第15話 推しヒロインはパフェがお好き

 というわけでベルナデッタに案内され、俺は冒険者ギルドに到着した。路地裏から出ることにはなったが、中に入ると外からの音が一気に遮断される。



「ほう、ここが冒険者ギルドとやらか……中々強そうな見かけの者が集っているな」

「ゼーゲンの町の冒険者ギルドには強豪が集っている。フリューゲル城に近いこともあって、魔物討伐の依頼が頻繁に出ているんだ」

「ふむ……我の頭を悩ませていた人間共は、ここを拠点にしていたのか」



 配下の魔物がちょくちょく討伐されていたので、シュヴァルツとしても結構問題だったらしい。対処したとしても新たな人間は出てくるし、そもそも頭が回るので倒すのも困難だったようだ。


 だとすると敵に回すのはなるべく避けたいところだな……現時点では。今はフリードの討伐を優先したいし、討伐したら影響が出て弱体化するかもしれん。



 そんなことも考えつつ、俺とベルナデッタはこそこそ動き回って、食事を取る席に座る。すぐにマスターと思われる人物が声をかけてきた。



「いらっしゃい……何にしますか」

「何もいらん。それより話を聞きたいのだが」

「金を払わない奴にする話なんてありませんね」

「む……」



 シュヴァルツの人格は苛立ちを募らせているが、俺の理性で納得させ落ち着かせる。まあ相手も商売だもんな。俺だって同じように話を持ちかけるだろう。


 だがしかし、ここで金を払うということは、食事をするということ。魔族は食事を取らないのでちょっと厄介だ。



 一体何を注文するのがいいか……と思っていたら隣が颯爽と動く。



「貴様はこれでいいか? フライドポテト」

「ん? まあ何でも構わないが……」

「よし。ではポテトに加えて、ベリーベリーパフェ特盛一つ。ソースホイップ増量で」

「あいよ。そっちのお嬢さんはわかってんねえ、へへっ……」



 流れるように注文するベルナデッタ。あまりにも見事な流れだったので、とんでもないものを注文されたことを受け入れそうになった。



「おい……貴様が頼んだものはどれだ。絵がたくさんあるのだが」

「これだぞこれ、パフェだ。赤と白のコントラストが美しいだろう?」

「ああ……ってなんだこの巨大なのは。これが運ばれてくるのか?」



 急いでメニュー表を見て会話をする。そこにあったパフェを指差し、ベルナデッタはとても嬉しそうに話す。


 パフェの絵には『原寸大』と注訳があった。その原寸大の絵ときたら、15センチぐらいはある。頭飛び越えるんじゃないかこれ。



「いいかシュヴァルツ、パフェとは至高の料理だ。このグラスの中にソースもホイップも、フレークもアイスもフルーツもたっぷり詰め込まれている。これを一度に味わえるんだぞ。この世のどんな秘宝よりも価値がある」



「……貴様がパフェとやらが好きなのはよく理解できた」

「まあそれを理解できたのならいい。わかっているな?」

「城に帰ったら作れということか……まあ、検討はしておこう」

「やったあ! ……はっ、何でもないぞ」


「……」

「だから、にやけ面をするな! 私は食べるのに集中する!」

「む、来たか。そしてこれがフライドポテト……」



 話をしていたら頼んだメニューが到着。予想通り頭を飛び越す寸前の高さのパフェを、ベルナデッタは早速食べる。パフェのせいでここに来た目的を忘れていそうだ。




「おおっ、早速いい食べっぷりだ。やっぱり年頃の娘はこうじゃなくっちゃねえ」

「彼女を甘く見るものなら泣くぞ。わ……私とて何度か泣かされてきたからな」

「へえ、お二人さん結構長いんですかい。ふふふ……」



 できる範囲で魔族であることをごまかしながら、マスターと話をする。ここは俺が引っ張っていかないと情報を聞き出せないな、頑張ろう。



「まあそんなことより、お客さんお金を払ってもらいましょうか」

「金だと? 金……よし、これでどうだ。釣りはいらないぞ」

「ぶっ!?」



 俺は金貨を5枚程握らせる。これは城を発つ際に、適当に持ってきたもの。シュヴァルツは人間と食材の取引をしているので、金もある程度は持っているのだ。


 最悪宝物庫に宝がたくさん眠っているわけだし、金を払いまくること自体は造作もない。というか、今ここでケチって情報を得られない方が問題だ。



「お、お客さぁん……一体何をご所望で? ここにはたくさんの噂が出入りしてますから、何だってお答えできますよ?」

「勇者フリードについての情報を知りたい。奴は今どこにいる?」



 今後必要になる情報をピンポイントで尋ねる。マスターは手をこねながら教えてくれた。



「フリード様ならこの間、ここに入られてパーティの開催を宣言して参りましたよ。町の外れにある迎賓館で開催するようです」

「何? パーティだと……呑気なものだな」

「再び『黒き翼』に攻め込むから、その景気づけと言ってましたねえ。所々包帯巻いていたのが気になりましたけど……」

「ふむ……」



 つまりまだ怪我をしているってことか。にも関わらず景気づけをやるってことは、治る見込みがあるんだろう。



「まだ名を挙げていない冒険者に向かって、力が欲しいかって話しかけているのも見ましたねえ……ここ最近フリード様からは、底知れない力を感じておりますが。それと関係してるんですかね」

「……どうだがな。奴の考えていることはわからん」



 適当にはぐらかしたが、ノワールが関わっていることには間違いない。こうやって人を集めて、奴は強化を施しているのか。



「そのパーティはいつ開かれる予定だ?」

「ええと、聞いた日付がこの日……あ、今日ですね。今日の夜に開かれる予定です」

「そうか。情報提供感謝する。もう行っていいぞ」

「かしこましました。どうぞあとはごゆっくり……へっへっへ」



 マスターは握らせられた金貨を撫でながら、別の客への対応に向かっていく。俺は今夜という情報を聞いて、胸が高鳴っていた。


 ノワールが自分の手駒を増やすためにフリードを利用しているのなら、今回のパーティにも奴はいるはずだ。つまり、ノワールをぶちのめすチャンスが早々に到来したということ――




「む? 急に立ち上がって、もう行くのか貴様。まだポテトに一つも手をつけていないじゃないか。もったいないぞ、食べていけ」

「ん? ああ、そうだな……少し食べていくとしよう」



 パフェを食べるのに夢中で、完全に蚊帳の外だったベルナデッタ。俺にポテトを食べるように促してきたが、まだ自分のパフェを食べ終わっていないから待っててほしいという気持ちが感じ取れた。



「僅か数分の会話だったと思うのだが、結構なスピードだな……」

「美味しくって手が止まらなかったんだよ。ふー……ごちそうさま!」



 ベルナデッタはパフェを平らげた。その笑顔はとても満足感に満ちている。



「さあ、これで元気が出たぞ。フリードの情報は手に入れられたのか?」

「ああ、しっかりとな。今夜南の迎賓館とやらに出没する予定だそうだが、これについて何か知っているか?」


「迎賓館は、町の役人達が外からの人間を受け入れるのに使う施設だ。だが金を積めば冒険者でも貸し切りにできる。普段は使わない機会が多いから、何とか金を巻き上げようとしているらしい」

「そういうことか……」



 現代で言う所のイベントホールとか、公民館みたいなもんか。大それた名前の割にやっていることは結構普通だな。


 いや待てよ……南の迎賓館? 確かここって作中に出てきていたんじゃないか? ベルナデッタ自身が立ち寄ったわけではないが、存在自体は開示されている。



「シュヴァルツ? どうした、考え込んで」

「……いや。何でもそこでパーティを開くそうだが、それにノワールが姿を見せる可能性を考えていた」


「何だと……奴め、何が目的だ?」

「概ね、自分の手駒を増やそうとしているのだろう。だがあくまでも可能性にすぎん。実際行ってみないことには何もわからないな」



 俺はポテトを気休め程度につまみながら、ベルナデッタに今後の予定を話す。



「今夜とは言っていたが、前もって向かうとしよう。隙を見つけ次第、早々にフリードを始末するぞ」

「ああ、私もその方がいいと思っていた。夜まで悠長に待っていられん」

「ふん、血気盛んなことだな。一向に構わないが無茶はするなよ」



 今度こそフリードを、推しヒロインを利用することしか考えていなかったクズ勇者を仕留める。俺は改めて覚悟を決めるのだった。

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