当て馬令嬢+種馬令息=?

アソビのココロ

第1話

「ふう、困りましたね」

「あ、ああ」


 今日は王家主催の夜会なのです。

 靴擦れを起こしてしまったので控え室で休んでいたところ、どうした手違いか、外からカギを掛けられてしまったのです。


 部屋の中にはわたくしカーム伯爵家の長女グレースともう一人、ベルテンペスト侯爵家の令息エルヴィス様がいらっしゃいます。

 殿方と二人きりで閉じ込められてしまうなどまことによろしくないことで、淑女として失態なのですが。


「エルヴィス様はどうしてこちらへ?」


 エルヴィス様は学院でわたくしの一学年上で、毎年成績優秀者として表彰されている有名人です。

 ただエルヴィス様が有名なのは優秀だからではなく、『種馬令息』としてなのですね。

 ラムジー子爵家のバーバラ様の事件は有名です。


『部屋に閉じ込められたのですわ。ああ、今思い出しても恐ろしいこと! いくら侯爵家の令息といえども、あれはありませんわ!』


 結局大騒ぎして解放されたそうですが……。

 ……バーバラ様は少々誇張気味に話される傾向がありますので、わたくしは話半分だと思っております。


 実際にベルテンペスト侯爵家から婚約の申し込みがあったという、トールボット伯爵家のアンドレア様も仰ってました。


『いくら格上の侯爵家と言っても、エルヴィス様ではねえ。評判が悪過ぎますわ』


 社交界の話の種にされるのは真っ平ということで、お断りしたそうです。

 現実的な判断ですね。


 ただ現在のエルヴィス様は余裕がなさそうに思えます。

 『種馬令息』というのが本当なら、舌なめずりしてわたくしに話しかけてきてもよろしい場面なのではないでしょうか?

 わたくしのような美人でもない、地味な娘ではその気にならないということでしょうかね。

 縁談をよくお断りされるというのはわたくしも同じですし。


 エルヴィス様が答えます。


「ああ、ワインをこぼされてしまってね。着替えを用意するからとここへ通されたのだが、どうなっているのやら……」


 あっ、本当ですね。

 ワインの汚れには気付きませんでした。


「災難でしたね」

「まあね。でも相手がジェラルド殿下では文句も言えない」


 首を竦めるエルヴィス様。

 愛嬌がある仕草ですね。

 調子が出てきたのでしょうか?


「エルヴィス様は第一王子ジェラルド殿下と仲が良いと聞いたことがありますわ」

「悪友だね。物心付かない内からの付き合いだから」

「まあ、羨ましいですわ」


 でも変ですね?

 エルヴィス様の評判が悪いなら、立太子も間近と言われるジェラルド殿下との付き合いなんて、止められてしかるべきではありませんか。


「ジェラルドはひどいんだ。イタズラ癖がこの歳になっても抜けない」

「まあ、そうなんですか?」

「立場があるからね。僕の前でしかやんちゃな態度を見せないけど」


 ジェラルド殿下こそ完璧な王子様だと思っておりました。

 エルヴィス様でガス抜きをしているからこそなのですね。

 お二人の関係が垣間見えたようでほっこりいたします。


「ところでグレース嬢こそどうしたんだい? こんなところで」

「あら、わたくしを御存じでいらっしゃいましたか。恐れ入ります」

「えっ? グレース嬢は有名人じゃないか」


 ああ、まあ多くの令息と顔合わせだけはしていますから、名前だけは知られているのかもしれません。

 苦笑いです。


「新しい靴を履いてまいりましたら、靴擦れを起こしてしまいまして」

「何だ、見せてごらん」

「えっ? はい」


 エルヴィス様が注意深く靴を脱がせてくださいます。

 何だか恥ずかしいですね。


「ああ、結構な傷になっちゃってるね。ヒール!」


 あっ、痛みが消えます。

 エルヴィス様は回復魔法をお使いになれるのですか。

 すごいです!


「ありがとう存じます。エルヴィス様が魔法をお使いになれるとは知りませんでした」

「ん? 生まれつき魔力が多いだけさ。吹聴するようなことではないからね」


 ええ?

 魔法は一〇〇人に一人くらいしか使えない稀な力ですよ?

 自慢するのが普通なんですけれども。

 ましてや回復魔法の使い手ともなるとどれほど貴重であることか。


 エルヴィス様は自分の力をひけらかすことがない方なのですね。

 悪い噂ばかり流れていますが、実はすごい方なのでは?


「靴がまだこなれてないみたいだね。今日は大人しくしていた方がいいよ」

「はい。ただまだこの部屋から出られないのですけれども」

「そうだった」


 互いに笑い合います。

 お話だけはいただく関係で、わたくしはまずまず多くの令息とお会いしています。

 比較してはいけないのかもしれませんが、エルヴィス様はお話していて気持ちのいい方ですね。


 カチャッ。


「ああ、ようやく鍵が開いたか。グレース嬢、今日は楽しかったよ。また話したいな」

「ええ、私もです」


          ◇


 ――――――――――エルヴィス・ベルテンペスト侯爵令息視点。


「ふう、困りましたね」

「あ、ああ」


 くそっ、ジェラルドのやつ、またやりやがった。

 僕にワインを引っかけ、令嬢のいる部屋に閉じ込めるとは。


 あいつがいつも僕のことを女好きだの色事師だの言うから誤解されるんだ。

 令嬢と二人っきりにするのだけは本当にやめて欲しい。

 バーバラ嬢の時は大変だった。

 何もしてないのに犯されるの妊娠するの大騒ぎされて。

 あれで『種馬令息』なんて不名誉な仇名が定着してしまったんだ。


 とにかく黙って動かずやり過ごそうと思ったが、向こうから話しかけてきた。

 しかも今日は騒がれないな。

 実にありがたい。


「エルヴィス様はどうしてこちらへ?」


 おっとりと問いかけてくる彼女は……あっ、グレース・カーム伯爵令嬢か。

 『当て馬令嬢』と噂の。


 グレース嬢は、自分が『当て馬令嬢』と呼ばれていることは知らないかもしれない。

 すごく美人というわけではないのだが、男好きがするというか大人しいのに色気があるというか。

 当て馬の意味通り、奥手であったりその気がなかったりの高位貴族令息に会わせてみることが多いと聞いた。


 ただグレース嬢の母親は平民で、人脈には期待できない。

 またカーム家は伯爵の家格とはいえ地方領だからさほど魅力がなく、あまり結ぶメリットがないこともある。

 グレース嬢自身が悪いわけではないのだが、もう一つ縁に結ばれず『当て馬令嬢』に甘んじている理由は、その辺なんじゃないかと思う。


「ああ、ワインをこぼされてしまってね。着替えを用意するからとここへ通されたのだが、どうなっているのやら……」


 細い目を見開くグレース嬢。

 ドキッとするな。

 あざとさを感じないから天然なんだろう。


「災難でしたね」

「まあね。でも相手がジェラルド殿下では文句も言えない」

「エルヴィス様は第一王子ジェラルド殿下と仲が良いと聞いたことがありますわ」

「悪友だね。物心付かない内からの付き合いだから」

「まあ、羨ましいですわ」


 実に話しやすいな。

 『種馬令息』なんて仇名のせいで、僕は令嬢には警戒されることが多いんだが。

 ……『種馬令息』と呼ばれるのもジェラルドのせいだ。


「ジェラルドはひどいんだ。イタズラ癖がこの歳になっても抜けない」

「まあ、そうなんですか?」

「立場があるからね。僕の前でしかやんちゃな態度を見せないけど」


 ニコニコするグレース嬢は実に感じがいいな。


「ところでグレース嬢こそどうしたんだい? こんなところで」

「あら、わたくしを御存じでいらっしゃいましたか。恐れ入ります」

「えっ? グレース嬢は有名人じゃないか」


 あっ、本人に『当て馬令嬢』だから知ってると言ったら感じが悪いな。

 わざわざ有名人なんて言う必要はなかったか。

 紳士として反省だ。


「新しい靴を履いてまいりましたら、靴擦れを起こしてしまいまして」

「何だ、見せてごらん」

「えっ? はい」


 お詫びのしるしに治してあげよう。

 うわ、細い足!

 一々ドキドキするなあ。


「ああ、結構な傷になっちゃってるね。ヒール!」


 こんなものだろう。

 名残惜しいが足を離す。


「ありがとう存じます。エルヴィス様が魔法をお使いになれるとは知りませんでした」

「ん? 生まれつき魔力が多いだけさ。吹聴するようなことではないからね」


 特に回復魔法の使い手が少ないというのは理解している。

 使い減りして大きなケガをした者が出た時に役に立たなかったりすると本末転倒だから、あえて言ってないだけだ。

 その辺りのことはグレース嬢にも察してもらえるだろう。


「靴がまだこなれてないみたいだね。今日は大人しくしていた方がいいよ」

「はい。ただまだこの部屋から出られないのですけれども」

「そうだった」


 グレース嬢の笑顔は落ち着くなあ。

 こういう令嬢なら……待てよ?

 僕とベルテンペスト侯爵家にとっては、カーム伯爵家は悪い相手じゃないな。

 カーム伯爵家領の港湾開発で、これまで関係の薄かった南海諸国との貿易を一気に拡大させられる可能性がある。


 カチャッ。


「ああ、ようやく鍵が開いたか。グレース嬢、今日は楽しかったよ。また話したいな」

「ええ、私もです」


          ◇


 舞踏会から数日後には、ベルテンペスト侯爵家からエルヴィス様との婚約の打診がありました。

 少しお話して素敵な方だとわかりましたし、もちろん断る理由などありません。

 わたくしはエルヴィス様の婚約者となりました。

 嬉しいです。


「エルヴィス、すまなかった」


 第一王子ジェラルド殿下に、エルヴィス様とともに王宮に呼び出されました。

 祝いのお言葉をかけていただけるものかと思っていましたら、殿下に頭を下げられてしまいました。

 ええっ? 何事?

 オロオロしておりましたら、エルヴィス様がゴミムシを見るような目で殿下を見ています。

 どういうこと?


「いやあ、エルヴィスとグレース嬢との婚約が決まってよかった」

「ありがとう存じます」

「……口だけの祝いのために呼び出したわけじゃないだろう?」

「エルヴィスには懺悔しなければならないことがあるんだ。懺悔というか言い訳と誤解がほとんどなのだけれど」

「誤解だと? ジェラルドが僕を陥れたのは間違いないだろうが!」

「言い訳させてくれ。初めは冗談だったんだ。グレース嬢も聞いてくれ」


 ジェラルド殿下とエルヴィス様は幼馴染で、悪さをし合う仲なのだそうで。

 生真面目なエルヴィス様をからかうために女誑しだという噂を流したり、バーバラ様と同じ部屋に閉じ込めてみたりしたらしいです。


「全く想定外のことだが、本当にエルヴィスがプレイボーイだという認識が先行してしまって……」

「『種馬令息』なんて言われてたんだぞ? ジェラルドが否定してくれればよかっただろうが」

「俺もそう思った。しかし王族が言葉を翻すのは良くないと、各方面から言われてしまったんだよ」


 わかります。

 王族の言葉が軽くなるのはよろしくないです。

 ましてやジェラルド殿下は王太子から玉座に就くと目されているお方ですし。


「その後も時々トラップを仕掛けてきたろうが! 令嬢を呼びだしたり部屋に閉じ込めたり」

「というのが誤解なんだ」

「何だと?」


 将来王となるだろう自分の腹心となるエルヴィス様が、いつまでも浮ついた印象を社交界で持たれていてはよろしくない。

 早く婚約者を得て欲しいという思いで、令嬢を斡旋していたつもりだったらしいです。


「ええ? 単なる嫌がらせにしか思えなかったぞ」

「回りくどいやり方になったのはまことにすまん。しかし俺が前に出過ぎると命令になってしまうだろう? 押し付けになるようなことはしたくなくてだな」

「わかりにくい!」


 まあ、このお二人は忌憚なく話せる仲ですのね。

 羨ましいですわ。


「で、白羽の矢を立てたのがグレース嬢だったんだ」

「えっ?」

「やっぱりジェラルドの差し金で閉じ込めたんだな?」

「ああ。もっともグレース嬢の靴擦れは予定外だったから、偶然の要素が大きいけどね。急に閃いたんだ。グレース嬢は魅力的だし、エルヴィスならカーム伯爵家に価値を見出すだろうと思っていた」


 ジェラルド殿下がわたくしを御存じでいらしたことにも驚きでした。

 エルヴィス様がおもむろに言います。


「グレースは自分が『当て馬令嬢』と言われていたことは知っているか?」

「『当て馬令嬢』ですか? いえ、存じませんでした」

「あれ? 知らないとは意外だったな。有名な話だよ?」


 ええ? ジェラルド殿下も御存じなほど有名なんですか?


「グレース嬢は縁談が多い割にまとまらなかっただろう?」

「はい」

「地味可愛いグレース嬢はモテるんだ。だから嫡男に婚約者を得ることを意識させたり、あるいは第二候補第三候補として考慮されたりするケースが多かったんだよ」

「ただグレースの母御は平民だろう? 母方の人脈が期待できない。あるいは地方伯爵であるカーム家自体にあまり魅力がないという事情があって、これまで縁談が進まなかったんだと思う」

「だから『当て馬令嬢』なのですか」


 納得しました。

 ではどうしてエルヴィス様はわたくしを?


「僕と親しいエルヴィス並びにベルテンペスト侯爵家に、今以上の人脈なんてさほど必要ないしね。グレース嬢はピッタリだと思った」

「そしてカーム伯爵家領の立地だが。ジェラルドも気付いてるんだろう?」

「港のことかい?」

「港、ですか?」


 何のことでしょう?


「カーム伯爵家領に天然の良港がある。現在は漁港にしか利用されていないが、開発すれば南海諸国相手の大貿易港に化ける可能性がある」

「ええっ?」

「エルヴィスはわかってるな。今後我が国の発展のキーになるかもしれないんだよ」

「領の近いベルテンペスト家にとってもチャンスだ。僕とグレースの婚約を機にカーム伯爵家との共同事業としたい」

「もちろん国からも予算を出すからね。いずれ侯爵と伯爵を交えて話をさせてもらおう」


 予想もしない大きな話になりました。

 領の産業振興についてはお父様も頭を悩ませております。

 きっとお喜びになるでしょう。


「さて、話はここまでだ。最後にラブシーンを見せてくれ」

「ええっ?」

「ジェラルドには見せん。あっちを向いていろ」

「向かない」


 不意に抱き寄せられました。

 エルヴィス様はさすが、逞しいですね。

 うっとりします。


「ハハッ、まだそこまでか」

「徐々に心の距離を寄せていくのだ」

「『種馬令息』と『当て馬令嬢』のウマが合うってやつだね」


 ジェラルド殿下ったら、ウマいこと言ったつもりでしょうか?

 でもそうかもしれません。

 エルヴィス様の胸に顔を埋めます。

 末永い幸せを祈って。

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