第3話 リヤンの後任の日記
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後任神父の日記
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神父の日記より。
5月29日
小さな教会の神父が辞めるから後任を、との話を受けて、手続きを終えて今日からその教会に来た。
小さな村で、畑と、牛と、老人ばかりの村だ。
前任のリヤン神父は、口数が少なく、慎ましやかな暮らしをして、村の老人達から慕われている。
なぜ辞めるのか、機会があったら聞いてみようと思う。
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神父の日記より。
6月10日
覚えることはそんなに多くない。
村の老人達の顔と名前、村の中の道、必要がある際の街までの行き方。
老人達はいい人達だけれど、田舎の老人はやっぱりよそ者にはなかなか気を許してくれないらしい。
俺もそうだった、とリヤン神父が笑っていた。
リヤン神父がなぜ辞めるのか聞きそびれた。
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神父の日記より。
7月15日
ここでの暮らしにも大分慣れてきた。
グレーテさんがパイを焼いてくれた。美味しかったけれど、腹がはちきれるかと思った。
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神父の日記より。
8月17日
仕事は覚えられたけれど、料理がなかなか覚えられない。
きちんと一人で食べていけるようにならないと、三食すべてパイだけで暮らすことになるぞ、とリヤン神父から脅された。
生活感はあっても部屋の中に飾りを置かない人だけど、毎日テーブルに一輪挿しが置いてあるから意外と細やかな人なんだと思う。
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神父の日記より。
9月10日
一輪挿しだと思っていたけれど、一輪挿しじゃなかった。
ラベルを剥がして綺麗に洗った牛乳瓶だ!
活けてある花は、野の花ではなくどこかで買ってきたような花なのに。
ちぐはぐな感じがする。
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神父の日記より。
10月23日
珍しくリヤン神父が朝寝坊をした。
部屋まで起こしに行ったら、神父の寝室の窓に花が一輪置かれていた。窓ガラスの向こう側だった。
あれはなんですか、と聞いたけれど、曖昧な顔で答えてくれなかった。
花はそのままテーブルに活けられた。
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神父の日記より。
11月19日
朝、庭の掃除をしていたらリヤン神父の寝室の窓にまた花が置いてあった。
窓を開けた神父が、表情を変えずにそれを取って戻って行った。
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神父の日記より。
12月14日
ロバートさんの手伝いが長引いて、夕食をご馳走になった。
帰り道に、見たことのない人影を見た気がする。
リヤン神父と同じくらいの歳に見えたから、この村の人ではないと思う。
教会に向かっているようだったけれど、帰ったらリヤン神父しかいなかった。
訊ねても、客人は来ていないとのことだった。
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神父の日記より。
1月10日
就寝前、主に祈りを捧げていると外から話し声が聞こえた気がした。
不審者だったらどうしようと思って、音を立てないように窓から覗いたらリヤン神父だった。
庭先で誰かと話している。こんなに寒くて、灯りもないところで。
リヤン神父が気安い様子だったから、不審者では無い……らしい。
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神父の日記より。
2月14日
リヤン神父が真っ赤なバラを一輪持っていた。
もらった、と困り顔をしていた。
誰からもらったのかはなんとなくわかったから聞かなかった。
いつも窓枠に花を置いているのも、あの男なんだろうか。
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神父の日記より。
3月27日
夜、また外から話し声が聞こえた。
あの男はなんなんだろう。
昼間、リヤン神父にそれとなく聞いてみてもはぐらかされるばかり。
窓からそうっと覗いていたら、やけに二人の距離が近いな、と思うなり、影が重なった。
リヤン神父の肩越しにこちらを見る目が、妙に赤く光った。
気味が悪い。
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神父の日記より。
4月6日
毎日テーブルに飾られる花が替わる。
あれはなんなんだろう。
夜にだけ現れて、この村の人ではなくて、その上あの光る目を見たら、人間じゃない存在では、と思ってしまう。
きっとリヤン神父に話しても、馬鹿馬鹿しい、と言われてしまう。
また外から話し声が聞こえる。
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神父の日記より。
5月4日
ダフさんに呼ばれた。ダフさんの写真店まで行ったら、他にもお爺さんお婆さん達が何人もいた。
ダフさんが、写真を見せてくれた。リヤン神父と、黒髪の男の写真。
どちらも、不器用そうで、照れ臭そうに笑っている写真。
「こんな田舎で、こんな年寄り連中に囲まれて、あれはよく尽くしてくれた。
不便だろうと言えば、逆にこっちに不便がないように働くし、年寄りばかりで寂しくないのかと聞けば頻繁に家を回るようになったような子だ。
みんな、息子か孫のように思っているのに、本人は何も欲しがらない。
せめてあれの望むように暮らさせてやりたいと、ここの年寄りは皆んな思っている。
どうか、お前が見たものに目を瞑って、リヤンが行きたいと思うところに行かせてやって欲しい」
そう言って、みんな揃って頭を下げてきた。
リヤン神父がこの村を出るまで、一週間ある。
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神父の日記より。
5月11日
朝から大変だった。
お年寄り達がみんなで教会におしかけて、お婆さん達は手料理や日持ちのするお菓子を山ほど持ってくるし、お爺さん達もそれぞれ思い思いにリヤン神父にいろんなものをプレゼントしようとしていた。
リヤン神父は困った顔で笑いながら、大きいものは断って、ポケットに入るくらいのものばかり受け取っていた。
お婆さん達が泣くのを宥めながら帰らせて、リヤン神父と二人になると、神父は静かに口を開いた。
気付いていただろうに、黙っていてくれてありがとう。
それだけ言って、困ったような顔で笑った。
日が落ちて辺りが暗くなった頃、リヤン神父はリュックサックひとつだけ背負って村を出て行った。
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