第16話 推しヒロインとパーティ潜入
外れにあると言われた通り、迎賓館はゼーゲンの中心部から離れた場所にあった。人が住んでいる様子もないので、声上げて騒ぎ放題だなとか思ってしまった。
距離は歩いて1時間程。普通は馬車を使っていくらしく、何度か出入りするのを見かけた。俺達はそんな馬車を横目に、歩いて向かっている。
「ぐぬぬ、転移魔法陣……転移魔法陣が使えれば……」
「二度も同じことを言わせるな。人間の町で急に魔法を使ったら、怪しまれること間違いなしだ」
「ふん、所詮は魔法に慣れていない下等種族よ……貴様等が魔法に慣れていれさえすれば、このようなことには……」
「ここぞとばかりに人間を罵倒するな」
俺は最初転移魔法陣を使おうとしていたのだが、今指摘された理由を元に、ベルナデッタに反対されてしまった。まあ変なプライドが邪魔してはいるが、ごもっともである。
シュヴァルツも正体をひけ散らかしてごり押すタイプのキャラだもんな……潜入という行為に慣れていないと思われる。そもそも一応物語の黒幕であるのに、こそこそしていたらダサいし。
「というか、転移魔法陣が使えないことの何が不満だ? 別に疲れたら回復魔法を使えばいいだけのことだろう」
「時間が惜しいのだよ、時間が。我は一刻も早くフリードを痛めつけたいと言うのに、まどろっこしいわ」
「まあ一理ある……が、早く行きすぎてフリードがいなかったらどうするんだ。一応パーティは今夜の予定なんだし」
「……それもそうか。ある程度時間を合わせてやっていると思うのも悪くない」
「本当にその可能性を考慮してなかったのか……」
「変装せずに町に向かおうとしていた貴様に言われたくないわ」
憎まれ口が次から次へと飛び出してくるのは、やはり主人公とラスボスという関係の宿命からか。何にせよ話をし続けていたおかげで、あまり疲労を感じることなく迎賓館に到着した。
「ここが迎賓館か……随分がらんどうとしているな」
「普段は使われないし、今は準備中だろうからな。変に音を立てようものならバレるぞ」
「隠密の魔法を使っておくか……ふむ」
俺は迎賓館をじっと見上げる。というのもどこかで見たことある建物だったからだ。
……いや、確実に見たことがある。作中において、迎賓館が出てくるエピソードがあったんだ。ベルナデッタに成敗される人間の悪い役人が、ここで……
「おい、何か考えている途中悪いが。誰か来るぞ、隠れた方がいい」
「ならばこの周辺の森を利用させてもらうとしよう」
俺とベルナデッタは茂みの陰に隠れる。同時に魔法を使って気配を遮断するのも忘れない。
「あれは……見てくれを判断するに、パーティにやってきた冒険者か。客がこの時間から来るとは、考えられない事態だな」
「それほどフリードに会いたいということだろう。奴は冒険者界隈において有名人だ。人望もかなりある」
「人望か……確かに人間は強者に媚びへつらう傾向があるからな」
冒険者達が玄関までやってくると、扉が開く。その先にはフリードに加えて奴がいた。
「っ! ノワール……!」
「ふん、意外と早く姿を見せたな。いないという可能性も考慮していたが、やはり……」
俺とベルナデッタは息を潜めて窓際まで移動する。そしてこっそり中を覗き込んだ。
「いや~お前ら、よく来てくれたな! おっ何だ何だ? これはスイーツか?」
「快気祝いってやつですよ。フリードさん、あんなに死にそうな怪我していたのに、元気になって何よりです」
冒険者の一人がフリードに箱を渡す。快気祝いとか言っているがその通りなのだろう。
だがそんな人間同士のやりとりを、ノワールは退屈そうに眺めていた。そして鋭い眼光を飛ばす。
「……君ら真っ先にフリードに媚びるじゃん。僕のことはスルーかよ。あ゛?」
「ひっ、すみません……」
「……普段だった僕は君の首を飛ばしていた。だが今はちょっと特別だからね、我慢してあげるよ。感謝しろ下等種族」
「ひっ……!! フリードさん、一体この人は……!!」
「かの高名な魔族『黒竜王』その人だよ。訳あって俺と手を組んでんだ」
「こ、黒竜王……!? 人前には決して姿を見せないはずじゃ……!?」
「人間の常識ではそうなんだろうね。だけど僕は魔族、それも世界に僅かしかいない上位魔族だ。人間よりも優れている存在を、人間の常識で括ろうとするな」
言葉の節々から傲慢さが感じ取れる発言。その後ノワールはフリード達から離れ、階段を上っていく。そして一番上から全てを見下した。
「おっ、何だ他にも続々来るねえ。流石フリード、最強の勇者だ」
「そうだ、俺は最強の勇者……最強ではあるが、それは『勇者』という称号を持つ者の中だけにすぎない」
「自分の実力を把握しているのはいいことだよ。そうだねえ、上には上がいる。具体的にはベルナデッタとかいう化物だ」
ノワールが言った通り、迎賓館には次から次へと冒険者がやってきている。単純にフリードを慕っている者もいれば、力が欲しいかという誘いに乗ってきた者もいるのだろう。
だからと言ってまだ夜にもなっていないのに、広間が埋め尽くされる程来るとは思わなかった。一層警戒心を強めて、俺達は偵察を続ける。
「……まだ夜じゃねえのに来すぎだろ。人間って日中は忙しいんじゃねえの」
「忙しさを蹴るだけの価値があるってことだ。ノワール、お前に力を貰えるんだからな」
「少しばかり僕の力を受け入れられてるってだけで調子乗んなよカスが……」
ノワールは呼び捨てが気に入らなかったのか、フリードを睨みつける。しかしフリードはそれに動揺することなく、平然としていた。こういう胆力はやはり勇者と言うべきか。
「ま、フリードの顔馴染みは置いておいてさ。それ以外は力が欲しいってことだろ。その理由は何?」
「俺と同じのがほとんどじゃないか? 『黒き竜の聖女』ベルナデッタは魔族側に付いた。どうあがいても手に入れられなかった人間最強という名誉、俺を含めて今は誰もそれを手にしていない状態だ」
「ふーん……逆に言うと、そう考えている奴は皆、ベルナデッタが目障りだったわけだ」
背筋が凍るような、おぞましい嗤みを浮かべるノワール。俺の眉間には皺が寄った。
「ぎゃははははは……!! あいつ、僕と契約して力を得て、それで散々人間に尽くしてきたのに……!! その人間からも見捨てられようとしていたわけだ……!!」
「人間は脆弱だから、力を求めたがる!! でも力を求め続けると、周囲から反感を買って殺されるのか……!! 矛盾だらけで一貫性のない生物、これだから人間はくだらなくて面白いんだよなあ!!」
集まった冒険者達の間に動揺が走る。ベルナデッタとノワールが契約していたという事実を、初めて知ったからだろう。
フリードも驚いて目を丸くしていた。奴からすると、曲がりなりにも好意を寄せていた相手が、シュヴァルツ以外にも別の男と関係性を持っていたことになる。
「な、何だと……? ベルナデッタの異常な力は、お前由来のものだったってことか……!?」
「そうだよ。っていうか薄々予想ついてただろ。僕は『黒竜王』であいつの身体には黒い竜鱗が浮かんでいる。まあ黒い竜なんて他にもちらほらいるけどさあ~?」
ノワールはフリードの腕を引っ張る。そして奴の腕に生えていた鱗を、爪でガリガリと削り始めた。
「ぐああああああっ!! ああっ!!」
「最も美しい漆黒を持つ竜は僕だけだ。なのに君は一体何なの? 僕から黒を授かったのに、この濁った黒!! つまり君の身体は、僕の力を授かるに値しないってことだ!!」
そしてフリードを、冒険者達の中に向かって放り投げた。迎賓館は息が詰まるような魔力に包まれ、威圧感から気絶する者も出てくる。
「やっぱり僕の運命の相手はベルナデッタだけだ。彼女さえいれば、他の人間は全部殺してやってもいい――んだけど、今はそうは言っていられない事態でね? シュヴァルツのクソ野郎をぶちのめすのに、どうしても力が足りないんだよ」
「それでいて、人間共はシュヴァルツを討伐したいんだろう? そうすれば人間社会は平和になるからなぁ!! 利害が一致しているから、僕が力を貸してやろうとそういう魂胆だ!! 有難く思え!!」
ノワールは腕を冒険者達に向け、そこから衝撃波を発する。しかしそれは攻撃ではなかった。
衝撃波を浴びた人間達の肉体には、鱗や角や尻尾が発現する――奴から力を授かったのだ。
「ぐ、ぐおおおおおっ……!!」
「耐えられない? 違うよな、今にも暴れたくて堪らないんだよなあ!? だったらちょうどいい相手がいる!!」
「……ああっ!! ぐっ、あああああああ……っ!!」
ノワールが叫んだ瞬間、ベルナデッタが羽織っていたローブが弾け飛び、彼女の姿が露わになる。黒いオーラに包まれた彼女は、何かに抵抗するように苦しみ出した。
さらに俺達が近づいて観察を続けていた壁が、一気に消し飛んだ。苦しむベルナデッタは元より、まさかの事態に動揺する俺も見つかって――
「人間共、あれを見ろ!! 衣で姿を隠しているが、あれが『黒き翼』シュヴァルツだ!! あらゆる魔族の頂点に立っていると思い込んでいる自惚れ野郎!!」
「君達に力を与えた『黒竜王』の命令だ――奴を殺せ!!」
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