第30話 崩壊
【レオ視点】
既に日も落ち、辺りは薄暗くなっていった。
煌々と明かりが点いているのはタタン街の第2城壁の中。すなわち市民街地区だ。そこからの光がかすかりに漏れ、一般街地区からは市民街地区とを分け隔てる第2城壁が不気味に立ち聳えていた。
一般街にも火を焚き公共の場を明るくしている場所はあるが、それは全てスラム地区以外のこと。スラムの人々に他人を気にする余裕などない。特に今そこに気を回せる人間はいない。人々はただ自分達の生死を賭けて駆けずり回っているところであった。
俺とロア、アリス、ヘレーネ、フィンは自分たちの手で何かできることがあるなら、とスラム地区内を見回っていた。5人の子供がウロウロしているのもおかしいということで俺はロアとアリスの3人で、ヘレーネはフィンは2人で一緒に動く事にした。
俺たちがスラム地区を回っていると、人々の怒りの感情が沸々高まっているのを感じる。そこここで不穏な発言がちらほら聞こえてくる。
「市民街に行って、そこの地区を占拠しよう」
「警備兵1人ぐらいなら俺たち100人ぐらい集まれば殺せるんじゃないか」
「このまま殺されるぐらいなら、殺してやる」
「せめて私の子供だけでも奴隷にでもしてどこかに匿ってもらえれば・・・」
「私たちの生きる権利はないの!?」
「殺せ!」
「ヤられる前にヤる!」
「今までの恨みをやり返してやる」
「死ぬまでに俺は好きにするぜ」
殺気立つ人々を下手に刺激してはいけないと思うが、はっきり言ってスラム地区の栄養失調の人間が何人来ようが、モノの数ではない。簡単に返り討ちに遭う。自殺行為でしかない。まだ皆で固まって出奔して、隣の街を目指す方がまだ生存率は高い。正面衝突に意味は無い。しかし俺たちのような子供の言葉に耳を傾ける人たちはいないだろう。
しかし、もしスラムの人々が退去しなければ、子爵はどう対処するつもりなんだろうか?全員を移動させる術でもあるのか?
支配階級になったこともない俺たちの様な子供が、今貴族が何を考えているかなんて全く想像もできない。とにかく何もできない俺たちだが、何かできるかことがあれば・・・
ふと見ると荷車に荷物を置いている家庭を見つけた。重い荷物をまとめて城壁外へ出ようとしているのだろうか。俺たちは手伝えることは無いかと聞いて、一緒に荷物を荷車に置いていった。
また、中にはもう既に死んでしまっている家族もあった。一家心中だった。小さい子供3人と若い父母が手を繋ぎ笑顔で息絶えていた。死んだ後に仲良く一緒に生まれ変わるように祈らざるを得なかった。誰かによって辱められないように、そっと遺体を空き地に運び埋葬した。
「頼む!やめてくれーーー!!」
「いい女だ。どうせ死ぬんだ!やってしまえ!」
「きゃーー!!」
「やれーー!」
どうやら他人の家に押し入り強奪しようとしている現場だろうか。声の質的に若い男が抵抗し、それに対して明らかに複数の若い男たちが寄ってたかって家にいる若い男女を襲い、その女を犯しながら、家の物を強奪しているのだろう。俺が聴覚を強化して家の外から聞くと6つの違う音が聞き分けられる。2つの音は家の男女、後の4つは強奪者たちだろう。この状況を即座に俺は後ろのロアとアリスに伝え、俺たちは即座に家の中に乱入した。俺たちは家で暴れている4人の男どもの体に一撃を食らわし、混沌させた。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけたのだが、女は既に事切れて死んでいた。口から血が出ていた。犯される中で自分で舌を噛み切って死んでいた。抵抗していた男は斧で頭をカチ割られていた。俺たちがもう後一瞬早くこの現場を発見していれば防げていた。
「地獄ね・・・」
ボソッとアリスが後ろで呟いた。この気絶している若い男たちの行き末なんて知ったことではないが、強姦し強奪し逃亡するつもりだったのだろう。また同じことを繰り返すかもしれないと思うと、このままこの4人の男たちをこのまま放っておくこともできない。
レオ「どうする?」
ロア「殺してしまいますか?」
アリス「これから迷惑をかける連中だもんね。生きる価値ないかもね」
レオ「たしかに・・・これ以上スラムの人たちを殺されるわけにもいかない・・・。けども、ムカつくけどもこいつも護るべきスラムの住民であることには変わりない」
ロア「どうでしょうか?ここに頭だけ出ている状態で腕と足の骨は折って、全身を土の中に埋めておく。それで周囲にはこの者たちがやったことを知らす。周囲が助けたら助かるし、周囲が助けなければ助からない。そんな感じでどうでしょうか?」
レオ「妥協点だな。いい案だと思う」
アリス「私もそれでいいと思う。私達にはコイツらと関わっている時間はないからね」
ドーーーーーン!!!!
遠くの方で巨大な爆発音がした。音のした方向を見ると、火炎柱が立っている。
相当の魔力が使われている。この感じは・・・
レオ「あれはノ、ノア・・・。何があった?」
ロア「あ、あれはノアよね?」
アリス「たぶん・・・。何か不穏な事が起きているわ。早く行きましょう!」
レオ「ちょっと待ってくれ。その前に早くこいつらの対処をしないと!」
そう言って俺は急いで魔力収斂を何度も使い、家の密集する中で少しだけ拓けた空き地に大人が縦に入けるほどの深い穴を掘っていった。周囲から見ればこんな大変な中で何をしているだと思っているかもしれない。所々で不審な目で俺たちを見ているスラムの人たちがいる。
ロアとアリスは大きな声で叫びながら、この4人の男たちが強姦強盗の悪魔のような奴らだが、皆さんが助ければ助けたらいい、コイツらは穴に埋めておく、と周囲に知らしめていった。
一人の腕と足の骨を折り穴に埋め、頭だけが地面から飛び出ている状態にした。その男たちは激痛で目を覚まし驚愕の状況に身を震わした。
「た、助けてくれ!!」
レオ「うるさい!」
そう言って口を魔力で縫い付けて叫べなくした。
他の連中も同じようにして腕と足の骨を折っていき埋めた。全員が激痛で呻きながらこちらを睨んだ。
俺は魔力で口を塞いでいるのを解いてこいつらを自由に話せるようにしてやった。
「お前ら何者だ!こんな事をしてタダで済むと思うなよ!」
「何で穴に埋まっているんだ!?」
「おい!ここから出せ!!」
「殺すぞ!」
口々に喚き散らしているが、おそらく普段より素行が悪く周囲からの信頼がないのか、周囲からは誰も近寄ろうとしない。
レオ「おい、お前達。命だけは助けてやる。けどな自分がやった行いぐらいは償うんだな」
男たちは俺の言葉に激昂した。
「何なんだ、お前らは!ふざけるな!どうせこんな状況だ!何をしたって構わないだろう!どうせ、全員死ぬんだからな!」
「そうだ!遅かれ早かれ、スラムから追い出されれば死ぬだけだ!余計な事をするな!ここから出せ!」
「お前ら、ここから出られたら八つ裂きにしてやる!」
「お前らの顔は覚えたからな!」
ギャーギャーと罵詈雑言を浴びせてくるが、こいつら、自分の状況が分かっているのか?俺たちがこいつらを殺そうと思えば殺せる状況にいるだが・・・。
ロア「あなた達に何かを言う権利は私達にはないかもしれない。私たちのやったことも自己満足かもしれない。けども、まだ希望を持って生きようとしている人達の邪魔はしないでほしいわ」
アリス「そうよ!死ぬと分かっているだったら、自分だけで死んでおきなさいよ!他を巻き込むんじゃないわよ!」
レオ「まぁそういう事だ。お前達のやった事を周囲は知っている。周囲の人たちが助けるなら助かるんじゃないかな。あとはお前達次第だ。じゃあな。俺たちは急いでいるからな」
「お、おい!待て!
「何だ、全然出れないぞ」
「腕と足が激痛で動かせない」
「あいつら、腕と足を折りやがったな!なんて奴らだ!」
「待て!待ってくれー!助けてくれーーー」
俺たちは走り出した。あいつらの悲痛な叫び声が後ろから聞こえ木霊した。
俺たちはあいつらの怨嗟の声を無視して、火炎柱の上がった方向へと走り出した。
家々をすり抜けて猛ダッシュで走っていき、しばらくすると、そこには数え切れない程の群衆が集まっていた。ここは一般街の中の、市民権のある人たちが住む地区だ。
俺は近くの1人に声をかけて何があったのかを聞いた。
「すいません。何かあったんですか?」
「どうもこうもないぜ!ノアとか言う冒険者がサマンサの一家だけを助けるって言うんだ!不公平だろ!」
「えっ?ノアという冒険者ですか?」
「そうだ!俺も知らないが、何でも凄腕の冒険者らしい。さっきの火柱もその冒険者が出したらしいんだが、そんな力があるなら、俺たちも助けろよな!お前さんもそう思わないか?」
「けど、みんな今は、生きるか死ぬかでしょ?それぞれが自分たちの事を全力で助けるしかないんじゃないですか?他の人を構ってる余裕はないはずですよ?そのノアっていう冒険者も少なくとも、サマンサっていう一家を助けたんだったら、素晴らしい事だと思いますよ」
「お前さん、自分の知り合いが目の前で助かる姿を見て、なんで自分たちは選ばれないか、納得できるわけないだろ?だからその『凄腕の冒険者ノア』に俺たちも救え、と叫んでいるんだ」
「そうか・・・」
俺はこの男に関わらず、ここに集まる群衆たちに全く話が通じないだろうと諦めて、その男から離れて、今聞いた話を2人に共有した。
ロア「本当に愚かですね。足の引っ張り合いをしたところで何もできないのに」
アリス「バカげてる!おかしいよ!自分が救われないから、救われた人を落とそうとするなんて!何考えているの!?」
レオ「困ったな。この群衆の先にノアがいるのは分かるが、この人たちを薙ぎ倒していくべきか。ノアはどうにでもなるが、サマンサ一家が危ないかもしれない」
「サマンサーーーーー!!!!!」
群衆の先にいるであろう、ノアの絶叫が聞こえてきた。
レオ「ヤバい1何かが起こったに違いない!行こう!」
俺はロアとアリスと共に、群衆の間を通って群衆の先頭へと向かった。
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