第6話 初めて国を出る
元神父の手記より。
8月2日
かなりの距離を移動してきた。
列車と宿を何度も変えて、漸くトルコで落ち着いた。
腹が減ったし、せっかく異国に来たのだからまずは腹ごしらえ、と。屋台を見て回った。
どの屋台も美味そうだったが、何よりケバブとアイスに目が行った。どれにしようかと目移りしていたら「食べきれなければ僕も食べてあげるから、好きなものを好きなだけ食べなよ」と、ルシオが言ったので欲張ってケバブもトルコアイスも食った。腹がはち切れるかと思った。
アイスは半分しか食べきれず、残りをルシオに託した。
普通の食い物を食べないのに悪い事をした。
アイスを店員が用意する際にかなりおちょくられた。
早く食べたいのに手に残ったのがコーンだけになった時には握り潰してやろうかと思った。
……隣の屋台でも同じ事をしていたので、そういうものらしい。美味かったが、ちょっと複雑な気持ちになった。
宿は少しランクの高いものをとった。
久々のしっかりした宿だったので、ふかふかの布団が最高だ。
ねむい
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吸血鬼の手記より。
8月3日
初めて国を出た。
日が沈んでいる間しか移動も観光もできないから不自由な思いをさせているだろうとは思いつつ、見たことのない景色に胸が踊った。
ライトアップされたモスクを見て、賑わった通りを歩いた。
鮮やかに照らされたモスクは確かに美しかったが、それよりリヤンがケバブサンドに齧り付いているのを眺めている方がずっと楽しい。
ケバブサンドを買う前に、どれだけ食べられるか腹具合と相談しながら悩んでいたようだったから、好きなだけ食べて欲しくて、……というより、その姿を見たくて、助け舟を出したらいつもより多く食べていた。
持て余したらしいアイスクリームをもらった。そういえばアイスクリームなんて初めて食べた気がする。
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元神父の手記より。
8月4日
今日もアイスを食べた。あのパフォーマンスだけはいただけないが、他は満点だ。
そういえば半分食べてもらった時に、ルシオがアイスを初めて食べたと言っていたから驚いた。
しきりに冷たい冷たいと言っていた。なんか可笑しくって笑ってしまった。どうにも大きな犬が氷舐めてるみたいな顔してたから。
U´・×・`U
↑こんな感じ。
夜は大きなバザールに行く事にした。
量り売りの菓子や派手な装飾品、不思議なモンも山ほどあった。でっかい蜂の巣をそのまま売ってて、国が変わると色々違うんだなと面白がって歩いた。
振り返ってルシオに美味そうだなって言いかけてやめた。ルシオが食べるのは、俺だったから。
察してか、ルシオが微笑んで「美味しそうだね!」と言った。
最近、ルシオの雰囲気が少し丸くなった気がする。
バザールを見て大満足でホテルに戻って、シャワーを浴びてベッドで日記を書きながら考えてるんだけど、もしも同じ時間に寝起きして、同じベッドで寝ていたら?
……頭を振って考えを散らした。あいつは、ルシオは、紳士なんだ。大丈夫。
君が眠るまで、と。布団から手を伸ばせばすぐに触れられそうなくらい近くでガイドブックのページを捲るルシオを見上げる。案外、綺麗な顔してるな。
……やめよう、考えるのやめよ。
寝ろ。
寝る。
ルシオの奴、そろそろ腹減ってんじゃないのかな。
寝ろ。
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吸血鬼の手記より。
8月5日
そういえば、この国の宮廷料理は世界三大料理のひとつじゃなかったか?
どうりで、バザールを見てまわっても色とりどりの食材やらスパイスやらが並んでいるわけだ。
おかげで、リヤンが次はどれを食べようかと目移りしている。アイスクリームは特に気に入ったらしい。
ガイドブックを参考に観光地を見て回っているから当然だが、とにかく人間が多い。
浅黒いのも、僕達みたいに白いのもいる。
観光地だからなのか、手を繋いだり距離感が近いのも多い。
……いいな、と思ってしまう。
先日手を握った時は、彼は口に出さなかったが周りに人間がいなかったことが大きかったように思う。
触れたい、と思うけれど、私も彼も10代の子供ではないのだからそう気安く触れるのもどうなんだろう。
ホテルから少し歩いて小高い丘を登ったところからモスクを含めて街の夜景を一望できて、彼と並んでそれを見下ろしながら、こっそりと伸ばそうとした手を、こっそりと引き戻した。
何より、彼に拒まれたくないと思ってしまった。こんなに臆病だっただろうかと、自分で驚いている。
食事をしていいと言われて、ホテルの部屋で彼の首を噛んだ。
腕を回して思い切り抱き締めたかったけれど、肩を掴むだけに止めた。
よく我慢した、と思う。
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元神父の手記より。
8月5日
ルシオに血をあげた。
初めてルシオが俺の肩を掴んで食べた。
まだ感触が残ったまま逃げ込んだトイレで頭を抱えた。
酒、酒が飲みたい。酔っ払って忘れたい。
明日はラクを買って帰ろう。
……丘から見渡した街並み、すごく綺麗だった。
まるでおとぎ話の世界にいるみたいな気持ちになった。
俺は国を出たのが初めてだから世界を歩くのが楽しくてたまらない。
横にルシオがいるので不思議と安心して歩けている。
リーゼロッテの記憶の残りの影響かも知れない。
俺の気持ちの問題なのかもしれない。
どちらかわからないけど一緒にいるのがルシオでよかったと思う気持ちが、確かに心の中にある。
不思議な感覚。
ルシオはどんな気持ちなんだろうか。
俺だけ楽しんでないか不安になってきた。
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吸血鬼の手記より。
8月6日
夕方より少し早い時間に物音で目を覚ましたら、リヤンが酒を買って帰っていた。この国の独特の酒らしい。
部屋で飲みたくて、テイクアウトを頼める店で色鮮やかな野菜とチーズのサラダとシシケバブをいくつか買ってきたとのことだ。
ホテルのスタッフに言ってグラスと水を用意させ、まだ日が高いがリヤンが買って帰ったボトルの酒を注ぐ。
水と混ざって白く濁った酒に口を付けるや否や、勢いよくグラスを傾けて飲み干す彼に驚いた。
水で割ってもなお度数が高いと聞いていた酒だが、大丈夫なのだろうかと気を揉んでいたら、……案の定だった。
リヤンが買ってきた料理をホテルの部屋のテーブルに広げながらも料理をつまむよりグラスを傾けるリヤンに、彼が飲み始めてからそう時間が経たないうちに心配になり始めた。
表情は普段とあまり変わらないし、顔色も……まあいくらか頬が赤くはなっていても普段となんら変わりなかったが、ボトルの半分ほどが空いた頃に、ソファに座る僕の隣に移動してきたリヤンが唐突に抱き着いてきて驚いた。
触れるとただでさえ暖かい身体が酒のせいでより熱くて、思わずゼンマイ仕掛けのように固まってしまった。
ものすごく強いアルコールの臭いと彼の体温に包まれて、何だ、何が起きたんだ、と固まっていたら背中に回された手が肩甲骨のあたりを弄って、背骨を通って腰まで降りて、……ベストの裾を捲ってベルトに手をかけようとしていたから流石に止めた。
何を考えているのか問えば、「身体の作りは俺と同じなのか?」と、アルコールでとろけて無邪気に綻んだ目で聞き返された。
……ああクソ!!文字に起こすことすら辛い!!!
けれど、あれを忘れたくない……畜生!!!
「身体の作りは俺と同じなのか?」
「トイレに行くとこ見たことないけどどうしてるんだ?」
「性欲ってあるのか?」
……と、次々問いかけながら熱い手のひらで僕の身体をあちこち撫でまわし、あまつさえ服を寛げて局所を覗き込もうとまでしてきた。
この酒はそんなに強いのか?これはこれ以上飲ませたらいけないんじゃないか?と思って、彼の手を振り解いて(彼に触れたいと思っていたのに、地獄の苦しみとはこのことかと思った) 「すぐ戻るから」と囁いて頬や額にキスをいくつも落として(彼は酔うとこんなに甘えてくるのかと衝撃だった) 、慌てて走って彼が飲んでいる酒と似た色の清涼飲料水と果物のジュースを買って戻った。
リヤンに嘘を吐くのは血を吐く思いだが「手酌じゃなんだからおかわり注いであげる」と嘯いてグラスに清涼飲料水を注ぎながら、おそらく寝て起きたら記憶は残っていないんだろうと思って、しなだれかかってくる身体を抱きとめて、酔いのままに投げかけられる問いに全部答えた。
アルコールの匂いの下から仄かに彼の汗と体臭がして、額にキスをするついでに髪に顔を埋めて思い切り息を吸い込んだ。
性欲?あるに決まってるだろう。
完全に酔ってふにゃふにゃしているリヤンをベッドに押し込んで、眠るまで背中を撫でたり叩いたり子守唄を歌ったり持てる限りの手を尽くして、彼が完全に寝入ってからそうっとそばを離れてバスルームに篭った。
何年、何百年生きていてもこのザマかと思って壁を殴ったが、拳が痛んだだけだった。
本当に頑張った!!!僕は!肉欲でリヤンを求めている訳では無い!!!!
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元神父の手記より。
8月7日
飲み過ぎたのか昨日の記憶がない。
なんだか優しい歌を聞いた気がする。
いい歌だった。また聞きたい。
起きてルシオにベッドを開け渡す際、ひどく疲れた顔のルシオが「リヤン……あのね?」と切ない声色で切り出し、「これからは、僕のいないところでお酒飲まないでね?」と言った。
寝酒にラクの残りに手を伸ばそうとしたら、今日は、今日だけは勘弁してくれと言われてしまった。
俺は何をしでかしたんだ?
訊ねてみてもルシオは答えてくれなかった。
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吸血鬼の手記より。
8月7日
そろそろ移動するかと次の目的地をどこにするか話した。
昨日の残りのボトルにリヤンが手を伸ばそうとするので止めた。
あれは、手を出してよかったのか?
違うよな?
そういえば、彼は男だけどまったく気にならないな、と今更気付いた。
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元神父の手記より。
8月8日
次の目的地について昨日話した。
せっかくならインドに行ってみたいと提案した。
ちょうど雨季なので、北インドならなんとかなるんじゃないかというところで落ち着いた。
チケットの都合上、明日荷物をまとめて明後日の日没後に列車で向かうことになった。
今日はどこを見て回るかガイドブックを開いたところハマムというものが目に止まり、行ってみることにした。
折角なので、リッチな方に行った。
リッチな気持ちになった。垢擦りなんざ全く興味がなかったが、まあ、悪いもんでもなかった。
スッキリしたので戻ってきた。
国境越えの時に酒持ってるのもなんだし、日記も書いたし、残りのラクを飲んでしまおうかな。
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吸血鬼の手記より。
8月9日
ハマムだかハンマームだかという大衆浴場に行きたいとリヤンがガイドブックを指して言うので、連れ立って言ってきた。
同性だというのは、こういうところは良いかもしれない。
……ただ、蒸気で蒸されて少しのぼせた。暑いのはあまり得意じゃない。
出発は明日だから、酒瓶を荷物に入れていくのもなんだからとリヤンが言うので、仕方なくあの酒を開けた。
彼一人で飲むから飲み過ぎるんじゃないか、と思って、私も付き合うことにした。
リヤンはあまり表情豊かな方ではないから気付きづらいが、酒が入ると普段より喋るようになる。
目元を赤くして、眠そうにしょぼしょぼさせているのが可愛い。……可愛い?うん、可愛い。とっくに成人して僕より背が高い男なのに。
今日は絡んで来なかった。
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元神父の手記より。
8月10日
列車に乗った。
インド、どんな国なんだろうか。
タージマハル、ジャイプール、ジョードプル、ブンディ、ネズミの寺……面白そうなものでいっぱいだが、こちらは少々面白くない事になっている。
向かい合って座っているが、極力目を合わさないようにしている。
酒を飲むなと言われて、不貞腐れてしまった。
俺の失敗が原因なのかと問うても返答はないし、気持ちよく飲もうとしていたのに、どうにも居心地が悪い。
いや、ここ数日飲みすぎたのは確かだが……。
移動中の楽しみじゃん、酒。
俺が粗相したなら粗相したって教えてくれよ。
理由もなく楽しいものをやめろと言われると面白くない。
ガキみたいだと思うけど、面白くないものは仕方ない。
パッとしない夜景を、見るともなく眺めてる。
インドまで暫く列車だ。
ガイドブックを取り出してページを捲るルシオも喋らない。
気不味い。
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吸血鬼の手記より。
8月11日
確かに列車での移動は長いけれど、車内で酒を飲もうとするから流石に止めてしまった。
毎回では無いとわかっているけど、ホテルの部屋ならまだしもあんな姿を人目に晒すのは僕が嫌だ。
そう思ったのに、リヤンから何故止めるのかと聞かれて正直に言えず、曖昧に濁していたらリヤンが拗ねた。
それはもう、思い切り拗ねた。目も合わせてくれなかった。
日が昇っている間はホテルで過ごさないといけないからとガイドブックを見て一旦降りる駅をどこにしようかと考えていたが、頭に入るはずもなく、結局は僕が折れた。
とりあえず、一人で帰る、とか、そういったことは言われなかった。安心した……まだ僕と旅を続けてくれるらしい。
やっぱり、あの時手を出さなくて正解だった。きっとこれからもあんなことがあるんだろうな……気を強く持とうと思う。
けど、キスくらいはしておいてもよかったのかも知れない。
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元神父の手記より。
8月11日
しばらく禁酒する。
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吸血鬼の手記より。
8月13日
あの日に酒に酔ったリヤンが私に何をしたのかを少しだけ説明したら、なんとも言えない顔で固まってしまった。
挙句、禁酒すると言い出した。……リヤンから触れてくれる分には、大歓迎なのに。
トルコから列車で最短距離でインドまで行けるのかと思ったら、どうも通れない国があるらしい。
それは仕方がないので諦めて、遠回りにはなるが別のルートで向かうことにした。
ガイドブックやリヤンのスマートフォンで調べて、乗り継ぎに駅でかなり待たされ、移動した先で今度は宿を探すのに苦労して、深夜、日付が変わった頃にようやく安いモーテルに入れた。
男二人だから白い目で見られたが、背に腹は替えられない。
とりあえず夜も遅かったからリヤンにベッドに入らせて(安いモーテルだから部屋がベッドルームしかなくて、じっくりと寝顔を見られた) 日が昇る前に近くの店でリヤンの朝食にと簡単な食べ物を買ったが、日が昇ってもなかなか起きて来なかった。
昼に近くなって流石に肩を叩いて声をかけたら、はっと目を見開くなり血相を変えて飛び起きて「悪い、寝過ごした」と言いながらあたりを見回していた。
部屋の中を見て、僕を見て、不思議そうな顔をしていたから、ああ、と思って「教会じゃないよ、大丈夫。僕とハネムーン中なの、思い出した?」と言ったら少し笑った。
疲れたんだろう。一泊増やして休むことにしよう。
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元神父の手記より。
8月14日
ぐあ〜〜〜。
あんなことしでかした後のホテルがモーテルなの気不味すぎる〜〜〜。
なんかルシオはニコニコしてるけど、ハネムーンだとかのたまったけど(思わず吹き出しはした)、俺は気不味いんだ。なのに寝過ごしたりしてしまったから一泊増やすと言ってルシオが譲らなくて、まだモーテルに居るんだけど、辺りに観光できる場所があるわけでもなく、持て余してる時間が辛い!!!
いや、そういう目的の宿ではないよ?本来!
いやでも、ね!!??意識しちゃうでしょゲキ狭ワンルームどデカベッドオンリールーム!!!!!!!
俺の頭がおかしいのかと思ってスマホで「男二人で宿に泊まると意識してしまうのはおかしいのか」と、検索をかけたら、まあ結構な人数がゲイではないがどうしても一瞬"考えて"しまうと答えているアンケートを見つけて安心してしまった。なんだ……悩みすぎて禿げるかと思った。
普通のこと!普通の、フツーの事!
必死に日記書いて誤魔化してるけど!
ルシオが近い!いやいつも通り?か?
俺酔っ払って抱きついたような奴だよ?ん、いや、ルシオは俺の中のリーゼロッテを見てるとしたら、こいび
いやいやいやいや、俺がいいって、あの時言っ
いやーないないないないない。
いやいやいやいや普通だとはいえ意識しすぎだろ。
あ〜〜〜なんなんだこれ!!
辛い!!!(不快なんじゃない)
あれ?ハネムーン?
へ?
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吸血鬼の手記より。
8月16日
列車で移動して、そのうち船に乗る予定らしい。
大きな船は乗ったことがない。楽しみだ。
モーテルに二泊したが、リヤンの様子がおかしかった。そわそわしているというか。
小さいソファしかなかったからかも知れないが、隣に座ってくれなかった。
体調が悪いようでもないし、私が静かにしていたらすぐに寝入っていたから少し疲れただけかも知れない。魘されている様子もなかったし。
日没後に宿を出て、列車で数時間移動して、すぐに入れる宿を探して、を繰り返していると、どうしてもチェックインが深夜になってしまう。
教会にいた時のリヤンは仕事柄早い時間に寝ていたから、無理をさせていないか心配になる。昼間は私が動けないから、無駄な時間を過ごさせているし。
……けど、起きたら毎日リヤンがいるのが、嬉しい。
テレビか何かで見た、テレビゲーム?のワンシーンで、主人公が仲間の棺桶を引き摺って歩いているところを思い出した。あれができたらいいのに。
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元神父の手記より。
8月22日
あのモーテルを出てから暫く日が開いた。移動続きで毎回寝落ちてしまっていた。
だいぶ遠くまできた。予定ではあと二、三日もすればフェリーでカスピ海を横断することになる。
ルシオに出会ってからヴァンパイアが登場する本をあれこれ読んだが、モノによっては海を渡れないとあったがルシオは大丈夫なんだろうか?
本人が海路は無理だと言わないのでおそらく大丈夫なんだろう。そもそも本に出てくるヴァンパイアはフィクションだし、あまり関係がないのかもしれない。
あれから禁酒はうまくいってる。まあ、元々毎晩飲む方ではなかったので飲まなくても全然問題はない。
今夜もなんとか上手いこと宿が取れた。
……宿が取れなかったらどうしようと毎回不安だが、今までなんとか取れてる。ラッキーだと心底思う。
万が一の時は俺の服全部ルシオに被せてどこかの倉庫にでも隠れるしかないと思っていたけど、スマートフォンは便利だな。素晴らしき文明の利器。こんなに感謝したことはない。ガイドブックと照らし合わせたり、言葉を通訳したり。スマホ様サマだ。
最近、たまにルシオの顔が曇ってるように見える。
何か気になることがあるのか?疲れてるんじゃないのか心配だ。あ、飯か?どのくらいで腹が減るのかわからないから、もっとこまめに声をかけるべきだったな。悪いことをした。
後で食べるか聞いてみる。
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吸血鬼の手記より。
8月25日
港に着いた。
大きな船がいる!これに乗るのか!と思っていたら、出港が明日の昼前と聞いたので、止めた。
次の便まで2週間前後あるらしい。長く足止めを食らってしまう。
……人間だったら、すぐに乗れたのにな。不便なことばっかりだ。
せっかくだから、少しいいホテルに泊まることにした。質のいいベッドでリヤンにしっかり休んで欲しくて。
リヤンは船のチケット売り場の店員に聞いたりスマートフォンで調べたりして、毎回船が出る時間が違うらしいから次は夜かも知れない、それまでここで待とう、と言ってくれた。
迷惑ばっかりかけてるな、僕。
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元神父の手記より。
8月26日
昨日ようやく港に着いた。デカい船にはしゃぐルシオが子供みたいで微笑ましかった。
しかしまあ……フェリーが二週間も来ないとは思わなかった。
まあでも、そのうちきっと夜の便がくる。急ぐ旅じゃないし、のんびり過ごそう。
昨日の晩は疲れて寝入ってしまったので、周辺に何か見てまわれるものがないかスマホで調べていたら日没と共にルシオが出かけて行き、買い物袋をぶら下げて帰ってきた。袋からは少しの食糧と、まあ結構な量の酒とつまみが出てきた。
中身を取り出しながらルシオは「二週間もあるんだ、ちょっとくらい飲もうよ」とか「お酒好きでしょ?僕は飲んでる君を見るのも好きなんだ」とか、しまいには「僕は全然気にしてないよ」とまで言った。
悩んだ。まだ悩んでる。
気を遣われてるなこれは、と。分かってはいるがまたへべれけになってルシオの服を引っぺがそうとでもしたら?
今夜はとりあえず気分じゃないから飯だけ貰うと答えて、ハムとパンと豆の缶詰を食べた。
少しいい宿だからベッドがふかふかだ。
ありがたい。
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吸血鬼の手記より。
8月28日
リヤンの禁酒が続いている。
ものすごく困ったけれど、あの時のリヤン、可愛かったんだけどな、と思ってしまった。
長く足止めを食らって退屈だろうし、いろいろ見繕って買ってきたのに。
ずっとホテルにいても仕方がないので、海を見に行った。海?湖?……まあどちらでもいいか。
砂浜で少しばちゃばちゃして遊んだ。
国を出て最初に観光をした場所は賑わっていて人間が多かったから、ここは静かで、ゆったりしている気がする。
いいホテルにしたからリヤンがぐっすり眠っている。
これだけ深く眠っているなら少し触れてもわからないかと思って手を伸ばしかけて、やめた。
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元神父の手記より。
8月29日
船が止まっていた桟橋の辺りをうろちょろしたり、砂浜で水遊びをしたり。楽しくないわけではないんだが、これがまだ暫く続くのかと思うと動画配信サービスにでも登録しようかと本気で悩む。
ルシオ、映画見るって言ってたな。俺も結構好きで、教会にいた頃もわざわざ隣町まで見に行っていた。
…………飲むか。映画見ながら、折角ルシオが気を遣って買ってきてくれたんだし、酒を飲もう。
大丈夫だろう、ラクが強すぎたんだ、きっと。
少しだけ飲めばいいんだ。大丈夫。
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吸血鬼の手記より。
8月30日
リヤンに誘われて、ホテルで映画を観た。
あのスマートフォンとかいうやつは映画も観れるのか……凄いな、何でもできる。どうりであれを見つめたまま歩く人間が多いはずだ。
テーブルに置いて小さい画面を見ながら買ってきた夕食を広げて、リヤンが酒を開けた。
画面も小さいし熱心に観るというよりはただ流しているだけで、リヤンは羊の肉と野菜を焼いたのをつまみながら酒を飲んでいたし、僕はリヤンのグラスにおかわりを注いではリヤンを眺めていた。
そのうちリヤンの目元がとろんとし始めて、肩にもたれかかってきたり戯れついてきた。可愛い。
やっぱり僕の身体のことが気になるらしく、シャツを捲って腹に触れたり、唇を捲って牙に触れたりと熱い手であちこち触れては自分とどう違うのかと確かめていた。
たまらない気持ちになって、「僕も触っていい?」と訊いたら無邪気に頷いて自分からシャツを捲って腹を見せてくれたくらいだ。どうにかなるかと思った。
……というか、薄い。細いなとは思っていたけど。僕が食事をもらって大丈夫なのか?もっといろいろ食べてもらおうと決めた。
戯れついてきてそのうちソファに押し倒されて、本当にどうにかなるかと思ったが、僕の身体にのしかかってまるで甘えてきているようだったから、ふわふわした髪を撫でて額や頬にキスをして酔っ払っているリヤンを堪能することにした。
明日になったら覚えていないかも知れないけれど、「いつも夜しか外に出られなくてごめん」と謝ったら、「俺、この旅好きだよ」とやわらかい声で言ってくれた。
嬉しくて目頭が熱くなって、何て返したらいいのかわからなくて黙り込んでしまったら、リヤンはそのまま寝た。
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元神父の手記より。
8月31日
飲みすぎた……。
グラスに注がれるまま飲んでいたらこのザマだ。
目が覚めたらベッドに寝てた。
おかわりを注いでもらったところまでは覚えてる。
ルシオがベッドに入っていくのを追って、ベッドの横にしゃがみ込んで目線を合わせて、ルシオに「俺は昨日お前に悪戯をしなかったか?」と、問いかけるとルシオはへにゃっと笑って「覚えてないの?楽しくお酒を飲んだだけだよ」と答えた。
やっぱりラクが強すぎたんだ。
嘘。
ほんの少しだけ覚えてる。
夜しか出歩けない事を気にしてたんだな、あいつ。
そんな事、はなっから分かってる。気に病むことなんてないのに。
俺はなんて答えたんだったか。きちんと答えてやれたかな。
酔っ払うと変な事だけ覚えてるよな。大事なことは忘れる癖に。
まだまだフェリーが来るまで日にちがある。
また明日ものんびり映画を見るのもいいかもしれない。
……ほっぺたに触れたくちびる、柔らかかった。
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吸血鬼の手記より。
9月3日
まだ船は来ない。
決まった日に来るものではないらしい。僕たちはいいけど、困る人間も多いんじゃないのか?
今日は散歩がてらリヤンの夕食を買いに出かけたら雨に降られた。
僕はいいけど、リヤンが気になった。教会にいた頃も一度雨の中で働いて倒れていたし、また体調を崩すんじゃないかと思って。
心配は心配だけど、わあわあ言って走ってホテルまで戻るのは少しだけ楽しかった。
……で、ホテルに戻ってからが問題だった。
思い切り濡れたから服が水を吸って身体中からぼたぼた水が垂れていて、この格好で部屋に入ったら部屋中水浸しにしそうだな、なんて思っていたら、隣で同じように濡れ鼠になっていたリヤンがぎょっとした目で僕を見ていた。
なんだろう、と思っていたら、何かもごもご言ったと思うと服を脱がされた。
え!?と思って咄嗟に彼の手を止めようとしたけど両手は雨に濡れて今にも破けそうな紙袋で塞がっていたし、床に置くにはリヤンが近過ぎて動けなかった。
途中で荷物を一度置かないと袖が抜けないと気付いたリヤンから紙袋を丁寧に取り上げられて、ベストもシャツも脱がされて身体をまじまじと眺められた。トルコで立ち寄った風呂も中では彼と別だったから、まともに彼の前で身体を晒したのは初めてかも知れない。
この時点でもう何が起こっているのかわからなくて立ち尽くしていたけど、その後リヤンが目の前で脱ぎ始めて飛び上がるかと思うくらい驚いた。
細い!アバラ浮いてんじゃないかってくらい細い!!なんだか見たらいけないものを見てしまった気分だ……。
けど、彼の、日に焼けていないけど健康的な色をした肌を見て、思わず喉が鳴ってしまった。咳払いをしてごまかしたけど、隠せただろうか。
僕が固まっている間にリヤンは二人分の服を持って部屋の中へ引っ込んで行って、タオルを何枚も持って戻ってきた。
上手くお礼を言えなかった気がする。
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