第14話 推しヒロインと人間の町へ

 というわけで作戦決行だ。まずは『ゼーゲン』という都市に移動しなければならない。


 そこは人間の居住域の中で、もっとも魔族の土地に近い町。冒険者が魔族に攻め入る際の最終拠点と言ったところだ。作中で大怪我を負ったフリードも、この町で療養をしていた。



 ゼーゲンは多くの冒険者が出入りしている分栄えており、医療設備も最先端のものが揃っている。だからフリードはここに戻って治療を受けているだろう。居場所がわかるうちに叩こうという魂胆だ。



 しかしいくら魔族の土地に近いとはいえ、フリューゲル城より数日程度かかる距離だ。よって移動についてもそれなりに準備をしていかない。そう、人間や普通の魔族ならな。




「よし、これで完成だ。『黒き翼』渾身の転移魔法陣よ」

「何という漆黒……これで本当にゼーゲンに行けるのか……?」



 俺は最強の魔王シュヴァルツ。最強は魔力をちゃっちゃと練って、一瞬で転移できる魔法を編み出すことも可能なのだ。


 これならば日帰りで討伐を達成することも可能かもしれない。早いに越したことはないし、効率は大切だ。フリードに少しでも回復されたらまずいからな。



「何だ、疑っているのかベルナデッタ。我が出入りを繰り返し、実演もしただろう」

「それはそれとして、一瞬で行けるという実感が沸かなくてな……」



 大丈夫だベルナデッタ、俺も沸いてないから。動作確認は一応したけど、それでも実感が沸いていない。ファンタジー世界の魔法すげえよ本当に。



「だが、これを通らない理由がないんだよな。一瞬で到着するんだし」

「一刻も早く奴の面に一発撃ち込みたい故、時間は一秒たりとも惜しい。もし恐ろしいなら手を繋いでやってもいいが?」

「いらない。そもそも怖がっているわけではない」



 一応二人同時に入れる大きさにはしたので、手を繋いで入ることも可能ではあるが。本人が乗り気じゃないなら仕方ないな。



「それはそれとして、緊張するな……先に進めば後戻りはできないんだ」

「我等が帰還する時は、フリードの首を打ち取った時よ。では行くぞ」

「ああ……」



 俺とベルナデッタは同じタイミングで足を踏み入れる。視界はみるみるうちに光に包まれていき――





 十秒ぐらい経った後、フリューゲル城は周囲から消え失せ、代わりに緑豊かな一面の平原が目に入る。



「ああ、本当に来れた……! ん、でも町に直接出るわけじゃないんだな。それもそうだよな」

「貴様はわかっているだろうが、直接出たらまずそれ関連で自警団に拘束されるぞ。そこから我等の正体がバレてしまうかもしれん」



 俺は目をこらして平原を見回す。すると平原の真ん中に、巨大な城壁を発見した。恐らくあれがゼーゲンだろう。



「歩いて数分で到達するな。改めて、準備はいいか?」

「もちろ……わわっ! う、動けない!」

「くくく……動けないか、そうか。いいだろう、我が助けてやる」



 俺とベルナデッタの服装は、全身をすっぽり覆えるフード付きローブ。素性を隠すにはもってこい、潜入にはうってつけの一品だ。それに俺が魔法を付与して、魔力も隠せるように仕込んである。



 そして今、ベルナデッタが一歩歩こうとしたら、そのフードに枝が引っかかってしまった。彼女はそれに引っ張られるのを『動けない』と言ったというわけ。すごくフードに慣れていない感じで正直とても可愛かった。



「た、助かった……フードとは大変な服なんだな」

「確かに大変ではあるが、それは首が重くなるという理由でだ。物が引っかかるから大変というのは、聞いたことがないな?」


「にやけ面をやめろ……殴り飛ばされたいか」

「これが面白くないわけないだろう。人間なのに服に慣れていないなど……くっくっく」

「くぅ……いつか貴様にも恥をかかせて、存分に笑ってやるからな」



 ベルナデッタと軽口を叩き合いながら、俺は歩き出す。





 そして数分後、予測通りゼーゲンの町に到着した。正門から入った後、早速濃いものを見させられる。



「『裏切りの聖女ベルナデッタ』、か……」



 町のいたる所に号外が張り出され、ビラ配りも大勢いる。俺はその一人に押し付けられてしまった。


 当然ながらベルナデッタもそれを覗く。反射的にしかめ面をしたが、当然だよな。



「だ、誰がこんな話を広めたんだ……?」

「十中八九フリードだろう。『聖女ベルナデッタは魔族と婚姻し、人間に反旗を翻そうとしている』。こんな話ができるのは奴だけだ」



 人間の希望として、『聖女』という二つ名で知られるベルナデッタ。しかし彼女は魔王シュヴァルツに庇護されていたため、それが裏切りと捉えられたよう。


 きっとベルナデッタを追い詰めようとして、彼女を貶めるような言い方をしたんだろう。そして人間達は案の定、それに乗せられているというわけだ。




「心境はどうだ?」

「いや……私もあの状況ならば、裏切りだと思うだろう……詳しい話も聞いていないし……だが……」

「……」



 ベルナデッタの表情がどんどん曇っていく。彼女は広場の方を見つめていた。


 どうやらそこでは意見交換会が行われている様子。離れた距離だが、内容は耳に入ってきた――




「――だから私は嫌だったのよ! ベルナデッタを聖女と呼ぶのは! 昔助けてもらったことがあるんだけど、その態度の冷たいこと! 聖女って呼ばれてるんだから、もっと愛想よくしてほしかったわねー!」

「人間同士で仲良くできないなら、魔族に媚びるのも当然というお考えですな。そちらの御仁はどうです?」



「まあ、力に溺れてしまったと見るのが妥当ですな。あんな強い力を持っておいて、人助けを徹底するような聖人なわけがないんですよ。彼女はとことん自分の目的優先で、人間のことをゴミ当然だと思っていたのですよ」

「ふーむこれは新たな知見ですね! そちらのレディはいかがですか!」



「え? 私ですか? まあベルナデッタが人間をどう思っていたかなんて、どうでもいいですけど……フリード様の想いを無下にしたんでしょ? フリード様がどれだけ想っていたかも知らないくせに。正直言って死んでほしい」

「うーん、色々ありますが結局はそうですね! 人間を裏切ったのがとどめです! ベルナデッタにはもうこの際消えてほしいですねー!」




 広場から聞こえてくる無責任な意見の数々、それに賛同する声。


 本人じゃないのに胸糞が悪い。読者として知っているはずなのに、それでも吐き気がする。俺ですらこうなのだから、本人はもっと辛いはずだ。




「ベルナデッタよ、行くぞ。情報収集にいい施設はどこだ」

「えっ? あっ……!」



 残念ながら、これらの意見を失くすことはできない。人間の多くがベルナデッタに対して快く思っていないことは、作中で描写されてしまった事実なのだ。


 ならば俺にできることは、その意見から遠ざけてやること――俺はベルナデッタの右手を握り、路地裏に向かって歩き出した。




「いいか、手を繋ぐ理由は二つだ。一つはこの人混みの中、はぐれる可能性を減らせる。もう一つは我がいることを強く実感させる為だ」

「あなたが……いる……」



「……あの悪意ある意見の数々に対して、我の言葉はちっぽけだ。同じ影響力ならば数の多い方が勝る。ならば異なる方向から攻めてやるのは定石よ」

「……」



 どんどんと路地裏に進んでいき、悪意が視界から消えていった頃。ベルナデッタが泣く声が聞こえてきた。




「……シュヴァルツ。私は今とても辛い。だがそれと同じぐらい嬉しい」

「理由を聞いてもいいか?」


「……フリードと同じような人間が、たくさんいるのを知ってしまったから。でもシュヴァルツは慰めてくれたから」

「そうか。貴様が望むなら、一旦町から退避してもいいが……」



「いや、このまま続けよう。言ったはずだ、貴様といればやれるって。あの時は気がするだけだったが、今は本当に大丈夫だと胸を張れる」

「そうか……我と一緒にいることで、力が沸いてくるのだな?」


「ああ、その通りだ。その……手を繋いでもらえたことが、一番立ち直るきっかけになったと思う」

「ははは……町に入る前は嫌がっていたのに。不思議なことよ」



 俺はベルナデッタにとっての何かになれたようだ。お前は一人じゃない、少なくともお前を推しヒロインと感じて守ろうとしている奴がここにいるんだ。


 それを口にせずに、それとなく伝えるというのは困難だったが。どうやらそれも上手くいったようだ。




「さあ行くぞ、情報収集をするのだろう。それなら冒険者ギルドがおすすめだ。道は知っているから、案内するぞ!」

「待て、やる気を出すのはいいがあまりはしゃぐな。潜入任務であることを忘れるなよ」

「ああ、心の底から忘れていた! すまないな……ふふっ……」



 ベルナデッタは俺の手を引っ張り、先導して歩き出す。はりきる彼女は年相応の可愛らしさを秘めていた。

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