第9話 プロポーズ
元神父の手記より
11月2日
今日はルシオとバスに揺られて798芸術区とやらに行った。元々軍需工場だった場所にアトリエなんかが集まって、だだっ広い芸術的な場所になっているようだった。
日没後すぐにホテルを出たが時間が下がってしまうのでギャラリーなんかには殆ど入れなかったが、そこらじゅうにある作品を見て回るのは面白かった。
廃墟的な佇まいと奇妙な芸術作品に翻弄されつつ、これはどんな作品なんだろうか?なんて話しながら楽しんだけど、広すぎて全部見るのは無理だったから2人とも満足したあたりで再びバスに乗って、ホテルに近いバス停で降りて買い物をして帰った。
今日は各々好きなものを買って帰るスタイルにしたのでルシオが何を買ったのか知らなかった。部屋に戻るとルシオがニコニコしながらボトルを一本差し出してきた。
白酒だった。
「飲みたがってたでしょ?店員におすすめを聞いて買ってきたんだ。気に入ってくれるといいなあ」とルシオは笑った。
中国に来るのなら飲んでみたかったが、ここのメーカーのやつはアルコールが60度もある。
俺は過去にやらかしている。正直ここのところの事を考えると確実に“なにかやらかしてしてしまう”と思う。
少し疲れたからまた後日飲むよ、なんて言って今日は回避したが、これは、飲んで大丈夫なのか?
俺は、俺はどうしたい?酔ってめちゃくちゃにしてしまうって事は、心の奥ではルシオとねんごろになりたいのか?
ルシオがシャワーを浴びてる隙に男同士のセックスについてざっくりネットで調べてみた。……直腸かぁ〜〜。えぇ、尻の穴に?ちんちんが入るの?え?そんなに広がるの?摩訶不思議。
ルシオと入れ替わりでシャワーを浴びた。浴びてる途中で、あの、お尻を、穴を、よーーーく洗って、指先を当てがって、すこーし入れてみようとしたけど、なにあの、ギュンッッ!って、しまってて全然入る気配ないんだけど?ギュンッギュンだったけど?ケツからは拒絶の意志しか伝わってこなかった。
まあ、そりゃそうだわな。本来ケツの穴は出口専用の一方通行だからな。
……トレーニング方法とかあるんだろうか?
寝入るまでちょっと調べてみようかな。
………………俺は、これは、ルシオと寝れたら、好きって事なのかな。ただの性欲処理なのかな。
きちんと答えを返せていないのに、肉体関係を求めてる。
最低だ、俺。
だけど、これまで誰にも、女の人にも、こんな気持ちを抱いた事がなかった。
触っちゃいけないとこ触ったり触られたりしたい。あいつは俺に触れて、どんな声で喋るんだろうか。いつもひんやりしてる体は熱くなるんだろうか?旅の初めの頃に飛び入りした村の祭りの時のことを思い出した。赤くなった顔を覚えてる。あの時はそんな気もおきなかったが、今はその頬に触れてみたいと思ってる。
俺を、もしも俺を抱いたら、あいつ、どんな顔するんだろうか。きっと、あいつは、
やめよう、だめだ、よくない、だめ。
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吸血鬼の手記より
11月3日
人間の芸術作品をたくさん見られるところに行った。美術館のようなのではなくて、若い人間の作品ばかりの。
面白い!奇を衒ったようなのもあるけれど、型に捉われないのは見ていて面白い。
どうしても欲しいものがあったから、そこで買うのもいいかも知れないと思ったけれど、やっぱり質には拘りたくてやめた。
帰りしな、別行動してお互い好きなものを買おうとリヤンから提案があったから頷いた。
どうしても欲しいもの……指輪を買いたくて。
リヤンは“言い訳”をしろと言った。言い訳……というか、僕から彼に、リーゼロッテに伝えたいことは少ない。
これまでも、これからもずっと愛していること。その愛している相手がいないのなら、生きていたってどうしようもないということ。
後者はリヤンはきっといい顔をしないだろうけど、200年リーゼロッテを探し続けた僕の本心だ。
だから、そばにいて欲しい。それだけだ。
僕はきっと彼が思うような善人ではないから、重たい石のついた指輪で彼を縛り付けてしまおうと思う。
リヤンは、真面目で、まっすぐで、疑うということを知らない。
好意を向けられたら、きっとそれを無碍にできない。
……酷いことをしようとしているけど、彼が受け取ってくれたら、少しは悪い夢を見る回数が減る気がする。
嫌な考えで買おうとしているけど、質の悪いものを彼に贈るなんて絶対にできないから、きちんとした店のものを買った。
リヤンと別行動をしている日に少しずつ目星はつけていたけど、ああいった店はリヤンが眠った後は開いていないから。リヤンと過ごす時間が減るのが嫌で長居できなかった。
その時に目星をつけていたものを買った。刻印もきちんとしてもらった。
僕もリヤンも“L”から始まるから、イニシャルはやめた。
少し時間がかかってしまったのを誤魔化すのと下心で、リヤンが飲みたいと言っていた酒を一本買って帰った。
度数の強い奴。テキーラみたいに小さなグラスで煽るものらしい。
「疲れたから、また今度にする」と言われてしまった。
僕がうじうじしていたから疲れさせてしまったかな。明日は一日休んだ方がいいかな?
どちらにせよ、このホテルを出る日が近い。
この国を出るまでに、リヤンに指輪を渡す。
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元神父の手記より
11月5日
(ひどく踊った字で書かれている為、かろうじて読めるところを抜粋)
ルシオがゆびわをくれたから、 夜中に目が覚めて、しばらく眺めてた
んで、 その時わかんなくて、ルシオが指にはめてくれた。
すごくきらきら、きらめいてきれいだなっておもった。
もらったとき、驚いてルシオに これは言い訳じゃないじゃん、って言ったし、頭を抱えた。でもさ、これはたぶんルシオの決意なんだよなあ、おもいつめちゃったかな。おれが言い訳用意しろなんて言ったから、追いつめちゃったかな?
そのあと、酒を一緒に飲んで、少し触れ合って、おれは、
ゆびわは指から外した。
7日の日没後にホテルを出るよてい
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吸血鬼の手記より
11月6日
昨日、落ち着いた雰囲気の店で夕食を摂って、辺りを少し歩いて、人気の無いところでリヤンに指輪を渡した。
面食らった顔をして頭を抱えてしまった彼にどうしようかと思ったけど、箱を開けて中を改めて、親指から順に嵌めてみようとするから思わず取り上げて左手の薬指に嵌めた。
これは“言い訳”じゃないと言われたけど、そんなことは無い。僕が一生懸命考えて、それで出した“言い訳”だからと押し付けた。
渋々、と言った顔をしていたけれど、目元が少し柔らかくて、手を掲げて指輪を眺める目が。
リーゼロッテだ。彼女の、あの、珍しい色の鳥の羽根を拾った時の、夕方の一番星を見つけた時の、ボンボンを口の中で溶かしている時の目だ。
リーゼロッテを忘れた訳じゃない。けど、リーゼロッテだからリヤンを愛している訳じゃない。
まだ上手く言葉に出来ないけど。やっぱり自分に都合のいいことばかり考えてしまうけど。
200年前のリーゼロッテだった君と、リーゼロッテじゃないこれからのリヤンに。
僕の愛の全てを込めて。
「預かっておく」と言って、嵌めた指輪はそのままホテルに戻って、リヤンも間が持たなかったのかな、先日買った酒を開けた。
僕も照れ臭かったし、彼の細くて長い指に指輪があるのが嬉しくて、どうしようもなくはしゃいでしまいそうでそれを堪えるのに必死で、かなり飲ませてしまった。
ふにゃふにゃになってしまったリヤンが凭れかかってくるのを抱き締めて、キスをして、……舌を入れるやつをして、身体を触りあった。
まだ繋がってはいないけど、いけないところを触りあって、リヤンが眠るまで手と唇で身体中撫でた。
リヤンが眠った後は、しばらく寝顔を眺めていたけど自分でも彼に何をしてしまうかわからないから、寝室を出て彼の飲み残した酒を少し舐めた。
そろそろホテルを出る日が近いから、荷物を纏めておかなくちゃ、と思って荷物の整理で時間を潰して、朝、リヤンにおはようを言ったら、その指には何も嵌っていなかった。
理由を訊けない。
怖い。
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元神父の手記より
11月7日
まだ手が震えてる。
無くしたと思った。
やらかしたと思ったら冷や汗が止まらなくてずっと手が震えてて、鏡は見てないけど顔から血の気がなくなってたと思う。
ルシオから預かった指輪。まだ答えも返していないのに指につけておくなんざあつかましくて出来なかったから、革紐で結んで首から下げてたんだ。
見るからに高価なものだし、ルシオの気持ちの塊をカバンの中に突っ込んでおくことが出来なかった。万が一無くしでもしたら大変だと思ったから、肌身離さず持っていようと思った。
万が一、その万が一を、肌身離さず持っていたくせに起こしてしまった。
たった二日ほどしか経っていないのに?まさか!と思って情けなくて涙が出た。
風呂上がりに首から下げて、そのままベッドで休んで、朝起きたら革紐の結び目が解けて、指輪がなかった。
慌てて布団や枕をベッドから下ろして隅々まで見たが無い。シーツを捲ってもない。冷や汗が止まらなくなった。
ルシオとベッドを交代する時間になったのに気付かずにベッドルーム中をうろうろと彷徨うように探し回っていたらルシオがやってきて、部屋の惨状を見てものすごい顔をしていた。俺は、もう、半べそをかきながら指輪が無くなっちまったって言った。
ルシオはまたものすごい顔をしてから深く瞬きをして、俺に近づいてぎゅっと抱きしめてくれた。慌てずにもう一度探そうと言ってくれたが、俺はもう気が動転していてまともに歩けていなかったから、ルシオがぐちゃぐちゃになったベッドを整えてくれて、腰掛けるよう俺に促して、それから部屋中を探してくれた。
脱衣所にあった。風呂から出て確かに首から下げたはずだったんだが、あの時にすでに落ちていたのだろうか。
あちこち這いつくばって探してくれたんだろう。衣服の乱れたルシオがにっこり微笑みながら指輪を手渡してくれた。
革紐を固く、そりゃもうこれでもかと言うほど結び直してまた首から下げた。
ルシオが昼間寝ている間、なんだか怖くてルシオのそばを離れられなかった。
日が暮れたから、これからルシオを起こす。
一度国に帰ろうと言ってみようと思う。
ルシオの家を見てみたい。
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吸血鬼の手記より
11月9日
あの指輪、リヤンが大切にしてくれていた。
失くしたと言って慌てて、あんなに血相を変えて探し回って。
首から下げていたんだ。僕が思いを告げたことへの返事をまだもらっていないから、気にしているのかも知れない。
よかった。
いらないと、仕舞い込んだり、捨てたりしてしまったのかと思った。
本当によかった。
指輪を失くしたリヤンはなんだかふらふらしていたから、ベッドを整えて座らせて匂いを頼りに探し始めたけれど、彼に背を向けた途端ににやついてしまいそうだった。
嬉しかった。リヤンがあの指輪を大切にしてくれていることが。
200年一人で彷徨ってきたのに、その間とは比べ物にならないくらいにリヤンと旅に出てからの半年は目まぐるしい。
嬉しいことや、不安や、ほかにもいろいろ。あんまり心が揺れるから、胸の内から飛び出してしまいそうだ。
リーゼロッテを探して歩き回って、屋敷に帰って、またリーゼロッテを探しに街に出る、あの日々とは別の世界のよう。
……その屋敷を、リヤンが見たいと言った。
失望されないかなと思うけれど、きっとリヤンなら大丈夫。
そういえば、同族の友人がコウモリに変身する方法があるって言っていた気がする。コウモリの姿なら、少しは日光に耐えられるとも。
屋敷に帰るなら、時間があれば教わってみようかな。
鳥カゴにでも入ってリヤンに運んで貰えば、昼間も移動できるかも知れない。便利そうだ。
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