第31話 怒り爆発

【ノア視点】


どうしてこうなってしまったんだ・・・。


俺の目の前には息絶えてしまったサマンサが横たわっている。




今から1時間前、俺はサマンサと彼女の父母を連れて俺が購入した古家に着いた。


サマンサ「ここがこれから住む家になるのね!」


サマンサは嬉しそうに家の中でクルクルと愛らしく踊っていた。


サマンサ父「本当に信じられない。ノア君、君が本当にここを買ったのかい?」


ノア「はい。今までもお金を貯めていたので、まさかこんな形で皆さんを助けられるなんて、思いもしませんでしたよ」


サマンサ母「今まで住んでいた場所に比べたら天国よ。本当にノア君、ありがとうございます」


そう言ってサマンサ母は深々と俺にお辞儀をした。それに倣いサマンサもサマンサの父も俺にお辞儀をしてきた。


ノア「大丈夫ですよ。俺は救える人を救えて本当に良かった。けども残念ながら、正直これが俺の限界です。数千ものスラムの人たちを救えない。そう思うと残念でならない・・・」


サマンサ「ううん。救われた私たちが言う義理じゃないのは分かっているけど、今みんなそれぞれが必死に生き延びようとしている。私たちができる事は、できるだけ多くの人たちが生き延びる方法をそれぞれ見つけられる事を祈ることしかないわ」


そう言うと、サマンサも父母も涙を流し始めた。


それはそうだ。自分だけが助かる。これは幸運と言うべきか不幸と言うべきか分からない。自分の親しい人々が荒野に放り出され路頭に迷うかもしれない。ほとんどの人たちは死ぬだろう。仮に近隣の都市に着いたところで、その都市に入れるかどうかも分からない。普通なら入門には通門税がかかるため、ほとんどの人々は都市から助けを得ることは不可能だろう。大部分の人たちが死ぬことは火を見るより明らかなのだ。


それをただ見る事しかできないのが幸運なんて誰も思わない。罪悪感が心を苦しめる。この状況下で何が良くて何が悪いかなんて、誰も判断できない。俺たちはこんな世界でこんな理不尽に歯を食いしばりながら生を繋いでいくしかないのだろうか。


3人の頭の中には、親しい友人たちのことが去来しているのだろうか。


そんなことを思っていると、やけに外が騒がしくなっていくのに気付いた。


(まさかな・・・)


最悪の想定が頭を過るが、その想定を心の底に押し込めて俺は外に出た。


「おい!いたぞ!!ここだ!!」

「ここか!良い家じゃないの!」

「そうだ!入ろうと思えば、100人は押し込める。そうじゃないかしら!?」

「そうだそうだ!どうしてジョーさんの家族だけが救われるんだ!?おかしいだろう!」


俺の目の前には、10人ほどの20才ぐらいの男女が声高に何かを叫んでいる。


俺は不審に思い声をかけた。

ノア「どうかしましたか?」


その10人の青年たちが俺を見て黙って、キッと睨みつけきた。その中の1人が前に出て大声で高圧的に話をしてきた。


女「あなた!こんな力がある冒険者なんでしょ!?なんで他の人たちを救わないの!力があるんでしょ!?この家もよく見ればもっと多くの人が住めるスペースがあるじゃないの?入っていいかしら?」


ノア「ダメだ。人頭税は俺が匿っている人しか払えない。お前たちも必死だと思うが、他を当たってくれ」


男「おいおいおい。そんなこと言うなよ。ジョーさん一家を匿うなら俺たちのことは隠してくれていていいから。あんたは警備兵たちには俺たちがいない、と言ってくれさえすればいいんだから」


ノア「それもダメだ。ここの生活では信頼が命だ。お前たちのことを嘘をついて庇おうとすれば、どこかで綻びも出てくる。今回はうまくいってもずっと嘘をつき続けるわけにはいかない。お前たちが見つかった時には俺たち一切合切この街から追放を受けるだろう。助けたい気持ちはあるが、俺にはジョーさん一家が限界だ。すまない」


女「すまないで済まないのよ!私たちの命はどうなるの!?ふざけんじゃないわよ!!あなたのように運よく力を得た人間はいいわよね。そうやって生き延びれるんだから」


ノア「そうだな」


男「だから、『そうだな』じゃないんだよ!!こっちは後先考えていられる場合じゃないんだ!おーい!!みんな、そう思うよな!」


そう言うと周囲から何事かとワラワラとスラムの人々が集まってきた。元々ここは大通りであり今はこの街のそこら中でスラムの人たちが家を探している。俺の家の隣の家々にどういう理由か何人もの人たちが押し込まれるように入っているのだ。その人たちも俺と若者たちの間の話をじっと聞き耳立てて聞いていた。


女「みんな聞いて!この凄腕の冒険者は自分にはもっと多くの人を守れる力があるのに、救おうとしないの!これってあまりに責任の放棄だと思わない!」


何を喚いているか分からないが、今のスラムの人達はとにかく自分で何とか生き延びる方途を探している。俺の所に来るのもいいが、俺は明確に無理だと伝えている。これでもまだ俺に頼んでくるのであれば、それ相応の態度があるというものだが、こいつらが今行っているのは、周囲を扇動し俺に対する悪感情を高めているだけだ。


よくよく考えれば、既に多くのスラムの人達が狭い家々に入りきらないぐらいの人数を入れ込もうとしているが、これでは警備兵から見たら明らか、その家の人達はその家の主でもなければ住民ではないのがバレバレだ。こんなことで市民権をはぐらかせるほど、警備兵たちは甘くない。


しかし、こいつらが叫べば叫ぶほど、大勢で路頭に迷い歩いているスラムの人達が俺の家の前に集まってくる。もう既に数えきれない人たちが怒りの表情を持って俺と俺の家を睨んでいた。これはまずい・・・


目の前の10人の男と女たちが苛立った雰囲気で俺に詰め寄ろうとしてきた。


「おい!!話を聞け!!苦しい時にお互いが助け合おうとする人としての心はないのか、と聞いている…」


ド――――――――ン!!!!!


こいつらの目の前で火炎柱を生成し、強烈な轟音が辺りを包み、猛烈な爆風で目の前の人達はなぎ倒された。


ノア「おい。いい加減にしろよ」


俺はドスの効いた声で目の前の男に言った。


ノア「お前たちがどう思うかなんて、俺は気にしていない。俺は俺の護れる人を護る。それだけだ。それを運だと言うならその通りだ。お前たちには運が無かったんだ。諦めて違う方法を考えろ。これ以上ここにいるようなら、お前たちを殺す」


倒れた男たちと女たちは、それでもこちらに敵意を保ちながら睨み続けていた。


そんな時


ガチャッ


後ろでドアが開く音がした。


「ノア・・・何があったの?」


サマンサが心配そうに家の中から出てきた。


ノア「サマンサ!出てくるな!ここは危ない!」


女「サマンサ!!!」


なぎ倒された女の1人が、サマンサの名前を叫んだ。サマンサはハッとなってその女を見た。


サマンサ「ドロシー!!どうしたの、こんなところで!?」


その応答に我が意を得たりと勢いを吹き返した男女の一団は、勢いを増して話を始めた。


男「そうだ!ドロシーはサマンサの親友だ!」


ノア「知っている。けども俺が救えるのはサマンサ一家だけだ」


ドロシー「サマンサ・・・お願い・・・私を助けて・・・」


ドロシーは涙を流しながら、這いつくばりながらサマンサに懇願してきた。


サマンサ「ドロシー・・・」


見るからにサマンサの様子が動揺しているのが分かる。正直このドロシーという女の豹変した態度には呆れてしまう。先ほどまでは俺に対して罵詈雑言を浴びせていたが、サマンサが出てきた瞬間にしおらしい女に変身していた。


サマンサは申し訳ない表情をして俺を見てきた。最悪だ。


サマンサ「ノア・・・もし可能ならなんだけど、ドロシーも助けることもできないかな・・・?」


ノア「なっ!??」


サマンサ「ごめんなさい・・・やっぱり親友を目の前にして、私だけが助かるなんて思えなくて・・・ドロシーだけでもいいの・・・ノア、ダメかな?」


ノア「そ、それは・・・」


俺はこのドロシーとかいう女がなぜこんなに態度を取っているかは最初から分かっていたが、サマンサのような普通の女の子にはこのように正面から情に訴えるような説得は効果てきめんだ。しかし、


ノア「サマンサ、分かってくれ。これ以上の・・・」


サマンサ「分かっているわ!けども・・・お願い、ドロシーもこんなに泣きながら頼んでいるの。彼女を目の前にして、やっぱり私だけ助かるわけにもいかなくなるわ」


ノア「サマンサ、ちょっと待ってくれ!」


俺はサマンサの肩を掴み、家の前まで連れて行き小声で伝えた。


ノア「サマンサ、今この話をこんな場でやってしまうと他の人たちも同様に助けを求めてくるだろう。確かにドロシー1人を助けるのは可能だ。が、これでは雪だるま式に助けを求める人が増えていってしまう。そうなれば、サマンサ、君たちが助けられなくなる」


サマンサ「そ、そんな・・・」


ノア「頼む。このままサマンサとお父さんとお母さん、君たちだけを助けさせてくれ。俺の手は、そんな大きくないんだ」


男「おい!!お前、助ける気概があるなら助けろよ!それでも男か!?」

女「そうよ!男気を見せなよ!そんな態度を取っている男は信頼できないのよ!」

男「ろくでなし!甲斐性なし!中途半端が一番人を苦しめるんだよ!」


全く無責任な奴らだ。サマンサが動揺しているのが辛い。大きな涙を溜めながら俺を見つめている。ぎゅーと俺の手を握ってくる。


「はぁ~」


俺は大きな溜息をついた。


これからのことを考えるとサマンサの心証を害することにもしかしたら良いことはないのかもしれない。何が正しいかなんて、俺には分からない・・・


ノア「わかったよ」


サマンサ「え?」


俺はドロシーの方を向いて叫んだ。


ノア「ドロシー!お前だけこっちに来な。サマンサの懇願だ。お前だけは救ってやる」


ドロシー「やった!!!」


男「それが不平等だって言ってんだ!」

女「そうよ!救うなら全員救いなさいよ!」

男「力ある者には人を救う義務があるんだよ!」


ノア「お前たちの意見はこれ以上は聞かない。ここから去れ!じゃなければ、消し炭にするぞ!!」


俺は、俺の横でドロシーとサマンサが抱き合っている様子を横目で見ながら、手から炎を発生させ目の前の群衆を威嚇した。


ドン!!


どこからか石が投げられてきた。


ノア「誰だ!?」


今のやり取りを聞いていた他の人々が怒り心頭になったようだ。俺の目の前には手に持てるものを持っているのが見られる。目の前の群衆は一つの石が投げ込まれたのを皮切りに、自分は救われない事への理不尽に不満を爆発するように俺たちに対して、手に持つ石や木などを投げつけてきた。


ノア「くそ!!止めろ!!死にたいのか!サマンサ、ドロシー、家の中に戻れ!」


「きゃーーー!!」


後ろに避難しようとしたドロシーとサマンサの方から悲鳴が聞こえてきた。その間も石や木などが投げ込まれてきた。


俺は後ろを振り返るとサマンサが倒れ、横のドロシーが倒れるサマンサの体を揺すりながら声をかけていた。俺の目にはサマンサの頭に突き立っているナイフが映った。


ノア「サマンサーーー!!!!」


俺は急いでサマンサの元に急ぎ、サマンサの側頭部に刺さったナイフをすぐさま引き抜いた。最悪なことに、抜いた箇所から大量の血が吹き出てしまった。サマンサの目は見開いていており、何が起こったかをまだ全く理解できていない様子だった。


「サマンサ!!サマンサ!!サマンサ!!」


俺はサマンサを抱きかかえたが、全く反応を示さない。サマンサは全く動こうとしない。目も見開いたままだ。閉じない。


「起きろ!!サマンサ、起きろ!!」


しかし、サマンサの目は見開いたままで、全く俺の言葉に反応することは無かった。


「し・・・、死んでいる・・・??」


俺は彼女の様子をよく見ていると、確かに昔同じように目を見開いて死んでいる遺体を何度も見たことが脳裏を過ぎる。その死体の目もずっと見開いたままだった・・・


「そ・・・、そんなバカな・・・。だ、誰だ!!誰がやったんだーーーーーー!!??」


俺は群衆を見たが、そんなことに関心があるわけではなく、奴らは俺たちに向かって石などを投げつけ続けていた。


「き・・・さ・・・ま・・・ら・・・」


俺が怒りに爆発しそうになった。石や木などが嵐のように飛んでくる中、上空から3つの影が降ってきた。


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