃から俺を守ってくれた。




「行けっ!!! 何を考えているのかっ、わからないが!!! 何かあるなら、やれ!!!」


「――感謝する!! 貴様の働き、決して無駄にはせん――!!」




 ベルナデッタを心配する気持ちを振り切り、俺は走り出す。程なくして目的地の廊下に到着した。



(何番目の部屋だったか――いや、考えている時間はない!!)



 背後から多数の人間の気配を感じる。ベルナデッタがそれに飲まれている可能性に思い至ると、心臓の鼓動が早まった。



(地下にいるのはわかっているんだ、だったら適当に……!!)




「うおおおおおおっ……はあっ!!!」



 俺は魔力を手に集め、巨大な弾を作る。そしてそれを地面に叩きつけた。



 衝撃で床は崩れ俺の身体も地に落ちていく。どこまでも穴が続くと思われたが、数秒程度で落下は止まった。




「きゃあっ!? い、一体どうなっているの!?」

「上が騒がしいと思ったら、とうとう床まで抜けちゃった!? 私達どうなってしまうの!?」

「あら……? そのお姿、もしかして魔王シュヴァルツ様じゃないの……!?」



 動揺する女性達の声が聞こえる。ビンゴだ。




「ふん、誰が言ったか知らぬが、その通りだ。我は『黒き翼』シュヴァルツ。時間がないので簡単に説明する――」



 女性達は全員、鍵のかかった牢屋に閉じ込められていた。もちろん俺は柵を壊し、次々と彼女達を解き放っていく。



 そして彼女達には揃って、狼の耳と尻尾と爪が生えている――『人狼』ってやつだ。作中では、シュヴァルツですら冷や汗をかくような、とんでもなく強い存在として知られている。



「上に『黒竜王』が襲来している。貴様等を弄ぼうとした人間と共に、我を殺そうとしているのだ!」


「我に恩義を感じるならば、加勢せよ! 不埒な人間共を殲滅するのだ――!」



 俺の号令に対し、女性達は歓喜と遠吠えを上げ、次々と壁を這い上がっていく。

 

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